この章で学ぶこと
線形代数の山場である固有値理論を学びます。対角化は行列のべき乗・微分方程式・二次形式など多くの応用の鍵になります。
- 固有値・固有ベクトルの定義と求め方
- 特性方程式
- 行列の対角化
- 対称行列の直交対角化
- 二次形式と正定値性
ポイント: 行列 A を「固有値が並んだ対角行列」に直すのが対角化です。対角化できれば An の計算や連立微分方程式が一気に簡単になります。対称行列は必ず直交行列で対角化できる、という美しい定理が中心です。
1. 固有値と固有ベクトル
行列 A に対し、Ax=λx(x=0)を満たす λ を固有値、x を固有ベクトルといいます。固有値は特性方程式
det(A−λI)=0
の解として求まります。
例題: A=(3012) の固有値と固有ベクトルを求めよ。
特性方程式: det(A−λI)=det(3−λ012−λ)=(3−λ)(2−λ)=0。よって固有値は λ=3, 2。
λ=3: (A−3I)x=(001−1)x=0 より x2=0。固有ベクトルは (10)(の定数倍)。
λ=2: (A−2I)x=(1010)x=0 より x1+x2=0。固有ベクトルは (1−1)(の定数倍)。
検算: A(10)=(30)=3(10)(∘)、A(1−1)=(2−2)=2(1−1)(∘)。正しい。
大事: 固有値の和は対角成分の和(トレース)、固有値の積は行列式に等しい。上の例では和 3+2=5=trA、積 3⋅2=6=detA。これは計算の検算に使えます。
2. 行列の対角化
n×n 行列 A が n 個の一次独立な固有ベクトルをもつとき、それらを列に並べた行列 P を使って
P−1AP=D=λ1⋱λn
と対角化できます(D の対角成分は固有値)。
例題: A=(3012) を対角化せよ。
前問より固有値 3,2、固有ベクトル (10), (1−1)。これを並べて P=(101−1) とおく。
detP=−1=0 で P−1=−11(−10−11)=(101−1)。このとき
P−1AP=(3002)
検算: AP=(3012)(101−1)=(302−2)。一方 PD=(101−1)(3002)=(302−2)。AP=PD が成り立ち、P−1AP=D が確認できる。正しい。
ポイント: 対角化できると An=PDnP−1 で A のべき乗が簡単に計算できます。Dn は対角成分を n 乗するだけだからです。
3. 対称行列の直交対角化
実対称行列(AT=A)は次の強い性質をもちます。
- 固有値はすべて実数
- 異なる固有値に属する固有ベクトルは直交する
- 適当な直交行列 P(PT=P−1)で対角化できる(PTAP=D)
例題: A=(2112) の固有値を求め、直交行列で対角化できることを確かめよ。
特性方程式 det(A−λI)=(2−λ)2−1=λ2−4λ+3=(λ−1)(λ−3)=0。固有値は λ=1,3(実数)。
λ=3: (−111−1)x=0 より固有ベクトル (11)。λ=1: 固有ベクトル (1−1)。
検算: 2つの固有ベクトルの内積は 1⋅1+1⋅(−1)=0 で直交する。正規化して P=21(111−1) とすれば直交行列で、PTAP=(3001)。対称行列の性質と整合する。
4. 二次形式
変数 x1,…,xn の2次の同次式 q(x)=xTAx(A は対称行列)を二次形式といいます。対称行列 A を直交対角化すると、二次形式は平方の和(標準形)になります。
例題: 二次形式 q=2x2+2xy+2y2 を標準形に直せ。
対応する対称行列は A=(2112)(前問と同じ)。固有値 3,1 により、新しい変数 u,v で
q=3u2+v2
検算: A の固有値は 3,1 で、標準形の係数はちょうど固有値になる。両固有値が正なので q は正定値(x=0 で q>0)である。実際 q=2x2+2xy+2y2=(x+y)2+x2+y2>0(x=0)と平方完成でき、整合する。
大事: 二次形式の正定値性は固有値の符号で判定します。すべての固有値が正なら正定値、すべて負なら負定値、正負混在なら不定符号。これは多変数関数の極値判定(前章のヘッセ行列)と直結します。
どう問われるか
- 一次では「固有値・固有ベクトルを求めよ」「行列を対角化せよ」が頻出。3×3 も出る。
- 二次では「対称行列の直交対角化」「二次形式の標準形と正定値判定」「An の計算や連立微分方程式への応用」が問われます。
よくまちがえるところ
固有値の分野は計算量が多く、規則の細部を落とすと結論が変わります。
| まちがい | 例 | 直し方 |
|---|
| 重複する固有値なら必ず対角化できると思う | 第1行が (1, 1)、第2行が (0, 1) の行列を対角化しようとする | 独立な固有ベクトルが次数と同じ本数あるときだけ対角化できる。この行列は1本しかない |
| 対称行列で固有ベクトルを正規化し忘れる | (1, 1) と (1, -1) をそのまま並べて直交行列と呼ぶ | 長さを 1 にそろえる。ここでは 1/√2 を掛ける |
| 二次形式の行列に交差項の係数をそのまま置く | 2xy の係数 2 を非対角成分に 2 として置く | 対称行列なので半分ずつ。非対角成分は 1 と 1 |
| 正定値を行列式だけで判定する | 行列式が正だから正定値とする | 2次では左上成分が正かつ行列式が正。両方負でも行列式は正になる |
いちばん誤解が多いのは対角化できる条件です。固有値が相異なれば必ず対角化できますが、逆は成り立ちません。重複する固有値があるとき、その固有値に属する固有空間の次元(独立な固有ベクトルの本数)が重複度と一致すれば対角化でき、足りなければできません。第1行が (1, 1)、第2行が (0, 1) の行列は固有値 1 が重複度 2 ですが、固有ベクトルは (1, 0) の定数倍しかなく1本だけなので対角化できません。重複度と固有空間の次元を比べるのが判定の手順です。
対角化の手順
| 順番 | すること | 検算 |
|---|
| 1 | 特性方程式 det(A - λI) = 0 を作る | 展開の符号を確かめる |
| 2 | 固有値をすべて求める | 和が対角成分の和、積が行列式に一致するか |
| 3 | 各固有値で (A - λI)x = 0 を解く | 得た x に A を掛けて λ 倍になるか |
| 4 | 独立な固有ベクトルの本数を数える | 次数と同じ本数あるか。足りなければ対角化不可 |
| 5 | 固有ベクトルを列に並べて P を作る | det P が 0 でないか |
| 6 | D は固有値を並べた対角行列 | P の列の順序と D の対角成分の順序をそろえる |
| 7 | AP = PD を確かめる | 逆行列を求めずに検算できる |
第2段階の検算は特に有効です。固有値の和はトレース(対角成分の和)、積は行列式に等しいので、2つの数を計算するだけで固有値の取りちがえがほぼ発見できます。第1行が (3, 1)、第2行が (0, 2) の行列なら、固有値 3 と 2 の和 5 はトレース 5 に、積 6 は行列式 6 に一致します。
実対称行列については、次の性質が保証されています。固有値はすべて実数、異なる固有値に属する固有ベクトルはたがいに直交、そして直交行列で対角化できます。二次形式を標準形に直すときは、この直交対角化を使い、標準形の係数がそのまま固有値になります。
大事: 二次形式の正定値性は固有値の符号で決まります。すべて正なら正定値、すべて負なら負定値、正負が混ざれば不定符号です。これは多変数関数の極値判定と同じ構造で、ヘッセ行列が正定値なら極小、負定値なら極大、不定符号なら鞍点に対応します。2つの章を別々に覚えず、同じ話として結びつけてください。
自分でチェック
- 対角化できる条件を、独立な固有ベクトルの本数で述べられる
- 重複度と固有空間の次元を比べて判定できる
- 固有値の和がトレース、積が行列式であることで検算できる
- 二次形式の対称行列で交差項の係数を半分にできる
- 正定値・負定値・不定符号を固有値の符号で判定できる
まとめ
- 固有値は det(A−λI)=0 の解、固有ベクトルは (A−λI)x=0 の非自明解
- 和 = トレース、積 = 行列式(検算に有効)
- 対角化 P−1AP=D、対称行列は直交行列で対角化可
- 二次形式は固有値で標準形・正定値性が決まる
次章では、不確かさを数理的に扱う確率統計(確率分布・期待値分散・回帰相関)を学びます。