この章で学ぶこと
20 世紀後半以降の政治・社会哲学は、 「公正・正義 とは何か」 をめぐり活発に議論してきました。 この章では現代の正義論と関連思想を学びます。
- ロールズ の正義論
- リバタリアニズム (ノージック)
- コミュニタリアニズム (サンデル・マッキンタイア)
- アマルティア・セン の 潜在能力アプローチ
- ケアの倫理 (ギリガン)
- 公共性 と 公共圏 (ハーバーマス・アーレント)
古典的功利主義を振り返る: 現代の正義論は、 19 世紀の ベンサム と J.S.ミル の功利主義への批判と継承としても読める。 ベンサムの 「最大多数の最大幸福」、 ミルの質的功利と自由論は、 ロールズ・サンデルの出発点でもある。
ベンサム (1748-1832) の肖像。 ヘンリー・W・ピカーズギル作。 「最大多数の最大幸福」 を説いた量的功利主義者。 (Wikimedia Commons, Public domain)
J.S.ミル (1806-1873) の肖像写真 (1870 年頃)。 質的功利主義を説き、 『自由論』 で 他者危害原則 を唱えた。 (写真: London Stereoscopic Company / Wikimedia Commons, Public domain)
1. ロールズの正義論
アメリカの哲学者ロールズ (1921-2002) は 『正義論』 (1971) で、 「公正としての正義」 を提唱しました。
無知のヴェール
- 「原初状態」 ― 全員が自分の地位・性別・能力・価値観を知らない状態
- この 「無知のヴェール」 の下で全員が合意する原理が正義
正義の 2 原理
- 平等な自由の原理 ― 全員が同じ基本的自由を持つ
- 格差原理 + 機会均等
- (a) 機会均等の原理: 地位は公正な機会均等の下に
- (b) 格差原理: 不平等は 最も不遇な人の利益 になる場合のみ許される
大事: ロールズは単純な平等ではなく、 「最も不遇な人」 を基準とする公正を説きました。 結果的に福祉国家を倫理的に支える議論となりました。
2. リバタリアニズム — ノージック
ノージック (1938-2002) は 『アナーキー・国家・ユートピア』 でロールズを批判。
- 個人の 所有権 が絶対
- 国家の役割は治安・防衛・契約履行のみ (最小国家)
- 再分配は個人の自由を侵す → 福祉国家否定
3. コミュニタリアニズム
個人を切り離された 「負荷なき自己」 と見る自由主義を批判し、 共同体 (コミュニティ) の中で形成される自己と共通善を重視。
| 思想家 | 主張 |
|---|
| サンデル (1953-) | 『これからの「正義」の話をしよう』、 共通善の政治を説く |
| マッキンタイア | 『美徳なき時代』、 徳倫理 の復権 |
| テイラー | 多文化主義・承認 の政治 |
ポイント: サンデルは 「臓器売買を認めるか」 「徴兵制か志願制か」 等を例に、 「市場化してはいけない領域がある」 と説きます。
4. アマルティア・センと潜在能力
インド出身の経済学者・哲学者 アマルティア・セン (1933-) は、 「潜在能力 (ケイパビリティ)」 という概念で福祉を捉え直しました。
- 人が 「~ できる」 (健康であれる、 教育を受けられる、 政治に参加できる等) 自由の幅が福祉の中心
- 単なる所得や物の量でなく、 「機能を自由に選び取れる能力」 を見る
センと マーサ・ヌスバウム の議論は、 国連の 人間開発指数 (HDI) や SDGs等国際政策にも大きな影響を与えました。
5. ケアの倫理
| 思想家 | 主張 |
|---|
| ギリガン (1936-) | 『もうひとつの声』 ― 正義倫理 (男性的) と並ぶ ケアの倫理 (女性的) を提示 |
| ノディングス | ケアリングの倫理 ― 教育への応用 |
ケアの倫理は、 自立した個人の契約という西洋倫理の前提を批判し、 「相互依存」 「関係性」 を重視します。
6. 公共性と公共圏
アーレント の 「活動」 と ハーバーマス の コミュニケーション的合理性 (前章) は、 民主主義社会の 「公共圏」 を支える思想として注目されています。 自由に議論し合意を形成する場が民主主義の基盤です。
7. 環境倫理・生命倫理との接続
正義論は、 次章で学ぶ環境倫理・生命倫理と結びつきます。 「世代間倫理」 (未来世代への責任)、 動物・自然への配慮等は 「誰を道徳共同体に含めるか」 という正義の拡張です。
章末まとめ
- ロールズ: 無知のヴェール・公正としての正義・格差原理
- リバタリアニズム: ノージック・最小国家
- コミュニタリアニズム: サンデル・マッキンタイア (徳倫理)
- アマルティアセン: 潜在能力アプローチ
- ケアの倫理: ギリガン・ノディングス
- 公共性: アーレント (活動)・ハーバーマス (コミュニケーション的合理性)