この章で学ぶこと
複素数 z=x+iy を変数とする関数の微積分を学びます。実数の解析とは違う、正則性とコーシーの定理という美しい構造が現れます。
- 複素関数と正則性(コーシー・リーマンの方程式)
- コーシーの積分定理と積分公式
- 極と留数
- 留数定理による複素積分・実積分の計算
ポイント: 「正則(複素微分可能)」は実関数の微分可能よりはるかに強い条件で、正則な関数は何回でも微分でき、テイラー展開できます。コーシーの定理「正則な領域での閉曲線積分は 0」が複素解析の心臓部です。
1. 複素関数と正則性
複素関数 f(z)=u(x,y)+iv(x,y) が領域で複素微分可能なとき正則といいます。正則であるための必要条件がコーシー・リーマンの方程式です。
∂x∂u=∂y∂v,∂y∂u=−∂x∂v
例題: f(z)=z2 がコーシー・リーマンの方程式を満たすことを確かめよ。
z=x+iy とすると z2=(x2−y2)+i(2xy)。よって u=x2−y2, v=2xy。
ux=2x,vy=2x,uy=−2y,vx=2y
ux=vy (=2x) と uy=−vx (=−2y) がともに成り立つ。よって f(z)=z2 は正則。
検算: f(z)=z2 は多項式なので全平面で正則。コーシー・リーマンの方程式の成立と整合する。
2. コーシーの積分定理と積分公式
コーシーの積分定理: f が単連結領域で正則なら、その中の任意の閉曲線 C に沿う積分は 0。
∮Cf(z)dz=0
コーシーの積分公式: f が C の内部と上で正則で、a が C の内部にあれば、
f(a)=2πi1∮Cz−af(z)dz
これらから、基本となる積分公式が得られます。C を a を内部に含む正の向きの閉曲線とすると、
∮Cz−adz=2πi,∮C(z−a)ndz=0 (n≥2, 整数)
例題: 単位円 ∣z∣=1 を正の向きに回るとき、∮Czdz を求めよ。
z1 は z=0(円の内部)を除いて正則。コーシーの積分公式(f≡1, a=0)より
∮Czdz=2πi⋅1=2πi
検算: z=eiθ (0≤θ≤2π) と置くと dz=ieiθdθ。∮Czdz=∫02πeiθieiθdθ=∫02πidθ=2πi。一致する。
3. 極と留数
f が z=a で極(分母が 0 になる特異点)をもつとき、ローラン展開の z−a1 の係数を留数 Resz=af といいます。
- 1位の極(a で分母が1次の零点): Resz=af=z→alim(z−a)f(z)
- m 位の極: Resz=af=(m−1)!1z→alimdzm−1dm−1[(z−a)mf(z)]
例題: f(z)=(z−1)(z−2)z の各極での留数を求めよ。
z=1 と z=2 はともに1位の極。
Resz=1f=limz→1(z−1)(z−1)(z−2)z=1−21=−1
Resz=2f=limz→2(z−2)(z−1)(z−2)z=2−12=2
検算: 部分分数分解すると (z−1)(z−2)z=z−1−1+z−22(係数が留数に対応)。実際 z−1−1+z−22=(z−1)(z−2)−(z−2)+2(z−1)=(z−1)(z−2)z。一致する。
4. 留数定理
留数定理: f が閉曲線 C の内部に有限個の極 a1,…,ak をもち、それ以外で正則なら、
∮Cf(z)dz=2πi∑j=1kResz=ajf
例題: C を ∣z∣=3(正の向き)とするとき、∮C(z−1)(z−2)zdz を求めよ。
極 z=1,2 はともに ∣z∣=3 の内部にある。前問の留数を使うと
∮Cfdz=2πi(Resz=1f+Resz=2f)=2πi(−1+2)=2πi
検算: 部分分数 z−1−1+z−22 を項別に積分。両極とも内部なので ∮=(−1)(2πi)+(2)(2πi)=2πi。一致する。
大事: 留数定理は実積分の計算にも使えます。たとえば ∫−∞∞x2+1dx は、上半平面の半円と実軸からなる閉曲線に留数定理を適用し、極 z=i(Resz=iz2+11=2i1)を拾って 2πi⋅2i1=π と求まります。これは [arctanx]−∞∞=π と一致します。
どう問われるか
- 一次では「コーシー・リーマンの確認」「指定された極での留数」「閉曲線積分の値」が頻出。
- 二次では「留数定理を用いて実積分(三角関数や有理関数を含む広義積分)を計算する」応用が定番です。
よくまちがえるところ
複素解析は、正則性の条件と特異点の分類を雑に扱うと、値そのものが変わってしまいます。
| まちがい | 例 | 直し方 |
|---|
| コーシー・リーマンの式だけで正則と断定する | ある1点で満たすから正則と結論する | 領域全体で満たし、かつ偏導関数が連続であることが要る |
| 極の位数を取りちがえる | 1/(z-1)² を1位の極として (z-1)f(z) の極限をとる | 2位の極。(z-1)² f(z) を1回微分してから極限をとる |
| 閉曲線の外側の極まで拾う | 単位円上の積分で z = 2 の留数まで足す | 内部にある極の留数だけを足す |
| 特異点の種類を区別しない | sin(1/z) の z = 0 を極として扱う | 真性特異点。ローラン展開の負べきが無限個あり、位数が定まらない |
いちばん多いのは位数の取りちがえです。1位の極の公式 lim (z - a) f(z) は、位数が1のときにしか使えません。2位以上に適用すると極限が発散して答えが出ないか、途中で 0 になって留数を落とします。位数は分母の零点の重複度で決まるので、分母を因数分解して指数を見るのが確実です。分子が同じ点で 0 になる場合は約分してから数え直します。たとえば (z - 1)/(z - 1)³ は約分すると 1/(z - 1)² で、位数は3ではなく2です。
特異点の種類と留数の求め方
| 特異点の種類 | 見分け方 | 留数の求め方 |
|---|
| 除去可能特異点 | ローラン展開に負べきが現れない | 留数は 0(例: (sin z)/z の z = 0) |
| 1位の極 | 分母の零点が1重 | lim(z → a) (z - a) f(z) |
| m位の極 | 分母の零点が m 重 | (z - a)^m f(z) を (m-1) 回微分し、(m-1)! で割って z → a |
| 真性特異点 | 負べきが無限個 | ローラン展開して 1/(z - a) の係数を読む |
分数の形 f = p(z)/q(z) で、q が a で1位の零点をもち p(a) が 0 でないときは、留数 = p(a)/q'(a) という便利な公式が使えます。因数分解しにくい分母でも、微分1回で留数が出ます。たとえば 1/(z² + 1) の z = i における留数は 1/(2i) です。
留数定理を使う手順も整理しておきます。
| 順番 | すること |
|---|
| 1 | 被積分関数の特異点をすべて求める |
| 2 | どれが閉曲線の内部にあるかを図で確かめる |
| 3 | 内部の各特異点の位数を判定する |
| 4 | 位数に応じた式で留数を計算する |
| 5 | 内部の留数を足し、2πi を掛ける |
大事: 実積分への応用では、上半平面の半円と実軸からなる閉曲線をとり、半円上の積分が 0 に近づくことを確かめてから実軸上の積分を取り出します。この「半円部分が消える」ことの確認を省くと論証が成立しません。1/(x² + 1) の全実軸上の積分が π になるのは、上半平面の極 z = i の留数 1/(2i) を拾って 2πi × 1/(2i) = π とした結果で、arctan の値からも同じ π が得られます。
自分でチェック
- 正則であるための条件を、領域全体という言葉を入れて述べられる
- 分母の零点の重複度から極の位数を判定できる
- m位の極の留数を微分を使って計算できる
- 閉曲線の内部にある特異点だけを拾える
- 真性特異点と極を区別できる
まとめ
- 正則 = 複素微分可能、コーシー・リーマンの方程式が必要条件
- コーシーの定理「正則領域の閉曲線積分は 0」、∮Cz−adz=2πi
- 留数は1位の極で limz→a(z−a)f(z)
- 留数定理 ∮Cfdz=2πi∑Res、実積分にも応用
次章では、数の世界からベクトル・行列の世界へ移り、線形代数(行列・行列式・線形空間・基底)を学びます。