この章で学ぶこと
第 5 章では、 鎌倉幕府 が 1185 年から約 150 年続き、 元寇 のあとに 後醍醐天皇 の 建武の新政 によって倒れたところまで学びました。
第 6 章では、 1336 年から 1573 年まで続いた 室町幕府 の時代と、 その後半に展開した 戦国時代 を学びます。 室町時代は、 文化の面では 北山文化 (金閣) や 東山文化 (銀閣) が花開き、 能 や 狂言、 水墨画 が生まれた時代です。 一方で政治は不安定で、 1467 年の 応仁の乱 をきっかけに 下克上 の世となり、 各地で 戦国大名 が争うようになります。
そして 1543 年の 鉄砲伝来 と 1549 年の キリスト教伝来 によって、 ヨーロッパ文化が日本に入り、 戦国時代の戦い方も社会も大きく変わっていきました。
- 室町幕府 がなぜ 1336 年に成立し、 南北朝 の対立がどう終わったかを理解する
- 足利義満 の業績 (勘合貿易・金閣・北山文化) を整理する
- 応仁の乱 (1467-1477) が 戦国時代 を生んだしくみを学ぶ
- 戦国大名 と 下克上 の意味を理解する
- 1543 年 鉄砲伝来 と 1549 年 キリスト教伝来 が日本社会にあたえた影響を考える
学習のポイント: 室町時代は 「政治はゆるやか、 文化は豊か」 という独特の時代です。 また、 ヨーロッパとの出会い (鉄砲・キリスト教) は次の章 (織田信長・豊臣秀吉) への大事な伏線になります。
1. 建武の新政から南北朝へ
建武の新政の失敗
1333 年、 後醍醐天皇 は 足利尊氏 や 新田義貞 らの協力で 鎌倉幕府 を倒しました。 翌 1334 年、 後醍醐天皇は 建武の新政 を始めます。 これは天皇が直接政治を行う 「天皇親政」 を理想とするものでした。
しかし、 建武の新政は わずか 2 年あまりで失敗 に終わります。 理由は次のとおりです。
| 失敗の理由 | くわしく |
|---|
| 武士の不満 | 鎌倉幕府を倒した武士への [[恩賞 |
| 政治の混乱 | 制度や決定がしばしば変わり、 [[訴訟 |
| 天皇への不信 | 武士たちが 「武士の世にもどしてほしい」 と望むようになった |
南北朝の動乱
1336 年、 足利尊氏 は後醍醐天皇に背いて京都を制圧し、 別の天皇 (光明天皇) を立てました。 これを 北朝 と言います。 一方、 後醍醐天皇は 吉野 (奈良県) に逃れ、 自分が正統な天皇だと主張しました。 これを 南朝 と言います。
大事: 1336 年から約 60 年間、 日本に天皇が 2 人いる 南北朝時代 が続きました。 各地で武士が南朝側・北朝側に分かれて争い、 全国が戦乱に巻き込まれました。
南北朝の動乱は、 1392 年に 足利義満 が南朝の天皇を北朝に統一 することで終わります。 約 60 年も続いた長い争いでした。
2. 室町幕府のしくみと足利義満
室町幕府の成立
1338 年、 足利尊氏 は 北朝 の天皇から 征夷大将軍 に任命され、 京都に幕府を開きました。 これが 室町幕府 です。 のちに 3 代将軍足利義満 が京都の 室町 という場所に 花の御所 を建てたことから、 「室町幕府」 と呼ばれるようになりました。
室町幕府のしくみ
室町幕府の組織は鎌倉幕府を引き継ぎつつ、 違う点もあります。
| 役職 | はたらき |
|---|
| 管領 | 将軍を補佐する。 鎌倉幕府の [[執権 |
| 侍所 | 京都の警備と御家人の統制 |
| 政所 | 財政と一般政務 |
| **[[守護 | しゅご]]** |
| **[[地頭 | じとう]]** |
守護大名の成長
鎌倉時代の 守護 は警察的な役割でしたが、 室町時代には 国の半分の年貢を取る権限 (半済 の権) を得て、 国を実質的に支配する 守護大名 に成長します。 この変化が、 のちの 戦国大名 の出発点になりました。
足利義満の業績
室町幕府の最盛期を築いたのは 3 代将軍 足利義満 (1358-1408) です。 義満は次のような業績を残しました。
- 南北朝 の統一 (1392) — 60 年続いた天皇分裂を終わらせた
- 勘合貿易 (日明貿易) を始める — 1404 年から、 明 の皇帝から日本国王に任命され、 公式の貿易を開始
- 北山文化 を生む — 京都北山に 金閣 (鹿苑寺) を建てた
- 太政大臣 に就任 — 武士で初めて朝廷の最高位に就いた
大事: 勘合貿易 では 「勘合」 という割り札を使い、 倭寇 (日本人を含む海賊) と区別しました。 日本は 銅・硫黄・刀剣 などを輸出し、 銅銭 (明銭)・生糸・絹織物 などを輸入しました。
3. 応仁の乱と戦国時代の始まり
応仁の乱 (1467-1477)
足利義満 のあとも幕府は続きましたが、 8 代将軍 足利義政 (1436-1490) のときに大きな乱が起こります。 1467 年、 将軍家のあとつぎ争い (義政の弟義視 と子の 義尚) と、 管領細川氏・山名氏 の対立が結びつき、 応仁の乱 が始まりました。
戦いは京都を中心に 11 年間続き、 京都の街は焼け野原になりました。 戦国時代の始まりとも言われる出来事です。
| 応仁の乱の影響 | くわしく |
|---|
| 京都の荒廃 | 「応仁の乱の前」 と 「後」 で京都の文化が大きく変わったと言われる |
| 将軍の権威失墜 | 将軍は名前だけの存在になり、 全国の支配ができなくなった |
| **[[守護大名 | しゅごだいみょう]] の弱体化** |
| **[[下克上 | げこくじょう]] の風潮** |
戦国時代の始まり
応仁の乱のあと、 全国の各地で 戦国大名 が独立して領地を支配し、 周りの大名と争うようになります。 これが 戦国時代 です。 教科書では 1467 年 (応仁の乱) から 1573 年 (室町幕府滅亡) まで を戦国時代と呼ぶことが多いです。
ポイント: 下克上 とは、 家臣が主君を倒したり、 守護代 (守護の代理) が守護を追い出したりして、 実力で上に立つことです。 北条早雲、 斎藤道三 などが下克上で大名にのし上がった代表例です。
4. 戦国大名と分国法
戦国大名の支配
戦国大名 は、 1 つの国 (現在の県より少し小さい単位) を完全に支配し、 自分の家臣団を 城下町 に集め、 領内の経済も軍事も自分で管理しました。
代表的な戦国大名は次のとおりです。
| 地方 | 戦国大名 | 特徴 |
|---|
| 関東 | [[北条氏 | ほうじょうし]] (小田原) |
| 甲斐 | [[武田信玄 | たけだしんげん]] |
| 越後 | [[上杉謙信 | うえすぎけんしん]] |
| 中国 | [[毛利元就 | もうりもとなり]] |
| 九州 | [[島津氏 | しまつし]] |
| 東海 | [[今川氏 | いまがわし]]・[[織田氏 |
分国法
戦国大名は自分の国を治めるために 分国法 という独自の法律を作りました。 例:
- 今川氏 の 今川仮名目録
- 武田氏 の 甲州法度之次第
- 伊達氏 の 塵芥集
これらの分国法には、 「家臣同士の争いごとは大名が裁く」 「無断で他の大名と通じてはいけない」 などの厳しい規定が含まれ、 大名の力の強さを示しています。
城下町の発展
戦国大名は山城を改良して 城下町 を作り、 そこに家臣・職人・商人を集めました。 これが現代の地方都市 (金沢・小田原・甲府・山口など) の起源になっています。
大事: 戦国時代は 「戦いばかり」 ではなく、 各地で 新田開発・鉱山開発・市場の整備 が進んだ時代でもあります。 石見銀山 (島根県) のように、 世界にも知られる銀山が発展したのもこの時代です。
5. 室町時代の文化 (北山文化と東山文化)
室町時代の文化は、 公家 の文化と 武士 の文化が融合し、 さらに 禅宗 (中国から入った仏教) の影響を受けた 点が特徴です。 大きく分けて 2 つの時期があります。
北山文化 (3 代義満)
北山文化 は、 14 世紀末から 15 世紀初め、 足利義満 の時代の文化です。 義満が京都の北山に建てた 金閣 (正式名: 鹿苑寺) が代表です。
| 項目 | 内容 |
|---|
| **[[金閣 | きんかく]]** |
| 能 | 観阿弥・世阿弥親子が大成。 仮面をつけて演じる演劇 |
| 狂言 | 能の合間に演じられる、 庶民の暮らしを題材にした喜劇 |
| **[[水墨画 | すいぼくが]]** |
東山文化 (8 代義政)
東山文化 は、 15 世紀後半、 足利義政 の時代の文化です。 義政が京都の東山に建てた 銀閣 (正式名: 慈照寺) が代表です。 北山文化と違って、 落ち着いた わび・さび を重んじる文化になります。
| 項目 | 内容 |
|---|
| **[[銀閣 | ぎんかく]]** |
| 書院造 | 畳・床の間・障子・ふすまを備えた建築様式。 現代の和室の原型 |
| **[[水墨画 | すいぼくが]]** (雪舟) |
| **[[茶の湯 | ちゃのゆ]]** |
| **[[生け花 | いけばな]]** |
ポイント: 書院造 は 「現代の和室の原型」 と言われます。 床の間・障子・畳・違い棚といった要素は、 すべてこの時代に確立しました。
庶民文化の成長
室町時代後期には、 御伽草子 (一寸法師・浦島太郎などの絵入り物語)、 連歌 (複数の人で和歌を作る)、 盆踊り など、 庶民が楽しむ文化も発展しました。
6. 鉄砲とキリスト教の伝来
大航海時代の世界
15 世紀末から 16 世紀にかけて、 ヨーロッパでは 大航海時代 が始まります。 ポルトガル と スペイン が、 アジアの香辛料 (こしょうなど) や金銀を求めて世界に進出しました。
| 主な航海者 | 業績 |
|---|
| コロンブス | 1492 年、 アメリカ大陸到達 (ヨーロッパ人として初) |
| バスコ・ダ・ガマ | 1498 年、 アフリカ南端を回ってインド到達 |
| マゼラン一行 | 1519-1522 年、 世界一周航海に成功 |
このヨーロッパの動きの中で、 ポルトガル人が日本にもやって来ます。
鉄砲伝来 (1543 年)
1543 年、 中国船に乗ったポルトガル人が、 嵐で 種子島 (鹿児島県) に漂着しました。 種子島の領主種子島時尭 は、 ポルトガル人が持っていた 鉄砲 (火縄銃) 2 挺を高額で買い取り、 家臣に研究させました。
| 鉄砲が日本社会に与えた影響 | くわしく |
|---|
| 戦い方の変化 | 騎馬戦中心から鉄砲を使った集団戦へ。 [[長篠の戦い |
| 城のつくりの変化 | 山城から、 石垣と天守を備えた 平城・平山城 へ |
| 戦国大名の力関係の変化 | 鉄砲を多く持てる大名が有利に。 統一の動きが加速 |
| 国産化 | 堺 (大阪)・国友 (滋賀) で鉄砲が大量生産されるように |
キリスト教伝来 (1549 年)
1549 年、 スペイン 出身の イエズス会宣教師 フランシスコ・ザビエル が 鹿児島 に上陸しました。 これが日本での キリスト教伝来 です。
ザビエルは 山口・京都・大分 などで布教を行い、 約 2 年間日本に滞在しました。 その後も多くの宣教師が来日し、 キリスト教信者 (キリシタン) は急速に増えていきます。
| キリスト教を保護した戦国大名 | 領地 |
|---|
| 大友宗麟 | 豊後 (大分) |
| 大村純忠 | 肥前 (長崎)。 日本最初のキリシタン大名 |
| 有馬晴信 | 肥前 (島原) |
これらの キリシタン大名 は、 1582 年に少年使節 (天正遣欧少年使節) をローマ教皇のもとに送りました。 ヨーロッパ人と日本人の最初の本格的な交流です。
南蛮貿易
ポルトガル人・スペイン人を、 当時の日本人は 「南蛮人」 と呼びました。 彼らとの貿易を 南蛮貿易 と言います。
| 日本の輸出品 | 日本の輸入品 |
|---|
| [[銀 | ぎん]] (石見銀山など) |
| [[刀剣 | とうけん]] |
| [[海産物 | かいさんぶつ]] |
| たばこ・カステラ・パン |
大事: 「カステラ」 「パン」 「ボタン」 「カルタ」 などのカタカナ言葉は、 この時代にポルトガル語から入ってきた言葉が起源です。
7. 室町・戦国のまとめと安全への配慮
この章のまとめ
| 出来事 | 年代 | 意味 |
|---|
| [[建武の新政 | たてたけしのしんせい]] | 1334 |
| [[室町幕府 | むろまちばくふ]]成立 | 1336 |
| [[南北朝 | なんぼくあさ]] の統一 | 1392 |
| [[勘合貿易 | かんごうぼうえき]]開始 | 1404 |
| [[応仁の乱 | おうにんのらん]] | 1467-1477 |
| [[鉄砲伝来 | てっぽうでんらい]] | 1543 |
| [[キリスト教伝来 | キリストきょうでんらい]] | 1549 |
| [[室町幕府 | むろまちばくふ]]滅亡 | 1573 |
文化のキーワード
- 北山文化: 金閣・能 (世阿弥)・水墨画
- 東山文化: 銀閣・書院造・わび茶・雪舟
城・古戦場を訪れる時の安全とマナー
この時代の遺跡には、 全国の 山城跡・古戦場・寺院 などがあります。 訪れる時は次のことに注意しましょう。
- 山城跡は険しい山道が多い: 竹田城 (兵庫)・岐阜城・小谷城 (滋賀) などの山城跡は、 山登りに近い装備 (歩きやすい靴・水・帽子) が必要です。 雨の後は滑りやすく危険なので避けましょう
- 古戦場の石碑や慰霊碑には敬意を: 川中島・姉川・長篠 などの古戦場には、 戦死者を弔う碑があります。 触ったり登ったりせず、 静かに見学しましょう
- 寺院の文化財は撮影禁止のことが多い: 金閣・銀閣・古い襖絵などは、 フラッシュ撮影が禁止されている場所が多いです。 案内表示を必ず確認しましょう
- 野生動物に注意: 山城跡では、 イノシシ・サル・クマに出会うことがあります。 鈴を持つなど対策を
- ゴミは必ず持ち帰る: 文化財を未来に残すために、 一人ひとりのマナーが大切です
大事: 室町・戦国の遺跡や文化財は、 ユネスコ世界遺産 に登録されているもの (古都京都の文化財 など) も多くあります。 マナーを守り、 「自分が文化財を傷つけたら次の世代が見られなくなる」 という意識を持って訪れましょう。
次の章へ
第 7 章では、 織田信長 と 豊臣秀吉 が戦国の世を統一し、 徳川家康 が 江戸幕府 を開いて 260 年の太平を築く時代を学びます。 そして、 黒船来航から 大政奉還 まで、 江戸時代の終わりまでを見ていきます。