日清戦争にっしんせんそう
1894-95 年 の 日本と清の戦争。 下関条約 で 日本 が 賠償金 と 台湾 を 得た。
1894-95 年 の 日本と清の戦争。 下関条約 で 日本 が 賠償金 と 台湾 を 得た。
「日清戦争」 は 1894 年から 1895 年にかけて、 朝鮮をめぐる対立から日本と清 (当時の中国) との間で起こった戦争 です。
| ことがら | 内容 |
|---|---|
| 年 | 1894-1895 年 |
| 戦った相手 | 清 (当時の中国) |
| きっかけ | 朝鮮をめぐる対立 |
| 講和条約 | 下関条約 |
日本が勝利し、 「下関条約」 で多額の賠償金と台湾などを得ました。 この賠償金は、 のちの工業の発展などに使われました。 このあと日本は大陸への関わりを強めていきます。 戦争の評価には諸説あります。
テストでは 「相手は清・講和は下関条約」 がポイント。 約 10 年後の 日露戦争 (相手はロシア) と区別して覚えましょう。
日清戦争は、1894〜95年に起きた、朝鮮半島の支配をめぐる日本と清(中国)の戦争です。朝鮮で起きた農民の反乱(甲午農民戦争)への出兵をきっかけに開戦しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対戦相手 | 清(中国) |
| 原因 | 朝鮮半島をめぐる対立 |
| 結果 | 日本が勝利、下関条約を結ぶ |
日本が勝利したことで、東アジアで長く中心だった清の力がおとろえ、国際関係が大きく変わりました。日本は下関条約で台湾や賠償金を得て、列強の一員と見られるようになりましたが、直後の三国干渉でロシアなどとの対立が深まり、後の日露戦争につながりました。
試験では 相手が「清」なのが日清戦争、「ロシア」なのが日露戦争。講和条約は日清=下関条約、日露=ポーツマス条約とセットで覚える。
日清戦争とは、1894〜95年に朝鮮半島への影響力をめぐって起きた、日本と清(中国)の戦争です。日本が勝利し、東アジアの勢力関係が大きく変わりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 年 | 1894〜95年 |
| 相手 | 清(中国) |
| 講和条約 | 下関条約 |
| 三国干渉 | 露・独・仏が遼東半島の返還を要求 |
勝利した日本は下関条約で、清に朝鮮の独立を認めさせ、遼東半島・台湾などの割譲と多額の賠償金を得ました。しかし直後にロシア・ドイツ・フランスが遼東半島の返還を求めてきたため(三国干渉)、日本はやむなく返還し、ロシアへの対抗心を強めました。
試験では 「下関条約の内容(台湾割譲・賠償金)」と「三国干渉→ロシアとの対立深化」の流れがセットで頻出。