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第 8 章 で 学んだ 大正デモクラシー の あ と、 日本 は 昭和時代 (1926-1989) を 迎 え ました。 昭和 は 日本 の 歴史 の 中 で 最 も 長 い 時代 の 1 つ で、 「大 き な 戦争」 と 「戦後 の 復興」 と い う、 全然 ち が う 2 つ の 時期 を 含み ま す。
そ の あ と の 平成時代 (1989-2019) と 令和時代 (2019- ) を 含め て、 こ の 章 で 学 び ます。
ポイント: こ の 章 で 扱う 戦争 は、 日本 と 多 く の 国 の 人々 に 大 き な 苦 し み を も た ら し ました。 「勝 ち 負 け」 で は な く、 「な ぜ そ う なった の か」 「ど う し た ら 同 じ こ と を 起 こ さ ず に す む の か」 を 考 え る こ と が 大切 で す。
1926 年、 大正天皇 が 亡く な り、 昭和時代 が 始 ま り ました。 第一次世界大戦 の あ と の 不景気 や、 1929 年 に 世界 で 起 き た 世界恐慌 の 影響 で、 日本 の 経済 は 苦 し み ました。 こ う し た 中 で 軍部 (軍隊 の 力) が 大 き く な って き ました。
1931 年、 日本 の 軍隊 が 中国北東部 (満州) で 鉄道 の 線路 を 爆破 し、 そ れ を き っ か け に 満州 を 占領 し ました。 こ れ が 満州事変 で す。 翌 1932 年、 「満州国」 と い う 国 を 作 り ました が、 国際社会 は 認め ま せ ん で した。
1933 年、 国際連盟 が 「満州国 を 認 め な い」 と 決 め た た め、 日本 は 国際連盟 か ら 脱退 し ました。 国際社会 か ら 孤立 す る 道 を 選 ん で し ま い ました。
1937 年、 中国 と 日本 の 軍隊 が ぶ つ か り、 日中戦争 が 始 ま り ました。 戦争 は 中国全土 に 広 が り、 8 年間続 き ました。 多 く の 中国 の 人 と 日本 の 兵士 が 命 を 失 い ました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1929 | 世界恐慌 |
| 1931 | [[満州事変 |
| 1932 | 「満州国」 樹立、 [[五・一五事件 |
| 1933 | [[国際連盟 |
| 1936 | [[二・二六事件 |
| 1937 | [[日中戦争 |
大事: こ の 時期、 日本 で は 軍部 が せ い じ を 動 か す 力 を 強 め ま し た。 二・二六事件 な ど の 事件 で 政党 せ い じ が 弱 ま り、 戦争 へ の 道 を 止 め ら れ な く な って し ま い ました。 「な ぜ 止 め ら れ な か った の か」 を 考 え る こ と が、 現在 の 私 た ち の 役目 で す。
日中戦争 が 続 く 中、 1939 年 に ヨー ロ ッ パ で 第二次世界大戦 が 始 ま り ました。
1941 年 12 月 8 日、 日本 が ハ ワ イ の 真珠湾 に い た ア メ リ カ の 軍隊 を 攻撃 し、 同日 に マ レ ー 半島 へ も 進攻 し ました。 こ う し て 日本 と ア メ リ カ・イ ギ リ ス な ど と の 間 で 太平洋戦争 が 始 ま り ました。
最初 は 日本 が 優勢 で した が、 1942 年 6 月 の ミ ッ ド ウ ェ ー 海戦 の あ と は 不利 な 戦 い が 続 き ました。 1944 年 か ら ア メ リ カ 軍 が 日本本土 を 空 か ら 攻撃 す る 「空襲」 が 続 き、 多 く の 街 が 焼 け、 多 く の 人 が 命 を 失 い ました。 1945 年 4 月 か ら は 沖縄戦 が 起 き、 沖縄県 の 多 く の 住民 が 犠牲 に な り ました。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 1945 年 8 月 6 日 | 広島 に [[原子爆弾 |
| 1945 年 8 月 9 日 | 長崎 に [[原子爆弾 |
広島 と 長崎 で は、 多 く の 人 が 一瞬 で 命 を 失 い、 そ の 後 も 放射能 の 影響 で 多 く の 人 が 苦 し み ました。 広島 で は 約 14 万人、 長崎 で は 約 7 万人 が 1945 年末 ま で に 亡く な った と さ れ て い ま す (諸説 あ り)。
1945 年 8 月 15 日、 昭和天皇 が ラ ジ オ で 「ポツダム宣言」 を 受け 入 れ る こ と を 国民 に 伝 え ま し た (玉音放送)。 こ う し て 太平洋戦争 と 第二次世界大戦 が 終 わ り ました。 こ の 日 を 終戦記念日 と 言 い ます。
太平洋戦争 で 亡く な った 人 の 数 (推定) は、 日本 の 軍人・民間人 で 約 310 万人、 戦った 相手 の 国 や ア ジ ア の 国々 で は さ ら に 多 く の 人 (合計数千万人) が 亡く な った と さ れ て い ま す。
大事: 戦争 は 日本 だ け で は な く、 戦った 相手 の 国 で も、 ア ジ ア や 太平洋 の 多 く の 国 で も 同 じ よ う に 多 く の 命 を 奪い ました。 戦争 で 苦 し む の は 兵士 だ け で は な く、 子 ど も や お と し よ り、 街 で 暮 ら し て い た 人々 で す。 こ れ を 心 に 留 め ましょう。
1945 年 か ら 1952 年 ま で、 日本 は ア メ リ カ を 中心 と す る 連合国軍 (G H Q、 連合国軍最高司令官総司令部) に 占領 さ れ、 大 き な 改革 が 行 わ れ ました。
| 改革 | 内容 |
|---|---|
| 男女平等 の 選挙権 | 1945 年、 20 才以上 の 男女 す べ て に 選挙権 (1946 年 4 月初 の 選挙) |
| **[[財閥解体 | ざいばつかいたい]]** |
| **[[農地改革 | のうちかいかく]]** |
| **[[教育基本法 | きょういくきほんほう]]** (1947) |
| **[[労働組合法 | ろうどうくみあいほう]]** |
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 1946 年 11 月 3 日 | [[日本国憲法 |
| 1947 年 5 月 3 日 | [[日本国憲法 |
日本国憲法 の 3 つ の 大原則 は、 第 2 章 で 学 ん だ 通 り 国民主権・基本的人権 の 尊重・平和主義 で す。 大日本帝国憲法 (1889) と 比 べ て 「主権 は 天皇 か ら 国民 へ」 「軍隊 を 持 た な い」 と 大 き く 変 わ り ました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1951 | [[サンフランシスコ平和条約 |
| 1952 | 日本 が 独立 を 取 り も ど す |
| 1956 | 日ソ 共同宣言、 [[国際連合 |
| 1972 | 沖縄 が 日本 に 復帰 |
ポイント: 日本国憲法 の 「平和主義」 (第 9 条) は、 戦争 の 大 き な 反省 か ら 生 ま れ ました。 「二度 と 戦争 を し な い」 と い う 国民 の 強 い 願 い が こ も って い ま す。
戦争 で 焼 け 野原 と な った 日本 は、 1950 年代後半 か ら 1973 年 の 約 20 年間、 経済 が 急速 に 成長 す る 時期 を 迎 え ました。 こ れ を 高度経済成長 と 言 い ます。
| 「三種の神器」 (1950 年代後半) | 内容 | |---|---| | 白黒 テ レ ビ | 1953 年 に 放送開始 | | 冷蔵庫 | 食品 を 長持ち さ せ る | | 洗濯機 | 家事 の 大 き な 助 け |
| 「3 C」 (1960 年代) | 内容 |
|---|---|
| カ ー (車) | 自家用車 が 一般家庭 に |
| ク ー ラ ー | 夏 を 涼し く |
| カ ラ ー テ レ ビ | 1960 年 か ら 放送、 1964 年 オ リ ン ピ ッ ク で 普及 |
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1964 | **[[東京オリンピック |
| 1970 | **[[大阪万博 |
| 1972 | 沖縄 が 日本 に 復帰、 札幌冬季五輪 |
高度経済成長 で 暮 ら し は 豊か に な り ました が、 一方 で 公害 (四大公害病: 水俣病・新潟水俣病・四日市ぜんそく・イタイイタイ病) が 各地 で 発生 し、 多 く の 人 が 苦 し み ました。 1971 年 に 環境庁 (今 の 環境省) が で き、 公害対策 が 本格化 し ました。
1973 年、 中東 で の 戦争 を き っ か け に 石油危機 (オイルショック) が 起 き、 高度経済成長 は 終 わ り ました。
大事: 「経済 が 成長 す る」 こ と は 暮 ら し を 楽 に し ま す が、 同時 に 公害 や 自然破壊 と い う 問題 を 生 ん だ こ と を 忘れ て は い け ま せ ん。 「便利 さ と 自然 を 両立 さ せ る」 こ と が 今 の 私 た ち の 課題 で す。
1989 年 1 月 7 日、 昭和天皇 が 亡く な り、 翌日 か ら 平成時代 が 始 ま り ました。 平成 は 約 30 年間続 き ました。
平成 の 始 め (1989-1991 年 ご ろ)、 土地 や 株 の 値段 が 急 に 上 が り、 「バブル経済」 と 呼ば れ る 好景気 が 起 き ました。 し か し 1991 年 ご ろ か ら 値段 が 急 に 下 が り (バ ブ ル 崩壊)、 そ の あ と 「失わ れ た 30 年」 と 呼ば れ る 長 い 不景気 に 入 り ました。
| 年月日 | 出来事 |
|---|---|
| 1995 年 1 月 17 日 | **[[阪神淡路大震災 |
| 2011 年 3 月 11 日 | **[[東日本大震災 |
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1995 | [[阪神淡路大震災 |
| 1998 | 長野冬季 オ リ ン ピ ッ ク |
| 2001 | ア メ リ カ 同時多発 テ ロ |
| 2002 | サ ッ カ ー 日韓 ワ ー ル ド カ ッ プ |
| 2011 | [[東日本大震災 |
| 2014 | 消費税 8 % へ |
| 2016 | 熊本地震 |
ポイント: 平成 は 「災害 と 復興」 が 大 き な テ ー マ の 時代 で した。 阪神淡路大震災 と 東日本大震災 か ら、 私 た ち は 「ふ だ ん か ら の 備え」 と 「助 け 合 い」 の 大切 さ を 学 び ました。
2019 年 5 月 1 日、 平成天皇 (今 の 上皇) が 退位 さ れ、 新 し い 天皇 が 即位 し て 令和時代 が 始 ま り ました。 「令和」 と い う 名前 は、 万葉集 (奈良時代 の 和歌集) か ら 取 ら れ た、 初 め て の 日本 の 古典 か ら 取 った 元号 で す。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2019 | [[令和 |
| 2020 | 新型 コ ロ ナ ウ イ ル ス 感染拡大 (世界的 に) |
| 2021 | **[[東京オリンピック |
| 2022 | ロ シ ア の ウ ク ラ イ ナ 侵攻 (戦争 の 影響 が 世界経済 に) |
| 2024 | 能半島地震 (1 月)、 新 し い 紙幣発行 |
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| **[[少子高齢化 | しょうしこうれいか]]** |
| **[[人口減少 | じんこうげんしょう]]** |
| 災害 へ の 備え | 巨大地震 や 気候変動 へ の 対応 |
| デ ジ タ ル 化 | A I・ス マ ー ト フ ォ ン・キ ャ ッ シ ュ レ ス の 普及 |
| 国際的 な つ な が り | 第 10 章 で 学 ぶ「グ ロ ー バ ル 化」 と SDGs |
大事: 私 た ち が 生 き て い る 「今」 も、 い つ か は 「歴史」 に な り ます。 こ の 章 で 学 ん だ 戦争 と 戦後 の 経験 を 受 け 継 い で、 「こ れ か ら の 日本 と 世界」 を 作 る の は 私 た ち 一人 ひ と り で す。
この 章 で 学んだ こと を ふりかえりましょう。
戦争 や 災害 は、 多 く の 命 を 奪い、 多 く の 人 の 心 を 傷 つ け ました。 こ の 章 を 学 ん だ 人 と し て、 大切 に し た い こ と を ま と め ま す。
| 心 が け | 内容 |
|---|---|
| 広島・長崎 の 平和記念公園 を 訪ね る | 機会 が あ れ ば 静 か に 学 ぶ。 「2 度 と 起 こ さ な い」 と 心 に 誓う |
| 戦争体験者 の 話 を 聞 く | 祖父母・地域 の 高齢者 か ら、 当時 の 暮 ら し を 直接聞 く こ と は 何 よ り の 学 び |
| 戦争 を 「相手 が 悪 い」 で 終 わ ら せ な い | な ぜ 戦争 が 起 き た か を 多角的 に 考 え る。 戦った 国同士 そ れ ぞ れ に 事情 が あった |
| 災害 へ の 備え を す る | 家 で 防災 バ ッ グ を 用意 し、 避難場所 を 家族 で 確認 |
| 平和 と 助 け 合 い を 大切 に | 学校 で の 友達 と の 関わ り、 街 で の 高齢者 へ の 思 い や り も 「平和」 の 第一歩 |
大事: 太平洋戦争 が 終 わ って か ら 80 年 ほ ど が 経 ち、 戦争 を 体験 し た 人 が 少 な く な って い ま す。 そ の 体験 と 教訓 を 「伝 え 続 け る」 こ と が、 こ れ か ら 大人 に な る み な さ ん の 大切 な 役目 で す。 「戦争 を 知 ら な い 世代」 が 戦争 を 起 こ さ な い た め に は、 「知 ろ う と す る 努力」 が 何 よ り 大切 で す。
次 の 章: 第 10 章 で は、 戦争 の あ と に で き た 国際連合 の しくみ や、 日本 の 国際協力 (ODA・PKO)、 SDGs な ど、 日本 と 世界 の つ な が り を 学 び ま す。