はじめに
漢詩 とは、 中国古来の韻文文学で、 厳密な形式と韻律を持ちます。 唐代(618 〜 907) に最盛期を迎え、 李白・杜甫・王維 らが不朽の名作を残しました。
この章でできるようになること:
- 漢詩の形式 (絶句・律詩・古体詩) を区別できる
- 押韻・対句・平仄 の基本を理解する
- 代表的な唐詩 4 〜 5 編を鑑賞し訳せる
1. 漢詩の形式
| 種類 | 句数 | 1 句の字数 | 例 |
|---|
| 五言絶句 | 4 | 5 | 春暁(孟浩然) |
| 七言絶句 | 4 | 7 | 送元二使安西(王維)/早発白帝城(李白) |
| 五言律詩 | 8 | 5 | 春望(杜甫) |
| 七言律詩 | 8 | 7 | 登高(杜甫) |
| 古体詩 | 不定 | 不定 | 古詩十九首 |
- 4 句のものを 絶句、 8 句のものを 律詩 と呼び、 まとめて 近体詩 という。
- 律詩では第 3-4 句、 第 5-6 句が 対句 となるのが原則。
- 句末で同じ 韻 を踏むのが 押韻。 偶数句末と場合により第 1 句末で押韻する。
2. 春暁 — 孟浩然(五言絶句)
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 春眠不覚暁/処処聞啼鳥/夜来風雨声/花落知多少 |
| 訓読文 | 春眠暁ヲ覚エズ/処処啼鳥ヲ聞ク/夜来風雨ノ声/花落ツルコト知ル多少ゾ |
| 書き下し文 | 春眠暁を覚えず/処処啼鳥を聞く/夜来風雨の声/花落つること知る多少ぞ |
| 現代語訳 | 春の眠りは心地よく、 夜明けに気づかない。 あちらこちらで鳥の啼く声が聞こえる。 夕べに風雨の音がしていた。 花は一体どれほど散ったことだろうか。 |
作者: 孟浩然(689 〜 740)。 押韻: 暁(gyō)・鳥(chō)・少(shō) で韻を踏む (日本漢字音でも 「ョウ」 でそろう)。
3. 静夜思 — 李白(五言絶句)
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 牀前明月光/疑是地上霜/挙頭望明月/低頭思故郷 |
| 訓読文 | 牀前月光アリ/疑フラクハ是レ地上ノ霜カト/頭ヲ挙ゲテ明月ヲ望ミ/頭ヲ低レテ故郷ヲ思フ |
| 書き下し文 | 牀前明月の光あり/疑ふらくは是れ地上の霜かと/頭を挙げて明月を望み/頭を低れて故郷を思ふ |
| 現代語訳 | 寝台の前に月の光がさしている。 一瞬、 地に降りた霜かと疑った。 頭を上げて山の上の月を仰ぎ、 頭を垂れて遠い故郷を思う。 |
作者: 李白(701 〜 762)、 詩仙と呼ばれる。 旅先で月を見て故郷を思う望郷詩。
4. 春望 — 杜甫(五言律詩)
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 国破山河在/城春草木深/感時花濺涙/恨別鳥驚心/烽火連三月/家書抵万金/白頭掻更短/渾欲不勝簪 |
| 書き下し文 | 国破れて山河在り/城春にして草木深し/時に感じては花にも涙を濺ぎ/別れを恨んでは鳥にも心を驚かす/烽火三月に連なり/家書万金に抵る/白頭掻けば更に短く/渾て簪に勝へざらんと欲す |
| 現代語訳 | 国都は戦火で破壊されたが、 山や河はそのまま残っている。 春を迎えた都には草木が深く茂る。 時世を嘆いては花を見ても涙がこぼれ、 別離を恨んでは鳥の声にも胸が騒ぐ。 戦火は三月も続き、 家族からの手紙は万金にも値する。 白い髪をかけばいっそう短くなり、 もう 簪 さえ留まらなくなりそうだ。 |
作者: 杜甫(712 〜 770)、 詩聖と呼ばれる。 安史の乱で長安に幽閉されていた 757 年春の作。 律詩の第 3-4 句 「感時花濺涙/恨別鳥驚心」 と第 5-6 句 「烽火連三月/家書抵万金」 は美しい 対句 になっている。
5. 送元二使安西 — 王維(七言絶句)
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 渭城朝雨浥軽塵/客舎青青柳色新/勧君更尽一杯酒/西出陽関無故人 |
| 書き下し文 | 渭城の朝雨軽塵を浥し/客舎青青柳色新たなり/君に勧む更に尽くせ一杯の酒/西のかた陽関を出づれば故人無からん |
| 現代語訳 | 渭城 に降った朝の雨が軽い砂ぼこりをしっとりと鎮める。 旅館の周りの柳は青々と色を新たにしている。 君に勧めよう、 もう一杯酒を飲み干しなさい。 西の方陽関 を出たら、 もう親友には会えないのだから。 |
作者: 王維(701 〜 761)。 友元二 が西域の 安西 へ使者として旅立つのを送る別れの詩。 後世 「陽関三畳」 として歌われた。
6. 黄鶴楼送孟浩然之広陵 — 李白(七言絶句)
| 段 | 内容 |
|---|
| 白文 | 故人西辞黄鶴楼/煙花三月下揚州/孤帆遠影碧空尽/唯見長江天際流 |
| 書き下し文 | 故人西のかた黄鶴楼を辞し/煙花三月揚州に下る/孤帆の遠影碧空に尽き/唯だ見る長江の天際に流るるを |
| 現代語訳 | 旧友 (孟浩然) は西の方黄鶴楼 に別れを告げ、 花霞の三月に 揚州 へと下っていく。 ぽつんと一つの帆の遠い影が青い空に消え、 ただ長江が天の果てへ流れていくのが見えるばかりだ。 |
作者: 李白。 親友孟浩然が揚州へ下るのを黄鶴楼で見送った詩。
7. 押韻と対句の確認
押韻の確認 — 春望
| 句 | 句末字 | 日本漢字音 |
|---|
| 1 | 在 | ザイ |
| 2 | 深 | シン |
| 4 | 心 | シン |
| 6 | 金 | キン |
| 8 | 簪 | シン |
偶数句末で 「シン/キン」 系の韻を踏んでいる (中国中古音では全て 「侵」 韻)。
対句 — 春望第 3-4 句
| 上句 | 下句 |
|---|
| 感時/花/濺涙 | 恨別/鳥/驚心 |
| 動詞 + 名詞 + 動詞句 | 動詞 + 名詞 + 動詞句 |
品詞と構造が美しく対応しているのが律詩の醍醐味です。
李白 (701-762) を描く 19 世紀の古典絵画 (厦門鼓浪嶼蔵)。 「詩仙」 と称された盛唐の詩人で、 杜甫 (詩聖) ・ 王維 (詩仏) とならぶ唐詩三大詩人の一人。 自由奔放で大胆な想像力に富む詩風で、 「静夜思」 「黄鶴楼送孟浩然之広陵」 等が代表作として今も愛唱される。
8. 章末まとめ
- 絶句 = 4 句、 律詩 = 8 句、 五言・七言の別あり
- 押韻 = 偶数句末(場合により第 1 句末も)
- 対句 = 律詩の第 3-4 句、 第 5-6 句
- 李白 = 詩仙 / 杜甫 = 詩聖 / 王維 = 詩仏
- 望郷・送別・憂国・自然が唐詩の主題
漢文の旅はひとまずここで終わります。 古典中国の文章と詩を通して、 現代の私たちの言葉や思考がどこから来ているのかを感じてみてください。