はじめに
受身・使役・比較は漢文構文の 三本柱。 訓読 で特殊な 送り仮名 を用い、 訳し方も決まった型があります。
この章でできるようになること:
- 受身の 4 形 (見・被・為 〜 所・於) を識別できる
- 使役の 「使・令・遣・教」 の構文を訓読できる
- 比較の 「於・乎」 と最上級 「莫如」 を訳せる
- 「為 〜 所 〜」 の完全受身構文を解析できる
1. 受身 — 「〜 される」
| 形 | 読み | 例 |
|---|
| 見 〜 | 〜さる | 見笑(笑はる) |
| 被 〜 | 〜さる | 被殺(殺さる) |
| 為 A 所 B | A の B するところとなる | 為人所笑(人の笑ふ所と為る) |
| 於 A | A に 〜 さる | 困於酒(酒に困しめらる) |
例 1 — 見
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 信而見疑、忠而被謗。 |
| 訓読文 | 信ナルニ而見[レ]疑、 忠ナルニ而被[レ]謗。 |
| 書き下し文 | 信なるに疑はれ、忠なるに謗らる。 |
| 現代語訳 | 信義を守っているのに疑われ、 忠実であるのに悪口を言われる。 |
出典: 史記屈原賈生列伝。 屈原 の不遇を評した一節。
例 2 — 為 A 所 B
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 為天下笑。 |
| 訓読文 | 天下ノ笑フ所ト為ル。 |
| 書き下し文 | 天下の笑ふ所と為る。 |
| 現代語訳 | 天下の人々から笑い者にされる。 |
解説: 「為 A 所 B」 は 完全受身の定型。 「A の B する所と為る」 と訓読し、 「A に B される」 と訳す。
2. 使役 — 「〜 させる」
| 形 | 読み |
|---|
| 使 A B | A をして B せしむ |
| 令 A B | A をして B せしむ |
| 遣 A B | A を遣はして B せしむ |
| 教 A B | A をして B せしむ |
「使・令・遣」 が主要な使役動詞。 後に 使役される人 + 動作 が続く。
例
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 王使使者問之。 |
| 訓読文 | 王使者ヲシテ之ヲ問ハ[レ] シム。 |
| 書き下し文 | 王使者をして之を問はしむ。 |
| 現代語訳 | 王は使者にこれを質問させた。 |
「使」「令」 がない暗黙の使役
文脈だけで使役と解釈する場合もある。
| 訓読 | 意味 |
|---|
| 命二三人一守ラシム関ヲ | 三人に関を守らせた |
3. 比較 — 「〜 より」「〜 と同じ」
比較 「於・乎・于」
| 形 | 訓読 | 意味 |
|---|
| A 形容詞於 B | A は B より 〜 なり | A の方が B より 〜 |
例: 苛政ハ猛二於虎一 ナリ = 「苛政は虎よりも猛なり」 = 苛酷な政治は虎より恐ろしい (礼記檀弓篇)。
最上級 「莫如」「莫若」
| 形 | 訓読 | 意味 |
|---|
| 莫如 A | A にしくはなし | A が一番だ |
| 莫若 A | A にしくはなし | A が一番だ |
例: 知人ハ莫[レ] シ如二自知一 = 「人を知るは自ら知るに如くは莫し」 = 他人を知るより自分を知ることが最良だ。
「不如 A」 = 「A には及ばない」
| 形 | 意味 |
|---|
| A 不如 B | A は B に及ばない (B の方がよい) |
例: 百聞不[レ]如二一見一 = 「百聞は一見に如かず」 = 百回聞くより一回見る方がよい (漢書趙充国伝)。
4. 「於」 の多義性
「於」 は 場所・対象・比較・受身 の 4 用法があり、 文脈で判断する。
| 用法 | 訓読 | 例 |
|---|
| 場所 | 〜に | 生於越(越に生まる) |
| 対象 | 〜を | 問於師(師に問ふ) |
| 比較 | 〜より | 重於山(山より重し) |
| 受身 | 〜に | 困於病(病に困しむ) |
ポイント: 「於」 の前が 形容詞 なら比較、 動詞 + 「於」 + 動作主 なら受身の可能性が高い。
5. 章末例文 — 史記から
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 趙王使廉頗将。 |
| 訓読文 | 趙王廉頗ヲシテ将タラシム。 |
| 書き下し文 | 趙王廉頗をして将たらしむ。 |
| 現代語訳 | 趙の王は 廉頗 を将軍にした。 |
出典: 史記廉頗藺相如列伝。
戦国時代の 竹簡 (中国文字博物館・安陽蔵)。 受身・使役・比較を含む古典漢文はこうした竹や木の札に書かれ、 句読点も仮名もなく連続していた。 だからこそ 「於・使・令」 等の 置き字 や文型サイン を手がかりに構造を見抜く訓練が必要になる。
6. 章末まとめ
- 受身 = 見/被/為 A 所 B/於
- 使役 = 使・令・遣・教 + 「A をして B せしむ」
- 比較 = 於 / 最上級 = 莫如・莫若
- 「百聞不如一見」「苛政猛於虎」 は頻出故事
次章では故事成語を学びます。