この章で学ぶこと
「なぜこんなに多様 な生物がいるのか」 「なぜ全ての生物は似た仕組 みを持つのか」 — この 2 つの大きな問いに答えるのが 進化 の概念です。 第 9 章ではダーウィンから現代の分子系統学までを学びます。
- 進化 が 「世代を重ねて 遺伝子頻度が変わること」 と説明できる
- 自然選択 と 突然変異 が進化の 2 大原動力と知る
- 種分化 のしくみ (地理的隔離等) を説明できる
- 生命の起源 (化学進化・RNAワールド) の仮説 を知る
- 主な生物系統樹 と地球 生命史 の流れを描ける
- 進化を学ぶことが 生物多様性 の保全 につながると知る
ポイント: 「進化」 は 「進歩」 とは違います。 進化 は 「環境への適応 の結果としての変化」 であり、 「良くなる・複雑になる」 ことではありません。 単純な細菌も高度に進化して今も繁栄 しています。
チャールズ・ダーウィン (1809-1882、 英)。 1859 年 『種の起源』 を著し、 自然選択 による 進化 の理論 を提示 した。 現代生物学 の出発点。
生命 の 系統樹 (3 ドメイン分類)。 リボソーム RNA の配列比較 から復元 された 進化 の樹。 細菌・古細菌・真核生物 の 3 大グループに分かれる。
1. 進化論の歴史
進化思想の流れ
| 時代 | 人物 | 主な提案 |
|---|
| 18 世紀末 | ラマルク (仏) | 用不用説 — 使う器官は発達・使わない器官は退化して子に伝わる (今では否定 された) |
| 1859 | ダーウィン (英) | 「種の起源」 — 自然選択 による進化を提案 |
| 同時 | ウォーレス (英) | ダーウィンと独立に同じ結論 |
| 1865 | メンデル (墺) | 遺伝の法則 (当時は注目されず) |
| 1900 | 3 学者が再発見 | メンデル復活 |
| 1930 年代 | フィッシャー 等 | 進化総合説 — ダーウィン × メンデル × 集団遺伝学 |
| 1953 | ワトソン・クリック | DNA二重らせん構造解明 |
| 1968 | 木村資生 (日) | 中立進化説 — 多くの進化は自然選択でなく偶然 |
ダーウィンのガラパゴス観察
ダーウィン は 1831 年に ビーグル号 で 5 年間世界一周し、 ガラパゴス諸島 で島ごとに クチバシの形が違うフィンチ を発見。 「共通祖先 から環境に適応して形が変わった」 と推論 し、 1859 年に 「種の起源」 を出版しました。
ダーウィン進化論の 4 本柱
- 変異 — 同種内でも個体ごとに違いがある
- 遺伝 — その違いが子に伝わる
- 生存競争 — 食料・配偶相手等をめぐり競争
- 自然選択 — 環境に有利な個体がより多く子を残す
大事: この 4 つの仕組 みが 何万・何億世代 繰り返されることで、 集団全体の性質が変わり、 やがて新しい種が生まれます。 ダーウィンは DNA も 遺伝子 も知らなかった が、 観察 と推論 だけでこのしくみを言い当てたのがすごい所です。
2. 進化のしくみ — 突然変異と選択
現代の進化学では、 遺伝子 (DNA 配列) の変化 が進化の出発点と考えます。
突然変異 — 進化の材料
突然変異 は DNA 配列が偶然変化することで、 主な原因:
| 原因 | 内容 |
|---|
| 複製 エラー | DNA 複製 の際のミス |
| 紫外線 | T-T 二量体形成等 |
| 放射線 | 鎖切断・塩基損傷 |
| 化学物質 | 発がん性物質等 |
| トランスポゾン | 動く 遺伝子 の挿入 |
突然変異の影響
- 有害 — 大多数 (機能が壊れる)
- 中立 — 機能に影響しない (大部分の DNA 領域)
- 有利 — ごく稀 (新しい機能を与える)
大事: 木村資生 の 中立進化説 によれば、 多くの DNA 変化は 中立 (有利でも不利でもない) であり、 集団中に 偶然 で広がる (遺伝的浮動)。 自然選択だけで進化を説明しようとした古い考えを大きく変えました。
自然選択の例
- 工業暗化 — イギリスの オオシモフリエダシャク が産業革命後に黒化 (黒い個体が煤けた木で鳥に見つかりにくい)
- 抗生物質耐性 — 細菌 が抗生物質を浴びると、 偶然耐性を持つ個体だけが残り増える → 多剤耐性菌 (MRSA 等) 問題
- 擬態 — チョウが鳥に食べられないよう葉や毒蝶に似る
- 共進化 — 花と訪花昆虫 が互いの形を進化させ合う
性選択
クジャク のオスの派手 な羽や、 シカの大きな角は 「生き残り」 には不利なはずです。 ダーウィン はこれを 性選択 で説明しました。
- 同性内競争 — オス同士でメスを巡り戦う (角が大きい方が勝つ)
- 異性選択 — メスが派手なオスを選ぶ
3. 種分化 — 新しい種が生まれるしくみ
1 つの種が 2 つ以上の種 に分かれることを 種分化 と言います。 主な形:
異所的種分化 (地理的隔離)
最も典型的なパターン:
- 元々 1 つの集団が 山や海で分断 される (地理的隔離)
- 別々の環境で 別々の進化 を経験
- 長い時間後、 再会しても 交配できない (生殖隔離) → 別種とみなす
例: ガラパゴス諸島のフィンチ、 北アメリカとユーラシアのヘラジカ
同所的種分化
地理的隔離なしでも起こり得る:
- 倍数体 — 染色体が倍化して突然親と交配できなくなる (植物でよく見られる、 例: コムギは 6 倍体)
- 生態的分化 — 同じ場所にいながら食物・行動時期が違い交配しなくなる
適応放散
1 つの祖先種から短期間に多くの種が派生し、 それぞれ異なる環境に適応 する現象を 適応放散 と言います。 例: 中生代末の恐竜絶滅後、 哺乳類が急速に多様化したこと。
4. 生命の起源と化学進化
生命 がどのように始まったかは 生命の起源 の大問題 で、 完全には解明されていませんが、 主流の仮説は:
化学進化説
無機物 → 有機物 → 生体高分子 → 細胞 と段階的に化学進化したという説。
ミラーの実験
1953 年、 アメリカの院生 ミラー が原始大気 (NH₃ + H₂O + H₂ + CH₄) を模擬 して放電を続け、 数日で アミノ酸 等の 有機物 が生成することを示しました。 この実験が 「無機物から生体物質が自然にできる」 ことの証拠 とされました。
RNA ワールド仮説
「最初の 生命 は RNA だけで動いていた」 という説:
- RNA は 遺伝 情報 を持てる (DNA 同様)
- RNA は 酵素 として触媒作用 を持つものがある (リボザイム)
- 1 種類の分子で 「情報 + 触媒」 の両方をこなせる
大事: 「RNAワールド」 説の強い証拠 — タンパク質を作る工場である リボソーム の触媒中心 が rRNA (RNA) である。 生命の最古の仕組みが今も残っているわけです。
深海熱水噴出孔仮説
近年有力視される場所は 深海熱水噴出孔 (ブラックスモーカー):
- 高温 (300 ℃ 超) と低温の混ざり合い
- ミネラル豊富
- 硫化水素 エネルギーで 化学合成細菌 が繁栄
- 太陽光不要 (今も独自生態系がある)
5. 系統と系統樹
生物 の進化上の つながり を表した図を 系統樹 と言います。 葉の先が現存種、 分岐点が共通祖先です。
系統樹を描く根拠
| 根拠 | 内容 |
|---|
| 相同器官 | ヒトの腕・コウモリの翼・クジラのヒレ — 起源が同じ |
| 相似器官 | 鳥の翼・昆虫の翼 — 機能が似るが起源違う |
| 痕跡器官 | ヒトの虫垂・クジラの後肢骨 |
| 化石 | 中間形の化石 (始祖鳥等) |
| 発生 の共通性 | 脊椎動物の胚が似ている |
| 分子系統解析 | DNA・タンパク質配列の比較 |
分子系統学の革命
1990 年代以降、 DNA 解析で ドメイン (細菌・古細菌・真核生物) の 3 分類 が提案 され、 古細菌が細菌ではなく真核生物に近いことが判明しました。
地球生命史の主要イベント
| 時期 | 出来事 |
|---|
| 約 46 億年前 | 地球誕生 |
| 約 38 億年前 | 最古の 生命 (細菌様) |
| 約 27 億年前 | シアノバクテリア が 酸素発生開始 |
| 約 22 億年前 | 大酸化イベント — 大気酸素増 |
| 約 21 億年前 | 真核生物 誕生 (ミトコンドリア共生) |
| 約 5.4 億年前 | カンブリア爆発 — 多様な動物が一気に出現 |
| 約 4.2 億年前 | 植物・動物の陸上進出 |
| 約 2.5 億年前 | ペルム紀末 大量絶滅 (種の 95 % 絶滅) |
| 約 6500 万年前 | 白亜紀末 大量絶滅 (恐竜絶滅) |
| 約 700 万年前 | ヒトの系統がチンパンジーと分岐 |
| 約 30 万年前 | ホモ・サピエンス 誕生 |
5 大絶滅と 6 番目の絶滅
地球史上、 5 回の 大量絶滅 がありました。 現在、 人類活動による 6 番目の大量絶滅 が進行中とされ、 1 日約 100 種が絶滅していると推定 されます。 過去の絶滅 (隕石・火山) と違い、 今回は 人類のせい。 だからこそ我々の行動で止められる可能性があります。
6. ふりかえり
この章の安全配慮
- 化石採集では 私有地の無断立入禁止、 国立公園等では採集禁止区域がある。 事前確認必須
- 崖や急斜面での採集は落石・滑落のリスク。 ヘルメット・運動靴で単独行動を避ける
- 進化学の議論では 「進化は偶然だから価値がない」 「弱肉強食は自然 の摂理」 等の 社会ダーウィニズム 的解釈は誤り。 自然科学的事実から直接倫理を導くことはできない (是非別で議論する)
- 人種 や 優生思想 に進化論を悪用した歴史 (20 世紀 の強制不妊等) を知り、 同じ過ちを繰り返さない
- 学校では進化を 科学 として学び、 個人の信仰 (創造論等) と区別して議論する
次の章: 第 10 章では、 進化で培われた生命の仕組みを人間が利用する バイオテクノロジー を学びます。 遺伝子組換え・PCR・ゲノム編集・iPS 細胞までを扱い、 それらが投げかける 倫理的課題 (ELSI) も考えます。