用語集
藤原道長ふじわらのみちなが
11 世紀初め、 摂関政治 の 全盛 を 築いた 公卿 (966-1027)。
11 世紀初め、 摂関政治 の 全盛 を 築いた 公卿 (966-1027)。
藤原道長(966-1027)は、平安時代中期に摂関政治の全盛期を築いた貴族です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 権力の方法 | 4人の娘を天皇・皇太子のきさきにした |
| 有名な歌 | 「この世をばわが世とぞ思ふ…」 |
| 子 | 頼通(平等院鳳凰堂を建てた) |
「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」という歌は、満月のように欠けたところのない、思いのままの自分の権勢をよんだものと伝わります。子の頼通とともに、浄土信仰を背景とした平等院鳳凰堂の造営にも関わりました。
ポイント 道長の歌は「権力の絶頂」を表す史料として頻出。子の頼通と平等院鳳凰堂をセットで覚えよう。
藤原道長は、平安中期に摂関政治の全盛期を築いた貴族です。娘を次々と天皇のきさきに立て、その子が天皇となることで朝廷の実権を握りました。
| 権力の源 | 内容 |
|---|---|
| 外戚の地位 | 娘を天皇のきさきにする |
| 天皇との関係 | 孫が天皇となる |
| 実権 | 摂政・関白として政治を主導 |
複数の娘を天皇のきさきとし、長く朝廷の実権を握りました。「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることも無しと思へば」と詠んだとされる歌は、その権勢の頂点を象徴します。たとえば天皇の母方の祖父(外戚)として政治を動かすやり方が、摂関政治のしくみそのものでした。
試験では 「娘をきさきにする外戚政策」がなぜ権力につながるのか、摂関政治のしくみと結びつけて問われる。