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第 7 章で学んだ 大政奉還 (1867 年) のあと、 日本 は約半世紀 (約 50 年) の短い間に、 武士 の国 から 近代国家 へと大きく変わりました。 この章では、 その 変化 の流れを学びます。
ポイント: 明治時代 (1868-1912) と 大正時代 (1912-1926) を合わせて約 60 年。 この短い 期間 で日本 は 西洋 に追いつこうと 努力 しました。 「短い 時間 で急いだために起きた良いこと・悪いこと」 を 両方多面的 に見ましょう。
1868 年、 京都 で 「王政復古の大号令」 が出され、 天皇 を 中心 とした新しい 政府 (明治 政府) ができました。 この大改革 を 明治維新 と言います。
新 政府 の 方針 として、 五箇条の御誓文 が出されました。 「広く 会議 を開いて物事を決める」 「身分 に 関わらずみんなが力を合わせる」 など、 新しい国の 方向 を 示しました。
| 改革 | 年 | 内容 |
|---|---|---|
| 版籍奉還 | 1869 | 大名 が 領地 と 領民 を 朝廷 (天皇) に返す |
| 廃藩置県 | 1871 | 全国 の 藩 をなくし、 県と府を置く (今の都道府県の元) |
| 徴兵令 | 1873 | 20 才以上 の男子に 軍隊 へ入る 義務 |
| 改革 | 内容 |
|---|---|
| 四民平等 | 武士・農民・町人 といった 身分 の 区別 をなくす (制度上) |
| 学制 (1872) | 6 才以上 の子ども 全員 に 学校 へ通うことを求める |
| 地租改正 (1873) | 土地の持ち主が お金 で 税金 を 払う (江戸 までは米で払っていた) |
大事: 四民平等 と言っても、 すぐに 完全 な 平等 が 実現 したわけではありません。 制度 と 実際 の暮らしには 差 があったことも知っておきましょう (諸説 あり)。
明治 政府 は 「殖産興業」 (産業 を育てる) と 「富国強兵」 (国を 富ませ 兵 を強くする) を進め、 西洋 の物や 知識 を急いで取り入れました。 この 文化 の大変化 を 文明開化 と言います。
| 分野 | 新しく入って来たもの |
|---|---|
| 交通 | 鉄道 (1872 年新橋 — 横浜) |
| 通信 | 電信・郵便 (1871) |
| 服 | 洋服・帽子・ブーツ |
| 食 | 牛肉 (すきやき)・パン・ビール |
| 街 | レンガ造りの街・ガス灯 |
| こよみ | 太陽暦 (1873、 それまでは 太陰暦) |
| 教育 | 学校・新聞 |
明治 の 思想家 福沢諭吉 は 「学問のすゝめ」 を書き、 「天は人の上に人を造らず」 と説いて、 学ぶことの大切さを多くの人に伝えました。 福沢 は後に 1 万円札の顔になりました (2024 年まで)。
ポイント: 文明開化 は 都会 から始まり、 地方 へゆっくり広がりました。 当時 の人にとって、 鉄道 や 洋服 は 「おどろきの 連続」 だったはずです。
明治 政府 ができたあと、 「国民 の声を 政治 に 反映 させる」 動きが広がりました。 これを 自由民権運動 と言い、 板垣退助 や大隈重信が 中心 となりました。
伊藤博文 がヨーロッパで学び、 ドイツの 憲法 を 参考 に 大日本帝国憲法 が作られ、 1889 年 2 月 11 日に 発布 されました。
| 特色 | 内容 |
|---|---|
| 天皇 中心 | 主権 は 天皇、 軍隊 や 外交 も 天皇 の名で行う |
| 帝国議会 | 衆議院 と 貴族院 の二院制 |
| 国民 = 「臣民」 | 自由 や 権利 はあるが 「法律 の 範囲 で」 と 制限 あり |
| 選挙 権 | 25 才以上 の 男子 で、 一定以上 の 税金 を払う人 (= 全人口の 1 % ぐらい) |
| 比較 | 大日本帝国憲法 (1889) | 日本国憲法 (1947) |
|---|---|---|
| 主権 | 天皇 | 国民 |
| 軍隊 | あり (天皇 の 軍隊) | なし (平和主義) |
| 国民 の 権利 | 法律 の 範囲 で | 基本的人権の尊重 |
大事: 大日本帝国憲法 はアジアで初めての 近代 憲法 として大きな 意味 がありました。 一方で 「天皇 中心」 であり、 今の 国民主権 とはちがうこともおさえましょう。
明治 の中ごろ、 日本 は二つの大きな 戦争 を行いました。
朝鮮 半島 をめぐって、 日本 と 清 (中国) が戦った 戦争 です。 日本 が勝ち、 下関条約 で 台湾 などを受け取りました。 しかしロシア・ドイツ・フランスから 「三国干渉」 を受け、 一部の 領土 を 返還 しました。
朝鮮 半島 と 満州 (中国北東部) をめぐって、 日本 と ロシア が戦った 戦争 です。 多くの命とお金が失われましたが、 日本 が勝ち、 ポーツマス条約 が結ばれました。 この 戦争 で日本 はアジアで大きな力を持つ国とみなされるようになりました。
| 戦争 | 年 | 相手 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 日清戦争 | 1894-1895 | 清 (中国) | 日本 が勝ち、 下関条約 で 台湾 など |
| 日露戦争 | 1904-1905 | ロシア | 日本 が勝ち、 ポーツマス条約 で 樺太南半 など |
大事: 日清戦争 と 日露戦争 は日本 が勝ったと 教科書 には書かれますが、 戦争 には 多くの命が失われます。 戦った 相手 の国でも、 日本 でも、 戦場や街で人が苦しみました。 「勝った」 「負けた」 だけで終わらせず、 戦争 そのものの重さを考えることが大切です。
日露戦争 のあと、 1910 年に日本 は 韓国 併合 を行い、 朝鮮 半島 を 統治 しました (1945 年まで)。 このことは後の日本 と 朝鮮 半島 の国々との 関係 に大きな 影響 を残しました。
明治 が終わり、 1912 年から 大正時代 が始まりました (1912-1926)。 短い時代ですが、 国民 の声が 政治 に届く動きが広がりました。
「大正デモクラシー」 とは、 大正時代に広がった 民主 主義 の動き です。 中心 となった動きは次のものです。
| 動き | 内容 |
|---|---|
| 普通選挙 運動 | 税金 の 額 にかかわらずみんなが 投票 できるように |
| 女性 の 地位 向上 | 平塚 らいてうらが 「青鞜社」 を 結成 |
| 米騒動 (1918) | 米の 値段 が急に上がり、 全国 で起きた 暴動 |
1925 年、 ようやく 普通選挙法 が成立し、 25 才以上 の 男子 全員 が 投票 できるようになりました (女性 の 投票 権 は 1945 年まで待つことになります)。
ヨーロッパで 1914 年に 第一次世界大戦 が始まりました。 日本 はヨーロッパの 同盟 (日英同盟) に 基づき 参戦 しました。
戦争中、 ヨーロッパからの商品が入って来なくなったため、 日本 の 工業 が 急 成長 し、 「大戦景気」 と 呼ばれる 好景気 が起きました。 一方、 戦争 が終わると不景気 となり、 米騒動 などの 社会 問題 が起きました。
戦争 のあと、 平和を守るための 国際 機関 国際連盟 が 1920 年にでき、 日本 も 加盟 しました (新渡戸稲造 が 事務 局 次長)。
ポイント: 大正時代は 「短い 民主 主義 の春」 と言われます。 このあと第 9 章で学ぶ 昭和 の 戦争 の時代へと進むことになります。
この章で学んだことをふりかえりましょう。
明治 の 建造物 (レンガ造りの駅・銀行・学校・工場) は 全国 に残っています。 これらを大切にする心を持ちましょう。
大事: 明治・大正 の時代は日本 が急いで 近代化を進めた時代です。 その中には 「良いこと」 (学校・鉄道・憲法) も 「つらいこと」 (戦争・植民 地 統治) もありました。 両方を見つめることが、 多面的 な 歴史 の学び方です。
次の章: 第 9 章では、 大正 から 昭和 へと移り、 日本 が第二次世界 大戦 と戦後の復興を経験し、 今の私たちの暮らしにつながる時代を学びます。