この章で学ぶこと
前の章で学んだ人権の歴史の成果 を、 日本で形にしたのが 日本国憲法 です。 1947 年 (昭和 22 年) 5 月 3 日に施行 され、 80 年近く続くこの憲法を、 主権者として学びましょう。
- 日本国憲法 の 成立過程 を知る (大日本帝国憲法 とのちがい)
- 3 大原則 (国民主権・基本的人権の尊重・平和主義) を学ぶ
- 「最高法規」 とはどういう意味 か
- 基本的人権 の種類 (自由権・社会権・参政権など) を知る
- 新しい人権 (プライバシー権・知る権利 など) を知る
- 憲法改正 の手続き (96 条) を知る
- 9 条をめぐる 多様な議論 を中立に学ぶ
ポイント: 憲法は 「国民が国家に守らせる約束」 です。 法律が 「国家が国民に守らせるルール」 なのとは 逆の向き です。
1. 日本国憲法の成立
大日本帝国憲法 (明治憲法)
| 項目 | 内容 |
|---|
| 発布 | 1889 年 (明治 22 年)、 ドイツ流を参考 |
| 主権 | 天皇 にある (天皇主権) |
| 権利 | 「臣民 の権利」 として 法律の範囲内 で認められる |
| 改正 | 天皇の発議 が必要、 国民投票なし |
第二次世界大戦と占領
- 1945 年 8 月、 日本はポツダム宣言を受諾 し降伏
- G H Q (連合国軍最高司令官総司令部) が占領
- 「軍国主義を改め、 民主化を進めよ」 との指令
日本国憲法の制定
| 出来事 | 年月 |
|---|
| G H Q が草案 (マッカーサー草案) 提示 | 1946 年 2 月 |
| 政府が修正、 帝国議会で審議・修正 | 1946 年 4 〜 10 月 |
| 公布 | 1946 年 11 月 3 日 (今の文化の日) |
| 施行 | 1947 年 5 月 3 日 (今の憲法記念日) |
日本国憲法の原本。1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌1947年5月3日に施行された。
大日本帝国憲法との比較
| 項目 | 大日本帝国憲法 | 日本国憲法 |
|---|
| 主権 | 天皇 | 国民 |
| 天皇 | 神聖不可侵、 統治者 | 象徴 (国政に関与 せず) |
| 人権 | 「臣民の権利」 法律で制限可 | 基本的人権を永久不可侵 と保障 |
| 戦争 | 統帥権 (天皇) が軍を動かす | 戦争放棄・戦力不保持 (9 条) |
| 改正 | 天皇が発議 | 国会が発議、 国民投票 で過半数 |
大事: 日本国憲法は 「押し付けか」「自主的か」 をめぐる議論があります。 G H Q 草案が元であるのは事実、 一方で帝国議会での修正 や当時 の民間草案の影響 もありました。 立場 により評価 が異なります。
2. 3 大原則 ① — 国民主権
「国民主権」 とは、 国のあり方を最終的に決める力 (主権) は国民にある という原則です。
憲法前文から
「ここに主権が国民に存することを宣言し、 この憲法を確定する」 (前文)
主権の具体的な表れ
| 表れ | 説明 |
|---|
| 選挙権 | 18 歳以上が国会議員・地方議員を選ぶ |
| 国民投票 | 憲法改正のときに直接賛否を問う |
| 最高裁判所裁判官国民審査 | 衆議院議員総選挙の時に同時に行う |
| 地方自治 | 知事・市町村長・地方議員を直接選ぶ |
象徴天皇制
| 項目 | 内容 |
|---|
| 地位 | 「日本国の象徴、 日本国民統合 の象徴」 (1 条) |
| 主権 | 天皇ではなく 国民にある |
| 政治 | 国政に関する権能を持たない (4 条) |
| 国事行為 | 内閣の助言 と承認 により行う (7 条) |
天皇の国事行為の例
- 内閣総理大臣 の任命 (国会の指名 に基づく)
- 法律や条約の公布
- 国会の召集
- 衆議院の解散
- 外国大使の接受
ポイント: 天皇は主権者ではなく、 主権者 (国民) の決定を 形式的に表す役割 です。 この 「象徴」 という位置づけが大日本帝国憲法との大きな違いです。
3. 3 大原則 ② — 基本的人権の尊重
基本的人権 とは、 前章で学んだ 「人が人として当然に持つ権利」 です。 憲法はこれを 「侵 すことのできない永久 の権利」 (11 条・97 条) と規定しています。
憲法が保障 する主な人権
(1) 平等権
| 条文 | 内容 |
|---|
| 14 条 | 法の下の平等。 人種・信条・性別・社会的身分・門地 により差別されない |
| 24 条 | 両性 の本質的平等 (家族・婚姻) |
| 44 条 | 議員と選挙人の資格 の平等 |
(2) 自由権 — 国家からの自由
| 種類 | 内容 |
|---|
| 精神 の自由 | 思想・良心 (19 条)、 信教 (20 条)、 集会・結社・表現 (21 条)、 学問 (23 条) |
| 身体 の自由 | 奴隷的拘束 からの自由 (18 条)、 法定手続 (31 条)、 不当 な逮捕 からの自由 (33-34 条) |
| 経済の自由 | 居住・移転・職業選択 (22 条)、 財産権 (29 条) |
(3) 社会権 — 国家による自由
| 条文 | 内容 |
|---|
| 25 条 | 生存権: 「健康 で文化的な最低限度の生活」 を営む権利 |
| 26 条 | 教育を受ける権利 と義務教育 |
| 27 条 | 勤労の権利 と義務 |
| 28 条 | 労働三権 (団結権・団体交渉権・団体行動権) |
(4) 参政権
| 条文 | 内容 |
|---|
| 15 条 | 公務員を選定・罷免 する権利 |
| 79 条 | 最高裁判所裁判官国民審査 |
| 96 条 | 憲法改正国民投票 |
(5) 請求権
| 条文 | 内容 |
|---|
| 16 条 | 請願権 |
| 17 条 | 国家賠償請求権 |
| 32 条 | 裁判を受ける権利 |
| 40 条 | 刑事補償請求権 |
公共の福祉 との関係
人権は大切ですが、 「自分の自由」 が 「他人の自由」 とぶつかることもあります。 そこで憲法は
「国民は、 これを 濫用してはならないのであって、 常に 公共の福祉 のためにこれを利用する責任 を負う」 (12 条)
と定めています。 「公共の福祉」 とは 「みんなの利益」 のこと。 例えば
- 表現の自由 → 名誉 毀損やヘイトスピーチは制限 されうる
- 営業 の自由 → 衛生・安全のための規制
- 居住 の自由 → 都市計画のための制限
大事: ただし、 「公共の福祉」 を理由に人権を過剰 に制限 することは許されません。 制限 が 必要最小限 であるかを常に検討 します。
4. 3 大原則 ③ — 平和主義 (9 条)
平和主義 は、 第二次世界大戦での痛ましい経験 を二度と繰り返さないという反省 から生まれた、 日本国憲法の大きな特色です。
第 9 条の条文 (要約)
第 1 項: 日本国民は、 正義と秩序 を基調 とする国際平和を誠実 に希求 し、 国権 の発動 たる 戦争 と、 武力 による威嚇又は武力の行使は、 国際紛争を解決する手段としては、 永久 にこれを 放棄 する。
第 2 項: 前項の目的を達するため、 陸海空軍その他の 戦力は、 これを保持 しない。 国の 交戦権 は、 これを認めない。
平和主義の 3 つの柱
| 柱 | 内容 |
|---|
| ① 戦争の放棄 | 国際紛争解決の手段としての戦争を永久にしない |
| ② 戦力の不保持 | 軍隊を持たない |
| ③ 交戦権の否認 | 国として戦う権利を認めない |
自衛隊と 9 条の関係
自衛隊 は 1954 年に設置 され、 現在約 23 万人の隊員がいます。 9 条との関係については、 多様な立場 があります。
| 立場 | 主張 |
|---|
| 政府の解釈 | 9 条が禁じるのは 「戦力」。 自衛のための 「必要最小限の実力」 は 「戦力」 に当たらず合憲 |
| 自衛隊違憲説 | 自衛隊は実質的に 「戦力」 であり違憲である |
| 明記改憲説 | 自衛隊を 9 条に明記すべき |
| 9 条維持説 | 9 条はそのまま維持すべき |
大事: 9 条をめぐる議論は、 「どれが正解」 と公民では決めません。 多様な立場を知り、 自分で考える ことが大切です。
集団的自衛権
2014 年、 政府は 「集団的自衛権」 (同盟国が 攻撃された場合、 共に反撃できる権利) を限定的に認める解釈変更を行い、 2015 年に 平和安全法制 が成立しました。 これも 賛否両論 があるテーマです。
非核三原則
日本は 1971 年に 「核兵器を持たず、 作らず、 持ち込ませず」 を国会で決議 しました (法律ではなく政治的方針)。
5. 新しい人権
憲法制定から 80 年。 社会の変化とともに、 憲法に直接書かれていない 「新しい人権」 が主張 されるようになりました。
主な新しい人権
| 人権 | 内容 | 根拠条文 |
|---|
| プライバシー権 | 私生活をみだりに公開されない権利 | 13 条 (幸福追求権) |
| 知る権利 | 国や自治体が持つ情報を知る権利 | 21 条 (表現の自由) |
| 環境権 | 良い環境で生活する権利 | 13 条・25 条 |
| 自己決定権 | 自分のことは自分で決める権利 | 13 条 |
| アクセス権 | マスメディアに意見を載せるよう求める権利 | 21 条 |
関連する法律
| 法律 | 内容 |
|---|
| 個人情報保護法 (2003) | 個人情報の取り扱いルール |
| 情報公開法 (1999) | 国の行政文書を請求できる |
| 環境基本法 (1993) | 環境保全の基本 |
インターネット時代の新しい課題
- 忘れられる権利 (検索結果から削除を求める)
- AI による個人情報利用の規制
- デジタル遺産 (亡くなった後の SNS やクラウド)
ポイント: 新しい人権は 判例 や 法律 で少しずつ認められてきています。 「憲法に書いてないからダメ」 ではなく、 時代に合わせて解釈が進化 しています。
6. 憲法改正の手続き
憲法改正 は、 普通の法律の制定・改正よりも はるかに厳しい手続き が必要です。 これを 「硬性憲法」 と言います。
憲法 96 条の手続き
| ステップ | 必要なこと |
|---|
| ① 発議 | 衆議院・参議院それぞれで 総議員の 3 分の 2 以上 の賛成 |
| ② 国民投票 | 国民投票で 有効投票の過半数 の賛成 |
| ③ 公布 | 天皇が国民の名で公布 |
なぜ厳しいのか
- 憲法は 国民が国家に守らせる約束。 簡単に変えられたら意味がない
- 多数派が少数派の人権を侵害できないように
- 時の政権の都合で簡単に変えられないように
国民投票法
2007 年に 国民投票法 が成立し、 18 歳以上が投票できることになりました (2018 年から)。 つまり、 憲法改正の国民投票があったとき、 中学生のあなたたちも数年後には投票 する立場 になります。
改憲をめぐる議論
- 日本国憲法は 1947 年施行から一度も改正されていない
- 改憲賛成派・反対派の 双方がさまざまな立場から議論
- 9 条だけでなく、 緊急事態条項、 環境権、 教育無償化など様々な論点 がある
大事: 改憲の 是非や内容について、 公民の教科書では 「どれが正しい」 とは決めません。 主権者であるあなたたちが、 多様な情報を集め、 多様な立場を聞き、 自分で考えて判断 することが求められます。
7. 憲法は最高法規
憲法は 「最高法規」 です。 これは 国の中で最も強いルール という意味です。
最高法規の意味
| 条文 | 内容 |
|---|
| 98 条 | 憲法に反する法律・命令・条約は効力を持たない |
| 99 条 | 天皇・大臣・国会議員・裁判官など公務員は 憲法を尊重し 擁護する義務 を負う |
ピラミッド構造
| 順位 | ルール |
|---|
| 最上位 | 憲法 |
| ↓ | 条約 (国際約束) |
| ↓ | 法律 (国会が制定) |
| ↓ | 政令 (内閣が制定) |
| ↓ | 省令 (大臣が制定) |
| ↓ | 条例 (地方議会が制定) |
違憲審査制
裁判所は法律が憲法に違反していないかを判断できます。 これを 違憲審査制 と言います (81 条)。 最終的な判断は 最高裁判所 が行い、 「憲法の番人」 と呼ばれます (Ch5 で詳しく)。
公務員の役割
公務員 (政治家・裁判官・警察官など) は 国民に仕える立場 です (15 条 2 項: 「全体の 奉仕者」)。 だから憲法を守る第一の義務を負います。
ポイント: 憲法は 国民を縛る法律 ではなく、 国家 (公務員) を縛る法 です。 この違いをしっかり押さえましょう。
まとめと安全配慮
この章のまとめ
| 原則 | キーワード |
|---|
| ① 国民主権 | 主権は国民に、 天皇は象徴 |
| ② 基本的人権の尊重 | 平等・自由・社会・参政・請求権 |
| ③ 平和主義 | 9 条 — 戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認 |
| 新しい人権 | プライバシー・知る・環境・自己決定 |
| 憲法改正 | 各院 3 分の 2 + 国民投票過半数 |
| 最高法規 | 違憲な法律は無効、 公務員は擁護義務 |
安全配慮 — 憲法を学ぶ主権者としての自覚
憲法を学ぶことは、 単なる暗記ではなく、 主権者としての力を育てる ことです。 つぎのことを大切にしましょう。
- 「憲法はまだ自分に関係ない」 と思わない — 18 歳で選挙権、 数年で憲法改正投票の可能性
- 多様な立場 を知る — 改憲賛成 / 反対、 9 条の解釈、 どれも 「絶対の正解」 ではない
- 特定の政党・政治家を評価 せず、 制度と議論そのもの を学ぶ
- 自分とちがう意見に耳を傾ける — その上で自分の判断を持つ
- 判断を急がない — 高校 「公共」 や大学、 社会人としての経験を通して考え続ける
主権者教育
世界では主権者教育 (シチズンシップ教育) がさかんです。 日本でも 2015 年の 18 歳選挙権を機に、 学校での政治・憲法教育が重視されています。
次の章では, 憲法の 3 大原則を実現する政治のしくみ — 国会・内閣・裁判所と三権分立 — を学びます。