用語集
平清盛たいらのきよもり
12 世紀、 武士 として 初めて 太政大臣 に なった 平氏 の 棟梁 (1118-1181)。
12 世紀、 武士 として 初めて 太政大臣 に なった 平氏 の 棟梁 (1118-1181)。
平清盛(1118-1181)は、12世紀後半に活躍した平氏のかしらで、武士として初めて太政大臣になった人物です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出世のきっかけ | 保元の乱・平治の乱に勝つ |
| 最高の地位 | 太政大臣(1167年、武士で初) |
| 権力の方法 | 娘を天皇のきさきにする(藤原氏のまね) |
| 経済政策 | 大輪田泊を整え、日宋貿易を進める |
清盛は、貴族と同じやり方で娘を天皇のきさきにし、一族を高い位につけて、「平氏でなければ人ではない」と言われるほどの権勢をほこりました。瀬戸内海の港(大輪田泊)を整えて宋(中国)との貿易を進め、富を得たことも特徴です。
ポイント 清盛は「武士でありながら貴族のように朝廷で出世した」点が重要。日宋貿易で富を得たことも頻出。
平清盛は、平安末期の武将で、武家の出身として初めて太政大臣に就き、平氏政権を築いた人物です。保元の乱・平治の乱に勝って中央政界で力を伸ばしました。
| 政策・手段 | 内容 |
|---|---|
| 太政大臣就任 | 武家初の最高位 |
| 外戚政策 | 娘を天皇のきさきにし孫を即位 |
| 日宋貿易 | 大輪田泊を整え宋と交易 |
清盛は娘を天皇のきさきとし、その子(孫の安徳天皇)を即位させて貴族と同じ外戚のやり方で権力を固めました。一方で、瀬戸内の港を整えて宋との貿易(日宋貿易)を進め、経済の利益も重視しました。たとえば貴族的な手法に頼った支配は、各地の武士の不満を招き、やがて源氏の挙兵につながります。
試験では 「武家初の太政大臣」「外戚政策と日宋貿易」を押さえる。貴族化が平氏没落の一因とされる点も問われる。