鎖国さこく
江戸幕府 が 海外との行き来 を 制限 した 政策。 長崎 で 一部 と 交易。
江戸幕府 が 海外との行き来 を 制限 した 政策。 長崎 で 一部 と 交易。
「鎖国」 は 江戸幕府 が 17 世紀中ごろから約 200 年続けた、 海外との行き来をきびしく制限した政策 です。 キリスト教 の広まりを防ぎ、 貿易の利益を幕府が独占することがねらいでした。
| 相手 | 場所 | 内容 |
|---|---|---|
| オランダ・中国 | 長崎 (出島など) | 貿易のみ許す |
| 朝鮮 | 対馬を通じて | 国交を続ける |
| 琉球 | 薩摩を通じて | つながりをもつ |
まったく国を閉じたわけではなく、 決められた相手と場所だけで交流が続きました。 出島のオランダ商館からは西洋の学問 (蘭学) が入ってきました。
テストでは 「窓口は長崎・対馬・薩摩など」 と、 ねらい (キリスト教の禁止と貿易独占) が問われます。
鎖国は、江戸幕府が17世紀前半に完成させた、キリスト教の禁止と海外貿易の統制を中心とする対外政策です。
| 交流の窓口 | 相手 |
|---|---|
| 長崎(出島) | オランダ・中国 |
| 対馬藩 | 朝鮮 |
| 薩摩藩 | 琉球 |
| 松前藩 | 蝦夷地(アイヌ) |
幕府がキリスト教を警戒したのは、信者が幕府の命令より神の教えを優先し、団結して一揆を起こすことをおそれたためです。そこでポルトガル人を追放し、布教をしないオランダと中国に貿易相手をしぼりました。ただし「鎖国」という呼び方は後の時代のもので、上の4つの窓口を通じて世界とつながっており、完全に閉じていたわけではありません。
試験では 「4つの窓口(長崎・対馬・薩摩・松前)」と「キリスト教を禁じた理由」が頻出。完全な孤立ではなかった点もおさえよう。
鎖国とは、江戸幕府が17世紀半ばに完成させた、対外関係を厳しく制限する体制のことです。1639年にポルトガル船の来航を禁じ、1641年にオランダ商館を長崎の出島に移して完成しました。
| 窓口(口) | 相手 |
|---|---|
| 長崎 | オランダ・中国 |
| 対馬 | 朝鮮 |
| 薩摩 | 琉球 |
| 松前 | アイヌ |
ただし完全に国を閉ざしたわけではなく、上の四つの窓口(四つの口)を通じて、幕府が管理する形で交易や外交は続いていました。キリスト教の禁止と貿易の独占がねらいでした。なお「鎖国」という言葉自体は江戸後期に生まれた訳語で、当時から使われていたわけではありません。
試験では 「四つの口(長崎・対馬・薩摩・松前)」と、完全な閉鎖ではなく統制された交流だった点が問われやすい。