はじめに
5 年生で学んだ古典入門(枕草子・平家物語・竹取物語・論語) をふまえ、 6 年生では 古典の名作 を本格的に味わいます。
この章でできるようになること:
- 徒然草の名段を読み、 兼好法師の考えに触れる
- 奥の細道の冒頭と名句を味わう
- 万葉集・古今和歌集・新古今和歌集の代表歌を鑑賞する
- 漢詩(春暁・静夜思等) を訓読で読む
- 狂言の言葉に親しむ
- 自分で詩・短歌・俳句を創作する
古典を読む意味:千年前の人も、 今と同じように季節を味わい、 旅を楽しみ、 別れを悲しみました。 古典を読むことは、 時をこえて 古人と心をかよわせる ことなのです。
1. 徒然草 — 兼好法師、 鎌倉末期
徒然草 は兼好法師(吉田兼好) が 14 世紀初めに書いた随筆集です。 無常観(この世のものは変わりやすい)、 鋭い人間観察、 ユーモアが同居する古典の名作です。
吉田兼好 (兼好法師、 1283-1350)。 「徒然草」 の作者。 鎌倉時代末の随筆家。 (菊池容斎画、 19 世紀)
序段
つれづれなるままに、 日くらし、 硯にむかひて、 心にうつりゆくよしなしごとを、 そこはかとなく書きつくれば、 あやしうこそものぐるほしけれ。
Studia オリジナル現代語訳:
やることもなくさびしいままに、 一日中すずりに向かって、 心に浮かんでは消えるどうでもよいことを、 とりとめもなく書きつけていると、 不思議とちょっと気が変になってしまいそうだ。
「つれづれ」 は することがなくてさびしい様子。 序段に名作を書いた動機がこめられています。
第 137 段(抜粋)
花は盛りに、 月はくまなきをのみ見るものかは。
Studia オリジナル現代語訳:
桜の花は満開の時だけ、 月は雲ひとつない時だけを見るものだろうか、 いやそうではない。
兼好は、 散りかけの花も、 月が雲に隠れた様子も美しい と言います。 「完璧でないことの美しさ」 を大切にする日本文化の中心的な考えを伝える名段です。
出典:徒然草(兼好法師、14 世紀初め成立)。 原文はパブリックドメイン、 現代語訳は Studia オリジナル。
2. 奥の細道 — 松尾芭蕉、 江戸時代
奥の細道 は松尾芭蕉が 17 世紀末に書いた紀行文です。 江戸から東北・北陸をめぐる旅を、 散文と俳句でつづりました。
松尾芭蕉 (1644-1694)。 「奥の細道」 の作者。 江戸時代の俳人。 (森川許六画、 17 世紀末)
「神奈川沖浪裏」 葛飾北斎 (1760-1849)。 江戸時代の浮世絵。 「富嶽三十六景」 の 1 枚。
冒頭
月日は百代の過客にして、 行きかふ年もまた旅人なり。
Studia オリジナル現代語訳:
月や日は永遠の旅人であり、 行きかう年もまた旅人である。
時間そのものを旅人にたとえた名文。 芭蕉は 「人生そのものが旅である」 と考えていました。
平泉の段
夏草や兵どもが夢の跡
Studia オリジナル現代語訳・解説:
一面に茂る夏草よ。 ここでかつて戦い、 夢を追った兵たちのあとは、 いまは草の中に消えてしまった。
平泉は 12 世紀に栄え、 源義経が最期をむかえた場所。 五百年後に訪れた芭蕉が 栄華もいまは草の中 という無常を詠みました。
立石寺の段
閑かさや岩にしみ入る蝉の声
Studia オリジナル現代語訳・解説:
なんと静かであることか。 岩にしみこんでいくように蝉の声がひびいている。
「閑かさ」 と 「蝉の声」 の 反対のものが溶け合う名句。 静かな山寺に立つ芭蕉の心が伝わります。
出典:奥の細道(松尾芭蕉、17 世紀末成立)。 原文はパブリックドメイン、 現代語訳は Studia オリジナル。
3. 三大歌集 — 万葉集・古今和歌集・新古今和歌集
日本の和歌の歴史を知る上で、 三大歌集は大切な三つの山です。
| 歌集 | 成立 | 時代 | 特ちょう |
|---|
| 万葉集 | 8 世紀 | 奈良時代 | 素朴・力強い、 天皇から庶民まで |
| 古今和歌集 | 905 年 | 平安時代 | 優雅・繊細、 仮名文字で書かれた最初の勅撰集 |
| 新古今和歌集 | 1205 年 | 鎌倉時代 | 幽玄・象徴的、 高度な技巧 |
万葉集から
銀(しろがね) も金(くがね) も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも
——— 山上憶良
Studia オリジナル現代語訳:
銀も金も宝石も、 何になるだろうか。 何よりもすぐれた宝は子どもである。 それに勝るものはない。
奈良時代の役人であった山上憶良が、 我が子への愛を詠んだ歌。 千三百年経っても、 親が子を思う気持ちは変わらないことを教えてくれます。
古今和歌集から
久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
——— 紀友則
Studia オリジナル現代語訳:
こんなにも光がのどかな春の日に、 どうして桜の花は落ち着いた心もなく散ってしまうのだろうか。
のどかな春と、 早く散ってしまう桜との 対比 が美しい一首。 平安の人たちも、 桜の散り際のはかなさを大切にしていました。
新古今和歌集から
心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮
——— 西行法師
Studia オリジナル現代語訳:
出家をして心を動かさないはずの自分でさえ、 しみじみとした趣を感じてしまう。 鴫(しぎ) が飛び立つ沢の、 秋の夕暮よ。
西行は武士をやめて旅をした歌人。 静かな秋の夕暮を ことばの数をしぼって描くことで、 深い静けさを伝えています。
出典:万葉集・古今和歌集・新古今和歌集(8 世紀-13 世紀)。 原文はパブリックドメイン、 現代語訳は Studia オリジナル。
4. 漢詩 — 中国唐代の名作
漢詩は中国で生まれた詩で、 唐の時代(7-9 世紀) に黄金期をむかえました。 日本では 訓読 で読むのが一般的です。
春暁(しゅんぎょう)— 孟浩然
| 白文 | 書き下し文 |
|---|
| 春眠不覚暁 | 春眠暁を覚えず |
| 処処聞啼鳥 | 処処啼鳥を聞く |
| 夜来風雨声 | 夜来風雨の声 |
| 花落知多少 | 花落つること知んぬ多少ぞ |
Studia オリジナル現代語訳:
春の眠りは心地よくて、 朝が来たことも気付かなかった。
あちこちで鳥のさえずる声が聞こえる。
昨夜は風と雨の音が聞こえていたが、
花はどのくらい散ってしまったことだろうか。
孟浩然の 春の朝 を詠んだ名作。 目覚めた朝のゆったりとした時間と、 散った花へのかすかな心配が、 わずか二十字で表されています。
静夜思(せいやし)— 李白
| 白文 | 書き下し文 |
|---|
| 牀前看月光 | 牀前月光を看る |
| 疑是地上霜 | 疑ふらくは是れ地上の霜かと |
| 挙頭望山月 | 頭を挙げて山月を望み |
| 低頭思故郷 | 頭を低れて故郷を思ふ |
Studia オリジナル現代語訳:
ねどこの前に月の光がさしている。
まるで地面におりた霜かと思ったほどだ。
頭を上げて山の上の月をながめ、
頭を下げて遠いふるさとを思う。
旅先で月を見上げ、 故郷を思う李白の名作。 動作(看る・挙げる・低れる・思う)の流れ で心の動きが鮮明に伝わります。
出典:春暁(孟浩然、7-8 世紀)/静夜思(李白、8 世紀)。 原文はパブリックドメイン、 現代語訳は Studia オリジナル。 書き下し文は広く流布する形に拠る。
5. 狂言の言葉 — 笑いの古典
狂言 は室町時代に完成した 笑いの古典芸能。 庶民の暮らしや失敗を、 ユーモアたっぷりに演じます。
薪能 (たきぎのう)。 能・狂言は室町時代からつづく伝統芸能。 古典の言語文化につながる。
「附子(ぶす)」 のあらすじ
主人が留守にする時、 太郎冠者と次郎冠者に 「あの桶の中には 附子(毒) が入っている。 近づくな」 と言って出かけます。 二人は興味をおさえきれず桶を開け、 中の 砂糖 をすっかり食べてしまいます。 さらに主人大切の掛け物と茶わんをわざとこわし、 「おこられそうでこわくて、 死のうと附子を食べたが死ねなかった」 といいわけをするのです。
名セリフのれい:「畏(かしこ)まってござる」(家来が 「分かりました」)、「なんとしたことじゃ」(おどろいたとき)。 狂言の言葉は 古い日本語 ですが、 今聞いても場面が想像できます。
出典:狂言「附子」(室町時代成立、 作者未詳)。 流布本の言葉はパブリックドメイン、 現代語訳・あらすじ解説は Studia オリジナル。
6. 詩・短歌・俳句の本格創作
古典を味わうだけでなく、 自分で詩・短歌・俳句を作ってみましょう。 5 年生で学んだ短歌入門・4 年生で完了した俳句の 発展 です。
詩を書くコツ
- 身近な出来事 を題材に(季節・友達・家族・学校)
- 比喩(〜のようだ)、 反復(同じ言葉をくり返す)、 体言止め(名詞で終わる) を使う
- 4-12 行ぐらいが書きやすい
自作サンプル(Studia オリジナル)
詩「卒業の朝」
ランドセルを背負う最後の朝 / 玄関で母が写真をとる / 六年間通った道が / いつもよりまぶしい
短歌: 五七五七七のリズム。 景色と気持ちを重ねる。
教科書を閉じた教室の窓には桜散りゆく卒業の朝
俳句: 五七五 + 季語。 場面を切り取る、 説明しない。
六年間ランドセルの桜色
「桜色」 が季語(春)。 卒業の春を、 直接言わず場面で伝える一句です。
注意:自作を発表する前に、 既存作品と一致していないか Google 検索で確かめましょう。
7. 中学古典への橋わたし
中学では 古文の文法(係り結び・活用・助動詞)、 漢文(返り点・句法)、 古典名作(源氏物語・伊勢物語・方丈記・おくのほそ道全文・論語) を本格的に学びます。 百人一首の鑑賞は次の Ch6 で扱います。
8. まとめ
- 徒然草(兼好法師、14 世紀) — 序段「つれづれなるままに」、 第 137 段「花は盛りに」
- 奥の細道(松尾芭蕉、17 世紀) — 「月日は百代の過客」、 「夏草や」、 「閑かさや」
- 万葉集・古今・新古今 — 山上憶良・紀友則・西行法師等の代表歌
- 漢詩 — 春暁(孟浩然)、 静夜思(李白)
- 狂言「附子」 — 笑いの古典、 室町時代の言葉が今も生きている
- 詩・短歌・俳句の創作 — 身近な出来事を題材に、 季語・比喩・体言止めを使う
千年をこえて伝わった古典の言葉と、 自分が今書く詩・短歌・俳句が、 同じ 「日本語の大きな流れ」 の中にあることを感じてみましょう。