国際連盟こくさいれんめい
1920 年、 第一次世界大戦後 に つくられ た 平和 の ための 組織。
1920 年、 第一次世界大戦後 に つくられ た 平和 の ための 組織。
「国際連盟」 は 第一次世界大戦 の 後、 二度 と 大きな 戦争 を 起こさ ない ため に、 1920 年 に つくられ た 世界初 の 平和 の ための 国際組織 です。
| 国際連盟 (むかし) | 国際連合 (今) | |
|---|---|---|
| つくら れた 年 | 1920 年 | 1945 年 |
| きっかけ | 第一次世界大戦 | 第二次世界大戦 |
| 本部 | スイス (ジュネーブ) | アメリカ (ニューヨーク) |
日本 も 初め は 参加 し、 新渡戸稲造 が 事務 の 中心 と して はたらき ました。 しかし 満州事変 の あと、 日本 は 1933 年 に 国際連盟 を 脱退 し ました。 力 の 弱さ から 戦争 を 止め られ ず、 のち に 国際連合 へ と 引きつが れ ました。
テストでは 「第一次大戦後・1920 年・日本 は 1933 年 に 脱退」 が ポイント。 今 の 国際連合 と 区別 し ましょう。
国際連盟は、1920年に設立された、第一次世界大戦の反省から平和の維持をめざした、史上初の本格的な国際機関です。本部はスイスのジュネーブに置かれ、日本は常任理事国の一つとなりました。
| 弱点 | 内容 |
|---|---|
| アメリカが不参加 | 提唱国なのに議会の反対で加わらなかった |
| 大国の不参加・脱退 | ソ連・ドイツ・日本などが入らない/抜ける |
| 制裁力が弱い | 武力で違反国を止める力がなかった |
たとえば提唱したアメリカ自身が議会の反対で参加しないなど、最初から大きな弱点をかかえていました。日本が満州事変で脱退するなど機能が弱まり、第二次世界大戦を防げませんでした。戦後はこの反省をもとに国際連合へと引き継がれました。
試験では 「アメリカが不参加」「制裁力が弱い」という弱点が頻出。戦後の国際連合との比較で問われることが多い。
国際連盟は、1920年発足した史上初の大規模国際機構で、アメリカ大統領ウィルソンの14か条を受けて設立されました。本部はジュネーヴ。
| 限界 | 内容 |
|---|---|
| 米の不参加 | 提唱国アメリカが議会の反対で不参加 |
| 全会一致制 | 一国の反対で決議できない |
| 武力制裁の不在 | 侵略を実力で止められない |
平和的な国際秩序を目指しましたが、これらの限界から日本の満洲事変やドイツ・イタリアの侵略を止められず、第二次世界大戦を防げませんでした。
ポイント 国際連盟の失敗の反省が、後の国際連合(安保理・武力制裁あり)に生かされた。両者の違いの比較が頻出。
国際連盟とは、第一次世界大戦後の 1920 年に設立された、世界初の本格的な国際平和機構です。アメリカ大統領ウィルソンの提唱で生まれました。
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 設立 | 1920 年(第一次世界大戦の反省から) |
| 提唱 | 米大統領ウィルソン(十四か条) |
| 主な弱点 | 米国不参加・全会一致制・軍事制裁手段なし |
| 結末 | 第二次世界大戦を防げず国際連合へ |
国際連盟は、提唱国アメリカが議会の反対で参加せず、議決が全会一致制で機動性を欠き、侵略国への有効な制裁手段も持ちませんでした。これらの反省を踏まえ、戦後に国際連合(多数決制・安全保障理事会の強制力)が設立されました。
試験では 国際連盟の弱点(米国不参加・全会一致制・制裁力不足)と、それを改めた国際連合との違いが頻出。連盟→連合の改善点を整理しましょう。