万物斉同は、是非・善悪・美醜・大小といった区別は人間が勝手に立てたものにすぎず、万物は本来ひとしいとする荘子の思想です。「斉同」は「ひとしく同じ」の意です。
| 区別 | 荘子の見方 |
|---|---|
| 是と非 | どちらも立場による相対的なもの |
| 有用と無用 | 無用に見えるものこそ役立つ(無用の用) |
| 自と他 | 夢か現実かさえ確かではない(胡蝶の夢) |
荘子は、人が当然と思う価値の対立(よい/悪い、役立つ/役立たない)は、見る立場によって変わる相対的なものだと考えました。「胡蝶の夢」では、夢で蝶になった自分と、蝶が夢見る自分との区別さえつかないと語り、自他の境を超えた境地を示します。この相対化の先に、対立にとらわれない精神の自由があるとします。
試験では 「万物斉同=対立や区別を超えて万物は等しい」という荘子の中心思想として問われる。「胡蝶の夢」「無用の用」がその具体例であることを結びつけて覚える。
万物斉同 は、 荘子 の中心思想で、 道(タオ) から見れば 大小・善悪・美醜・生死等の区別は全て等しく一つである、 とします。
| 人間の見方 | 道からの見方 |
|---|---|
| 大と小・善と悪を区別 | 区別はない・全て等しい |
| 価値判断に 囚 われる | 区別を超え自由 |
人間の価値判断自体が 偏見 であり、 区別を超えれば心の 囚 われから自由になれるとしました。
試験では 「道から見れば全て等しい」 という相対性と、 胡蝶の夢 がこれを表す点が問われます。