用語集
豊臣秀吉とよとみひでよし
信長の後を継ぎ全国統一を達成した武将。 太閤検地・刀狩を実施。
信長の後を継ぎ全国統一を達成した武将。 太閤検地・刀狩を実施。
「豊臣秀吉」 は 織田信長 の死後、 全国統一をなしとげた武将 です。 もとは身分の低い出身でしたが、 信長に仕えて力をつけ、 関白・太政大臣にまでのぼりました。
| 秀吉のしたこと | 内容 |
|---|---|
| 太閤検地 | 全国の田畑の広さと収穫高を調べる |
| 刀狩 | 農民から武器を取り上げる |
| 兵農分離 | 武士と農民の身分をはっきり分ける |
| 朝鮮出兵 | 二度軍を送るが失敗 |
太閤検地と刀狩によって、 だれがどこの田を耕すか、 だれが武士かが明確になり、 のちの身分制のもとになりました。 一方、 二度の朝鮮出兵は多くの犠牲を出して失敗に終わりました。
テストでは 「太閤検地 = 土地を調べる」 「刀狩 = 武器を取り上げる」 の二大政策と、 そのねらい (兵農分離) がセットで問われます。
豊臣秀吉(1537-1598)は、織田信長の後を継ぎ、天下統一を果たした武将です。
| 政策 | 内容 |
|---|---|
| 太閤検地 | 全国の田畑を調べ石高で表す |
| 刀狩 | 農民から武器を取り上げる |
| 兵農分離 | 武士と農民の身分を区別する |
| 朝鮮出兵 | 文禄・慶長の役(失敗に終わる) |
秀吉は、農民の出身から信長に仕えて頭角をあらわし、本能寺の変の後に明智光秀を討って後継者となりました。太閤検地と刀狩によって、武士と農民の身分をはっきり分ける兵農分離を進めたことが大きな業績です。晩年の朝鮮出兵は失敗に終わり、豊臣家が衰える一因となりました。
試験では 「太閤検地+刀狩=兵農分離」という関連づけが最頻出。武士と農民の区別が固定された点をおさえよう。
豊臣秀吉(1537〜1598)は、尾張の足軽身分から身を起こし、織田信長の後を継いで全国統一を達成した武将です。検地と刀狩で近世の身分社会の土台を築きました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1582 | 本能寺の変後、山崎の戦いで明智光秀を破る |
| 1583 | 賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破る |
| 1585 | 関白に就任 |
| 1590 | 北条氏を滅ぼし全国統一を達成 |
秀吉は太閤検地で全国の土地を石高で測り、刀狩で農民から武器を取り上げ、武士と農民の身分を分ける兵農分離を進めました。晩年には明の征服を目指して二度朝鮮に出兵しましたが(文禄・慶長の役)、成果なく終わり、政権の弱体化を招きました。
試験では 「全国統一・太閤検地・刀狩・兵農分離・朝鮮出兵」を業績としてまとめて押さえる。信長との役割の違いも問われる。