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第 6 章 で 学んだ 戦国時代 の あ と、 日本 は 織田信長・豊臣秀吉 の 手 に よ って 統一 へ と 進 み、 や が て 徳川家康 が ひ ら い た 江戸幕府 に よ って 約 260 年 の 平和 な 時代 を む か え ます。
ポイント: 江戸時代 は 約 260 年 も 戦 い の 少 な い 時代 が つ づ き ました。 こ れ は 世界史 の 中 で も め ず ら し い こ と で す。 「な ぜ 260 年 も 平和 が つ づ い た の か」 を 考 え な が ら 学 び ましょう。
戦国時代 の さ な か、 尾張 (今 の 愛知県) の 戦国大名 織田信長 が 力 を つ け、 全国統一 へ の 第一歩 を 踏み 出 し ました。
| 年 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 1560 | [[桶狭間の戦い | おけはざまのたたかい]] |
| 1573 | [[室町幕府 | むろまちばくふ]] を ほ ろ ぼ す |
| 1575 | [[長篠の戦い | ながしののたたかい]] |
| 1576 | [[安土城 | あづちじょう]] を 築く |
| 1582 | **[[本能寺の変 | ほんのうじのへん]]** |
| 政策 | 内容 |
|---|---|
| **[[楽市楽座 | らくいちらくざ]]** |
| 関所 の 廃止 | 物 が ス ム ー ズ に 動 く よ う に |
| キ リ ス ト 教 の 保護 | 仏教勢力 (一向宗 な ど) を お さ え る た め |
大事: 織田信長 は 統一 の 一歩手前 で た お さ れ ました。 完全 な 統一 は、 信長 の あ と を 継い だ 豊臣秀吉 が 1590 年 に 達成 し ます。
本能寺の変 で 信長 が た お れ た あ と、 そ の 家来 だった 豊臣秀吉 が す ば や く 動 い て 信長 の あ と を 継ぎ、 1590 年 に 全国統一 を 達成 し ました。
| 政策 | 内容 | ね ら い |
|---|---|---|
| **[[太閤検地 | たいこうけんち]]** | 全国 の 田畑 の 面積・取 れ 高 を 調 べ、 帳簿 に 記す |
| **[[刀狩 | かたながり]]** (1588) | 農民 か ら 刀 や 鉄砲 を 取 り 上 げ る |
太閤検地 と 刀狩 に よ って、 「戦 う の は 武士、 田畑 を 耕す の は 農民」 と いう 区別 が は っ き り し ました。 こ れ を 兵農分離 と 言 い、 こ の あ と の 江戸時代 の 身分制度 の 元 に な り ます。
ポイント: 太閤検地 と 刀狩 は、 戦国 の 世 を 終 わ ら せ、 江戸時代 の 平和 を 用意 し た 重要 な 政策 で す。
秀吉 が 死 ん だ あ と、 全国 の 大名 が 二 つ に 分 か れ て 戦った の が 関ヶ原の戦い (1600 年) で す。 こ の 戦 い に 勝った 徳川家康 が、 1603 年 に 征夷大将軍 に な り、 江戸幕府 を ひ ら き ました。
| 役職 | 役割 |
|---|---|
| **[[征夷大将軍 | せいいたいしょうぐん]]** |
| **[[老中 | ろうじゅう]]** |
| **[[奉行 | ぶぎょう]]** |
徳川家康 は 全国 の 大名 を 3 つ に 分 け、 信頼 の 度 に 応 じ て 領地 を 配置 し ました。
| 大名 の 種類 | 内容 |
|---|---|
| **[[親藩 | しんぱん]]** |
| **[[譜代大名 | ふだいだいみょう]]** |
| **[[外様大名 | とざまだいみょう]]** |
江戸幕府 が 260 年 も つ づ い た 大 き な 理由 が、 参勤交代 と 鎖国 で す。
3 代将軍 徳川家光 の と き に せ い ど 化 さ れ ました。 全国 の 大名 は 1 年 ご と に 自分 の 領地 と 江戸 を 行 き 来 し、 妻 と 子 は 江戸 に す ま わ せ ま し た。
| ね ら い | 効果 |
|---|---|
| 大名 に お 金 を 使 わ せ る | 反ん 乱 を お こ す 力 を 弱 め る |
| 妻子 を 江戸 に お く | 大名 が 反ん 乱 し に く い |
| 行列 で 道 が 整う | 五街道 の 整備 が 進 む |
3 代徳川家光 の と き に 完成 し ました。 「鎖国」 と は、 外国 と の つ き あ い を 大 き く 制限 し た 政策 で す。
| 鎖国中 で も つ き あった 国 | 場 |
|---|---|
| オ ラ ン ダ | 長崎 の 出島 |
| 中国 (清) | 長崎 |
| 朝鮮 | 対馬 (朝鮮通信使) |
| 琉球 (今 の 沖縄) | 薩摩 (鹿児島) を 通 じ て |
| ア イ ヌ | 松前 (北海道) |
大事: 「鎖国」 と 言 って も、 完全 に 外国 と 切 れ て い た わ け で は あ り ま せ ん。 オ ラ ン ダ と 中国 か ら は 学問 や 物 が 入 って 来 て お り、 「選ん だ 国 と だ け つ き あ う」 政策 と 見 る 方 が 正確 で す。 最近 は 「鎖国」 で は な く 「海禁政策」 と 呼ぶ 学者 も 多 い (諸説 あ り)。
江戸時代中 ご ろ に は、 戦 い の な い 平和 が つ づ き、 商人 や 職人 (= 町人) が 力 を つ け ました。 町人 が 主役 の 文化 が 二 つ の 時期 に 花開 き ました。
| 分野 | 主 な 人物・作品 |
|---|---|
| 俳句 | **[[松尾芭蕉 |
| 人形浄瑠璃 | **[[近松門左衛門 |
| 浮世絵 (始 ま り) | 菱川師宣 (見返 り 美人図) |
| 分野 | 主 な 人物・作品 |
|---|---|
| 浮世絵 (風景画) | **[[葛飾北斎 |
| 川柳 | 庶民 の 笑 い |
ポイント: 浮世絵 は や が て ヨー ロ ッ パ に わ た り、 ゴ ッ ホ や モ ネ な ど 西洋 の 画家 に 大 き な 影響 を あ た え ました。 日本 の 文化 が 世界 に 影響 し た 早 い 例 で す。
鎖国中 で も、 オ ラ ン ダ を 通 じ て ヨ ー ロ ッ パ の 学問 が 入 って 来 て お り、 こ れ を 蘭学 と 言 い ました。
| 学問 | 主 な 人物・業績 |
|---|---|
| **[[蘭学 | らんがく]]** ( 西洋 の 医学・科学 ) |
| **[[蘭学 | らんがく]]** ( 地図 ) |
| **[[国学 | こくがく]]** ( 日本 の 古典 ) |
1853 年、 ア メ リ カ の ペリー が 4 せ き の 黒船 ( 蒸気船 ) を ひ き い て 浦賀 (神奈川県) に 来 て、 開国 を 求 め ました。
翌年 (1854 年)、 幕府 は 日米和親条約 を 結 ん で 開国、 さ ら に 1858 年 に は 日米修好通商条約 を 結 び ました。 こ の 条約 は 日本 に と って 不平等 な 内容 を 含 ん で お り、 後 の 明治時代 で 改正 に 努 め る こ と に な り ます。
開国後、 国内 で は 「幕府 を た お す」 「天皇 を 中心 に 新 し い 国 を つ く る」 と いう 動 き が 強 ま り ました。 と く に 薩摩 (鹿児島)・長州 (山口) を 中心 と し た 倒幕 の 動 き が 進 み ました。
1867 年、 15 代将軍 徳川慶喜 が 京都 で 大政奉還 ( 政権 を 朝廷 に 返 す ) を 行 い、 約 260 年 つ づ い た 江戸幕府 は 終 わ り ました。
大事: 江戸時代 が 終 わった 流 れ は、 「黒船 の 力 だ け」 で は あ り ま せ ん。 「外 か ら の 圧力 (黒船)」 と 「内 か ら の 動 き (倒幕運動)」 が 重 な った 結果 で す。 一 つ の 出来事 を 多面的 に 見 る 大切 さ が 表 れ た 例 で す。
この 章 で 学んだ こと を ふりかえりましょう。
浮世絵 や 文化財 な ど、 江戸時代 か ら 残 る 大切 な 物 を 見学 す る と き は、 次 の こ と を 守 り ましょう。
大事: 私 た ち の 身 の 周 り に 残 る 浮世絵・お 寺・城・町並み は、 何百年 も 大切 に 守 ら れ て き た 結果、 今見 ら れ る 物 で す。 こ わ し て し ま う と、 二度 と 元 に は も ど り ま せ ん。
次 の 章: 第 8 章 で は、 大政奉還 の あ と、 日本 が 「明治維新」 と 呼ば れ る 大改革 を 行 い、 近代国家 に 生 ま れ 変 わ る 流 れ を 学 び ます。