この章で学ぶこと
倫理 は、 「人間とは何か」 「どう生きるべきか」 を問う学問です。 この最初の章では、 まず自分自身 — 思春期から大人へと変わっていく 青年期 の自分 — を見つめます。
- 青年期とはどのような時期かを心理学の概念で理解する
- エリクソン の アイデンティティ論を学ぶ
- ハヴィガースト の 発達課題、 マズロー の 欲求階層説を知る
- フロイト の 防衛機制 を理解する
- 自己理解を倫理学習の出発点とする
ポイント: 倫理の学習は、 古代ギリシャや現代思想家の名前を覚えるだけではありません。 「自分がどう生きるか」 を考える力を身につけることが真の目標です。
1. 青年期とは
青年期 は、 子どもから大人へと移行する時期で、 おおよそ 12 歳頃から 22 歳頃 までを指します。 身体的・心理的・社会的に大きな変化が起こる、 人生で最も不安定で創造的な時期です。
青年期の主な特徴
| 概念 | 提唱者 | 意味 |
|---|
| 第二の誕生 | ルソー | 「人は二度生まれる」 ― 一度目は存在するため、 二度目は生きるため (『エミール』) |
| 第二次性徴 | ― | 身体の性的成熟 (声変わり・月経等) |
| 心理的離乳 | ホリングワース | 親からの心理的自立への動き |
| マージナル・マン | レヴィン | 「境界人」 ― 子どもと大人のどちらにも属さない不安定な存在 |
| 疾風怒濤 の時代 | スタンレー・ホール | 激しい感情の揺れを伴う青年期の比喩 |
第二反抗期
幼児期の 第一反抗期 に続き、 青年期初期に親や大人への反抗が強まる時期を 第二反抗期 と呼びます。 自立への重要な通過点です。
2. エリクソンのアイデンティティ論
精神分析学者エリクソン (1902-1994) は、 人生を 8 つの発達段階に分け、 各段階に解決すべき 「発達課題」 があるとしました。
青年期の課題 = アイデンティティの確立
青年期の中心課題は 「アイデンティティ (自我同一性)」 の確立です。
- アイデンティティ = 「自分は何者か」 「自分はこう在りたい」 という一貫した自己感覚
- 失敗すると アイデンティティ拡散 (役割混乱) に陥る
- 課題を先延ばしに試行錯誤する期間を モラトリアム (心理社会的猶予期間) と呼ぶ
大事: モラトリアムは 「怠け」 ではありません。 自分を探すための必要な時間です。 ただし永遠に続くと モラトリアム人間 (小此木啓吾) となり、 大人への移行が困難になります。
エリクソンの 8 段階 (要約)
| 段階 | 時期 | 課題 ↔ 危機 |
|---|
| ① 乳児期 | 0-1 歳 | 基本的信頼 ↔ 不信 |
| ② 幼児前期 | 1-3 歳 | 自律 ↔ 恥・疑惑 |
| ③ 幼児後期 | 3-6 歳 | 自発性 ↔ 罪悪感 |
| ④ 児童期 | 6-12 歳 | 勤勉 ↔ 劣等感 |
| ⑤ 青年期 | 12-22 歳 | アイデンティティ ↔ 拡散 |
| ⑥ 成人前期 | 22-40 歳 | 親密 ↔ 孤立 |
| ⑦ 成人後期 | 40-65 歳 | 生殖性 (世代継承) ↔ 停滞 |
| ⑧ 老年期 | 65 歳- | 統合 ↔ 絶望 |
3. ハヴィガーストの発達課題
教育学者ハヴィガースト は、 人生の各段階で達成すべき課題を整理しました。 青年期の主な発達課題は:
- 同性・異性の友人と成熟した関係をつくる
- 男性・女性の社会的役割を学ぶ
- 親からの情緒的自立
- 経済的自立への準備
- 職業を選び準備する
- 結婚と家庭生活への準備
- 市民としての知識と態度を養う
- 社会的に責任ある行動を求める
- 自らの価値観・倫理体系を持つ
4. マズローの欲求階層説
心理学者マズロー は、 人間の欲求を 5 段階のピラミッドで表しました。 低次の欲求が満たされると、 より高次の欲求が現れます。
| 段階 | 欲求 | 内容 |
|---|
| ⑤ 最高位 | 自己実現 の欲求 | 自分の可能性を最大限に発揮したい |
| ④ | 承認 (尊重) の欲求 | 認められたい・尊敬されたい |
| ③ | 所属と愛の欲求 | 集団に属し、 愛されたい |
| ② | 安全の欲求 | 身体・経済・健康の安全 |
| ① 最下位 | 生理的欲求 | 食欲・睡眠等 |
マズローの欲求階層説。 最下層の生理的欲求から最上層の自己実現の欲求まで 5 段階で示される。 (図: J. Finkelstein / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)
①-④ は不足を満たす 「欠乏欲求」、 ⑤ は成長を求める 「存在欲求 (成長欲求)」 です。
5. フロイトと防衛機制
精神分析学の創始者フロイト (1856-1939) は、 心を 「エス (本能)・自我 (現実適応)・超自我 (良心)」 の 3 層で説明しました。
葛藤や不安から自我を守る無意識の心の働きが 防衛機制 です。
| 機制 | 例 |
|---|
| 抑圧 | 嫌な記憶を無意識に押し込む |
| 合理化 | 失敗をもっともらしい理由で正当化 (「酸っぱいブドウ」) |
| 投影 | 自分の感情を相手のものと思い込む |
| 同一視 | 憧れる人の性質を取り入れる |
| 昇華 | 性や攻撃のエネルギーを芸術・スポーツに向ける |
| 反動形成 | 本心と逆の態度を取る (好きな子に意地悪) |
| 退行 | 子ども返り |
| 逃避 | 現実から目をそらす |
ポイント: 防衛機制は誰にでもある自然な心の働きです。 ただし過度に使うと現実を直視できなくなるため、 自分の傾向を知ることが大切です。
章末まとめ
- 青年期 = 第二の誕生・心理的離乳・マージナルマン
- エリクソン: 青年期の課題は アイデンティティ の確立、 モラトリアム は必要な試行期間
- ハヴィガースト: 発達課題の整理
- マズロー: 欲求階層 (生理 → 安全 → 所属 → 承認 → 自己実現)
- フロイト: エス・自我・超自我、 防衛機制 (抑圧・合理化・昇華等)