用語集
安徳天皇あんとくてんのう
最終確認日:
平清盛 の 孫。 壇ノ浦の戦い で 平氏 とともに 幼くして 亡くなった 天皇 (1178-1185)。
最終確認日:
平清盛 の 孫。 壇ノ浦の戦い で 平氏 とともに 幼くして 亡くなった 天皇 (1178-1185)。
安徳天皇(1178-1185)は、平清盛の孫にあたる天皇で、平氏が滅びた壇ノ浦の戦いで、わずか数えで8歳という幼さで亡くなりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 母方の祖父 | 平清盛 |
| 即位 | 清盛の権力により幼くして即位 |
| 最期 | 1185年、壇ノ浦の戦いで入水(じゅすい)して亡くなる |
平清盛は、自分の娘を天皇のきさきにして生まれた孫を天皇に立て、外戚(母方の親族)として権力を強めました。それが安徳天皇です。源氏に追いつめられた平氏は、幼い天皇を連れて壇ノ浦で源義経の軍と戦い、敗れて滅びました。
たとえば清盛は自分の娘を天皇のきさきとし、生まれた孫を天皇の位につけました。天皇の母方の祖父という立場を得ることが、武士である清盛にとって権力の何よりの後ろだてだったのです。
ポイント 安徳天皇は「清盛が外戚政策で立てた幼い天皇」。壇ノ浦で平氏と運命をともにした点が、平氏滅亡を象徴する。