刀狩かたながり
1588 年、 豊臣秀吉 が 農民 から 武器 を 取り上げた 政策。
1588 年、 豊臣秀吉 が 農民 から 武器 を 取り上げた 政策。
「刀狩」 は 1588 年、 豊臣秀吉 が農民から刀・やり・鉄砲などの武器を取り上げた政策 です。 農民が武器をもたないようにすることで、 反乱 (一揆) を防ぎ、 武士だけが戦う世の中をつくろうとしました。
| 刀狩のねらい | 内容 |
|---|---|
| 一揆を防ぐ | 農民が武器で反抗できないように |
| 兵農分離 | 武士 = 戦う人、 農民 = 耕す人に区別 |
| 田畑に専念させる | 農民を農業に集中させる |
秀吉は、 取り上げた武器を大仏を作るためのくぎにする、 と言って農民を納得させようとしました。 太閤検地 とあわせて、 武士と農民の身分をはっきり分けるしくみが整いました。
テストでは 「1588 年・刀狩 = 武器を取り上げ、 一揆を防ぐ」 がポイント。 太閤検地とセットで 「兵農分離」 を進めた政策として出ます。
刀狩は、1588年に豊臣秀吉が出した刀狩令にもとづき、農民から刀・弓・鉄砲などの武器を取り上げた政策です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ねらい | 農民の一揆を防ぐ |
| 取り上げたもの | 刀・弓・やり・鉄砲 |
| 表向きの理由 | 集めた鉄を大仏の釘にする |
| 結果 | 武士と農民の身分の区別(兵農分離) |
武器を持たない農民は、武士に反抗しにくくなり、田畑を耕すことに専念させられました。これにより「戦う武士」と「年貢を納める農民」という身分の区別がはっきりしました。太閤検地とあわせて、近世の身分社会の基礎がつくられたのです。
ポイント 「刀狩のねらい=一揆の防止と兵農分離」。太閤検地とセットで「兵農分離を進めた秀吉の政策」として覚えよう。
刀狩とは、1588年に豊臣秀吉が出した刀狩令によって、農民から刀・弓・槍・鉄砲などの武器を取り上げた政策です。一揆を防ぎ、農民を農業に専念させることがねらいでした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 年 | 1588年 |
| 対象 | 諸国の百姓 |
| 没収する物 | 刀・脇指・弓・槍・鉄砲 |
| 名目 | 没収した武器を大仏建立の釘などに使う |
武器を取り上げる口実として「集めた刀は方広寺の大仏づくりに使う」と説明されました。これにより武士だけが武器を持つようになり、太閤検地と一体となって武士と農民の身分を分ける兵農分離を推し進めました。近世の身分社会の出発点となった政策です。
ポイント 「一揆防止+兵農分離」が目的。太閤検地とセットで、身分制の固定につながった点を押さえる。