用語集
卑弥呼ひみこ
3 世紀 ごろ の 邪馬台国 の 女王。 中国 の 「魏志倭人伝」 に 記述 が ある。
3 世紀 ごろ の 邪馬台国 の 女王。 中国 の 「魏志倭人伝」 に 記述 が ある。
「卑弥呼」 は 3 世紀ごろの 「邪馬台国」 を治めていたとされる女王 です。 そのすがたは中国の歴史書 「魏志倭人伝」 (ぎしわじんでん) に記されています。
| 卑弥呼について | 内容 |
|---|---|
| 治めた国 | 邪馬台国 |
| 政治のしかた | 占い (まじない) で国をまとめた |
| 中国との関係 | 魏に使いを送り 「親魏倭王」 の称号を受けた |
邪馬台国 がどこにあったかは、 「九州説」 と 「近畿 (大和) 説」 など諸説あり、 はっきりしていません。
テストでは 「邪馬台国の女王」 であり、 中国の 「魏志倭人伝」 に書かれている点が問われます。
卑弥呼は、3世紀前半に邪馬台国を治めたとされる女王で、中国の歴史書『魏志』倭人伝に記される人物です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 治めた国 | 邪馬台国(約30の国を従えた) |
| 政治の方法 | まじない(呪術)で人々を治めた |
| 中国との関係 | 239年、魏に使者を送る |
| 授かったもの | 「親魏倭王」の称号・銅鏡など |
卑弥呼が魏に使者を送ったのは、中国の皇帝の権威を借りて、自分の立場を国内で強めるねらいがあったと考えられます。当時の日本(倭)はまだ文字の記録が少なく、卑弥呼の名は中国側の史料に記されています。
ポイント 卑弥呼のことは中国の『魏志』倭人伝に書かれている、という出典が重要。邪馬台国の場所は九州説・畿内説があり結論は出ていない。
卑弥呼は、『魏志倭人伝』に記される邪馬台国の女王で、まじないによる祭りで人々をまとめ国を治めたとされます。中国の魏に使いを送り、その地位を認めてもらったと伝わります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 治め方 | 鬼道(呪術的な祭り) |
| 朝貢の相手 | 中国の魏 |
| 得た称号 | 「親魏倭王」と金印・銅鏡 |
たとえば魏に使いを送って「親魏倭王」の称号を受けたことは、漢委奴国王印と同じく、強国の権威を借りて国内での立場を固めるねらいがありました。邪馬台国の所在地は畿内説・九州説の両論があり決着しておらず、ヤマト政権との関係も諸説あります。
試験では 朝貢の相手(奴国=後漢/卑弥呼=魏)の取りちがえに注意。邪馬台国の所在地論争も頻出。