この章で学ぶこと
植物 は 動物 と違い動かないように見えますが、 実は ホルモン を巧みに使って 環境 を感じ、 成長 の方向 や速度、 花を咲かせるタイミング、 種子が発芽 する時期を細かく制御 しています。 このしくみを学ぶのが第 7 章です。
- 主な 植物ホルモン 5 つ (オーキシン・ジベレリン・サイトカイニン・アブシシン酸・エチレン) を言える
- 屈性 (光屈性・重力屈性) のしくみを説明できる
- 花芽形成 が 日長 (光周期) に影響 されることを知る
- 種子発芽 に必要な条件 とホルモンの役割を理解 する
- 植物を観察 する際の安全 (ウルシ・キョウチクトウ等の有毒植物) を知る
ポイント: 植物 は動けないからこそ、 環境 の微妙な変化を化学物質 (ホルモン) で体全体に伝え、 細胞 の成長 を左右させます。 「ホルモン = 動物だけのもの」 ではありません。
気孔 と 孔辺細胞 (トマト 葉、 走査電子顕微鏡)。 植物ホルモン アブシシン酸 や光・水ストレス に応じて開閉 し、 二酸化炭素 と 水蒸気 の出入りを調節 する。
ヒマワリ (Helianthus annuus) の畑。 若いヒマワリは 光屈性 により太陽の方向へ花を向ける (向日性)。 これは オーキシン が光と反対側に移動して細胞 の伸長 を偏らせるため。 開花後は屈性 が弱まり、 多くが東を向いたまま固定 される。
1. 植物ホルモン — 5 大ホルモン
植物ホルモン は微量で大きな影響 を与える化学物質 です。 高校生物で押さえるべき 5 種類:
| ホルモン | 主なはたらき | 例 |
|---|
| オーキシン | 細胞伸長・屈性・頂芽優勢 | インドール酢酸 (IAA) |
| ジベレリン | 茎の伸長・種子発芽・無種子化 | ジベレリン散布タネナシブドウ |
| サイトカイニン | 細胞分裂促進・側芽の成長 | 組織培養 |
| アブシシン酸 | 気孔 の閉鎖・休眠維持 | 乾燥時 |
| エチレン | 果実 の 成熟・落葉 | バナナ・リンゴ |
オーキシン — 植物ホルモンの王様
オーキシン (インドール酢酸、 IAA) は最初に発見 された 植物ホルモン です。 ダーウィン がカナリアクサヨシの芽が光の方へ曲がることを観察 し、 ウェント が 1928 年に物質 として取り出しました。
オーキシン の主なはたらき:
- 細胞伸長 を促進 (細胞壁を緩める)
- 屈性 (光・重力 への反応)
- 頂芽優勢 (主茎の先端が側芽を抑制)
- 不定根の形成 (挿し木の発根)
大事: オーキシン は 「茎では促進、 根では抑制」 と同じ物質でも部位で効果が反対になります。 また濃度でも効果が変わり (適濃度を超えると阻害)、 この性質が 2,4-D 等の 除草剤 として利用されます (双子葉植物だけを枯らす)。
ジベレリンと細胞伸長
ジベレリン は茎を大きく伸ばすホルモンで、 イネの ばか苗病 の原因菌 (黒沢英一が 1926 年発見) から単離 されました。 用途:
- 茎の伸長 (背を高く)
- 種子発芽 の誘起 (休眠打破)
- 受粉 なしで子房を大きくする → タネナシブドウ (デラウェア等で利用)
サイトカイニンと組織培養
サイトカイニン は 細胞分裂 を促進 し、 サイトカイニン と オーキシン の比率 を変えると:
- サイトカイニン > オーキシン → 芽 が出る
- オーキシン > サイトカイニン → 根 が出る
この性質が 組織培養 (植物 の一部から全体を再生) に不可欠です。 ランの大量増殖や無病苗の生産 に使われます。
アブシシン酸と休眠・気孔
アブシシン酸 (ABA) は 「閉じる・止める」 ホルモンです:
- 気孔 を閉じる → 水分蒸散 を防ぐ
- 種子 の 休眠 を維持 する → 不適な季節に発芽 させない
- 落葉を促進 する (秋の葉落ち)
ポイント: 乾燥 ストレスを受けると ABA が増え、 孔辺細胞 の K⁺ チャネルが開いて K⁺ が出て、 細胞 が縮んで 気孔 が閉じます。 これで水分損失を防ぐ。
エチレンと果実成熟
エチレン は 気体 の 植物ホルモン で、 唯一気体 として拡散 します。
- 果実 の 成熟 を促進 (バナナ・リンゴ・トマト)
- 落葉を促進
- 茎の肥大と短縮
大事: リンゴをバナナと一緒に袋に入れておくとバナナが早く熟すのは、 リンゴが エチレン を出しているから。 逆に青いキウイを熟させるにも同じ方法が使えます。
2. 屈性 — 環境への方向性反応
植物 が 刺激 の方向 に 応 じて成長 の方向を変えることを 屈性 と言います。 主な屈性:
| 屈性 | 刺激 | 例 |
|---|
| 光屈性 | 光 | 茎が光の方へ曲がる (正)、 根は反対 (負) |
| 重力屈性 | 重力 | 茎は上 (負)、 根は下 (正) |
| 水分屈性 | 水 | 根が水のある方へ |
| 接触屈性 | 接触 | つる性植物が支柱に巻きつく |
| 化学屈性 | 化学物質 | 花粉管が胚珠へ伸びる |
光屈性のしくみ — オーキシンの偏在
茎が光の方へ曲がるしくみ:
- 光が一方から当たる
- 先端 の オーキシン が 光と反対側 に多く移動 (PIN 蛋白の偏在)
- 反対側の細胞 がより伸長
- 茎が 光の方 へ曲がる
大事: 光を感じるのは 先端、 曲がるのは 少し下 の部分 (伸長領域)。 ダーウィン父子が 1880 年に 「先端 を切ると曲がらない」 ことを示し、 ボイセン-イェンセン・ウェント がこの物質 (オーキシン) を突き止めました。
重力屈性のしくみ
根 が下へ伸びるのは アミロプラスト (デンプン を含む細胞内顆粒) が重力で細胞 の下側に沈み、 それを感じた 根冠 が オーキシンを下側に偏らせる ためです。 根ではオーキシンが高濃度だと伸長が抑制されるので、 上側が伸びて 根が下を向く わけです。
ポイント: 国際宇宙ステーション の無重力実験では、 植物の根は方向を失い不規則に伸びます。 これが 重力屈性 の証拠。
頂芽優勢 — 主茎が強い理由
主茎の先端 (頂芽) があると、 その下の 側芽 の成長 が抑制 されます。 これを 頂芽優勢 と言います。 原因:
- 頂芽で作られた オーキシン が下に流れ、 側芽を抑制 する
- サイトカイニン が不足
植木 の 剪定 で頂芽を切るとオーキシンが減り、 側芽が伸び始めて枝が増えます。 庭木や盆栽で利用されます。
3. 花芽形成と光周期
植物 が 花 を作るタイミング (花芽の形成) は 日長 (1 日の明るい時間の長さ) によって決まるものが多く、 これを 光周性 と言います。
短日植物・長日植物・中性植物
| 種類 | 花芽形成 の条件 | 例 |
|---|
| 長日植物 | 日長がある値 (限界日長) より長い | アブラナ・コムギ・ホウレンソウ |
| 短日植物 | 日長が限界日長より短い | アサガオ・キク・イネ |
| 中性植物 | 日長に依存しない | トマト・トウモロコシ・キュウリ |
大事: 厳密 には 「日長」 ではなく 「暗期 の連続長」 が鍵です。 短日植物 は 「長い連続暗期」 が必要で、 暗期 の途中に短い光を当てる (光中断) と花芽形成が止まります。 これがキクの電照栽培 (秋に出荷するためにわざと花芽形成を遅らせる) の原理。
フロリゲン — 花を咲かせる信号
葉で日長を感じると、 葉の中で フロリゲン (FT タンパク質) という物質 が作られ、 師管 を通って茎頂へ運ばれ、 花芽を作ります。 フロリゲン は 1937 年に チャイラヒャン が提案 しましたが、 実体 (FT 蛋白) が確認 されたのは 2007 年と比較的最近です。
春化 — 寒さで花芽形成
コムギ や ライムギ では種子や芽の段階で 低温にさらされる と花芽形成が促進 されます。 これを 春化 (バーナリゼーション) と言い、 秋に種を蒔いて冬を越させる 「秋蒔きコムギ」 の仕組みです。
4. 種子発芽と休眠
種子 は適当な 環境 が来るまで 休眠 し、 発芽条件 が揃うと 発芽 します。
発芽の三大条件
| 条件 | 内容 |
|---|
| 水 | 種皮を軟らかくし、 酵素 を働かせる |
| 酸素 | 呼吸 のため |
| 温度 | 種ごとに適温 (種子ごとに異なる) |
種によっては 光 も必要 (好光性種子: レタス・タバコ) や、 逆に 暗黒 が必要 (嫌光性種子: トマト・カボチャ) です。
発芽とホルモン
- 水を吸うと ジベレリン が胚から分泌
- ジベレリンが胚乳 の 糊粉層 に働きかけ、 アミラーゼ を合成 させる
- アミラーゼが デンプン を分解 して 糖 を作る
- 糖を使って胚が成長 し、 発芽開始
逆に アブシシン酸 は休眠を維持 します。 この ジベレリン と アブシシン酸 のバランス で発芽が決まります。
大事: 種子の中には 「アブシシン酸 が多い状態」 で何年も休眠し、 アブシシン酸 が雨で流されたり ジベレリン が増えた時に一気に発芽 するものがあります。 砂漠 の植物でよく見られます。
光発芽種子とフィトクロム
レタス やタバコは 赤色光 (660 nm) を当てると発芽 し、 遠赤色光 (730 nm) を当てると抑制 されます。 この切り替えを担うのが フィトクロム という色素 タンパク質です。
- 赤色光 を受けると Pfr 型 に変わり発芽促進
- 遠赤色光 を受けると Pr 型 に戻り発芽抑制
森林の中は葉で赤色光が吸収され遠赤色光が多い環境なので、 光発芽種子は 「林の隙間にだけ発芽」 できる仕組 みになっています。
5. ふりかえり
この章の安全配慮
- 野外で植物を採取する時は 有毒植物 に注意。 主なもの: ウルシ (触れるとかぶれる)・キョウチクトウ (全草有毒)・トリカブト (根が猛毒)・スイセン (球根をニラと間違え中毒) 等
- 知らない植物の実や葉を 絶対に口に入れない
- 植物ホルモン (オーキシン等) や 除草剤 を扱う時は 手袋と保護メガネ、 換気の良い場所で行う。 皮膚についたらすぐ流水で洗う
- 花粉アレルギー (スギ・ヒノキ・ブタクサ等) や 植物接触性皮膚炎 がある人はマスク・手袋で自分を守る
- 観察後は 手を石鹸でよく洗い、 目をこすらない
次の章: 第 8 章では視点を一気に広げ、 多くの生き物と 環境 が作る 生態系 を学びます。 食べる・食べられるの関係、 物質 の循環、 環境問題までを扱います。