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日本史探究

戦後せんご日本にほん (現代げんだい、 1945- )

最終確認日:

このしょうまなぶこと

1945 ねん 8 つき 15 にち終戦しゅうせんから現在げんざいまで、 日本にほん廃墟はいきょからの復興ふっこう高度こうど経済けいざい成長せいちょう国際こくさい社会しゃかいへの復帰ふっき冷戦れいせんにちべい同盟どうめい経済けいざい大国たいこく、 そしててい成長せいちょう少子しょうし高齢化こうれいかという、 おおきな転換てんかん経験けいけんしてきました。

戦後せんご 80 ねんは、 日本国にっぽんこく憲法けんぽうもとづく民主みんしゅ国家こっかとして、 にちべい安保あんぽ平和へいわ主義しゅぎ両立りょうりつ模索もさくし、 国連こくれん・アジア太平洋たいへいよう諸国しょこくとの関係かんけいふかめてきた時代じだいです。 同時どうじに、 冷戦れいせん・オイルショック・バブル崩壊ほうかい震災しんさい・グローバル少子しょうし高齢化こうれいか感染かんせんしょうなど、 国際こくさいてき国内こくないてきおおきな課題かだいつづけています。

このしょうでは、 戦後せんごあゆみを占領せんりょう冷戦れいせん → ポスト冷戦れいせんさん段階だんかい立体りったいてきにとらえます。

  • [GHQ]の占領せんりょう政策せいさく日本国憲法にほんこくけんぽう (1947 ねん施行しこう)
  • サンフランシスコ平和条約さんふらんしすこへいわじょうやく (1951)、 にちべい安保あんぽ条約じょうやく
  • 55 年体制55 ねんたいせい政治せいじ安定あんてい
  • 高度経済成長こうどけいざいせいちょう (1955-1973) と公害こうがい
  • オイルショック (1973) と安定あんてい成長せいちょう
  • バブル経済けいざい とその崩壊ほうかい (1990 年代ねんだい)
  • 冷戦れいせん終結しゅうけつ (平成へいせいへ) と国際こくさい貢献こうけん
  • 平成へいせい令和れいわ課題かだい震災しんさい少子しょうし高齢化こうれいか・グローバル

大事だいじ: 戦後せんごは「現代げんだい」の歴史れきしでもあります。 自分じぶん家族かぞく世代せだいがどんな時代じだいきてきたかを、 祖父母そふぼ両親りょうしんいてみましょう。 「歴史れきし教科書きょうかしょなかはなし」ではなく、 「いま社会しゃかいにつながる連続れんぞくしたながれ」として理解りかいすることが大切たいせつです。

1. 占領せんりょう (1945-1952)

被爆した建物の遺構
原爆ドームげんばくドーム (広島ひろしま) — 1945 ねん 8 つき 6 日原子爆弾げんしばくだん被爆ひばく戦争せんそう悲惨ひさんさと平和へいわ大切たいせつさをつたえる。 1996 ねんユネスコ世界せかい遺産いさん
東京タワーの全景
東京とうきょうタワー (1958 ねん完成かんせいたかさ 333 m) — 高度経済成長こうどけいざいせいちょう期の象徴しょうちょう戦後せんご復興ふっこうのシンボル。

GHQ の設置せっち

ポツダム宣言せんげん受諾じゅだく連合れんごう国軍こくぐん最高さいこう司令しれいかんマッカーサー元帥げんすいひきいるGHQ (連合れんごう国軍こくぐん最高さいこう司令しれいかんそう司令しれい) が日本にほん占領せんりょうにないました。 形式けいしきじょうべいえいちゅうソをふく連合れんごうこくだが、 実質じっしつてきにはアメリカの単独たんどく占領せんりょう体制たいせいでした。

[GHQ]は日本にほん政府せいふかいして間接かんせつ統治とうちおこないます (占領せんりょうはあるが、 直接ちょくせつ軍政ぐんせいではない)。

大改革だいかいかく指令しれい (1945 ねん 10 つき)

マッカーサーは幣原喜重郎しではらきじゅうろう首相しゅしょう大改革だいかいかく指令しれいはっしました。

  1. 婦人ふじん参政さんせいけん付与ふよ — 1945 ねん 12 つき衆議院しゅうぎいん議員ぎいん選挙せんきょほう改正かいせい、 1946 ねん 4 つきそう選挙せんきょ女性じょせい議員ぎいん39 めい当選とうせん
  2. 労働ろうどう組合くみあい結成けっせい奨励しょうれい — 1945 ねん労働ろうどう組合くみあいほう、 1947 ねん労働ろうどう基準きじゅんほう
  3. 教育きょういく自由じゆう主義しゅぎ — 1947 ねん教育きょういく基本きほんほう学校がっこう教育きょういくほう (6・3・3・4 せい)
  4. 圧政あっせいてきしょ制度せいど廃止はいし治安ちあん維持いじほう廃止はいし特高警察とっこうけいさつ解体かいたい政治せいじはん釈放しゃくほう
  5. 経済けいざい機構きこう民主みんしゅ財閥ざいばつ解体かいたい農地のうち改革かいかく

経済けいざい改革かいかく

改革かいかく内容ないよう
財閥解体ざいばつかいたい1945-47 ねん持株もちかぶ会社かいしゃ整理せいり委員いいんかい三井みつい三菱みつびし住友すみとも安田やすだら15 だい財閥ざいばつ解体かいたい独占どくせん禁止きんしほう (1947 ねん) でさい結集けっしゅう防止ぼうし
農地改革のうちかいかく1946-50 ねん不在ふざい地主じぬし小作こさくくに強制きょうせい買収ばいしゅうし、 小作こさくじんわたし。 自作農じさくのう比率ひりつが 30 % → 90 % に
労働ろうどう改革かいかく1945 ねん労働ろうどう組合くみあいほう、 1946 ねん労働ろうどう関係かんけい調整ちょうせいほう、 1947 ねん労働ろうどう基準きじゅんほう (8 時間じかん労働ろうどうせいとう)

農地のうち改革かいかくは、 戦前せんぜん地主じぬし小作こさく関係かんけい (寄生きせい地主じぬしせい) を解体かいたいし、 戦後せんご農村のうそん民主みんしゅ政治せいじてき安定あんてい基盤きばんとなりました。

日本国にっぽんこく憲法けんぽう (1946 ねん公布こうふ、 1947 ねん施行しこう)

[GHQ]の指示しじぬさげん内閣ないかく憲法けんぽう改正かいせい着手ちゃくしゅ当初とうしょ松本まつもとあん (保守ほしゅてき) は[GHQ]に拒否きょひされ、 [GHQ]民政みんせいきょく起草きそうしたマッカーサー草案そうあんをベースに、 帝国ていこく議会ぎかい修正しゅうせい可決かけつされました。

日付ひづけ出来事できごと
1946 ねん 11 つき 3 にち日本国にっぽんこく憲法けんぽう公布こうふ (現在げんざい文化ぶんか)
1947 ねん 5 つき 3 にち日本国にっぽんこく憲法けんぽう施行しこう (現在げんざい憲法記念日けんぽうきねんび)

おも特色とくしょくは、

  • 国民こくみん主権しゅけん主権しゅけん国民こくみん
  • 平和へいわ主義しゅぎだい 9 じょう戦争せんそう放棄ほうき戦力せんりょく保持ほじ交戦こうせんけん否認ひにん
  • 基本きほんてき人権じんけん尊重そんちょう — 「おかすことのできない永久えいきゅう権利けんり
  • 象徴しょうちょう天皇てんのうせい天皇てんのうは「日本にほんこくおよ日本にほん国民こくみん統合とうごう象徴しょうちょう」、 国政こくせいかんする権能けんのうなし
  • 男女だんじょ平等びょうどうだい 24 じょう婚姻こんいん自由じゆう両性りょうせい本質ほんしつてき平等びょうどう
  • 二院にいんせい衆議院しゅうぎいん参議院さんぎいん (貴族きぞくいん廃止はいし)

ポイント: 日本国にっぽんこく憲法けんぽう制定せいてい過程かていについては「[GHQ]による憲法けんぽう」という見方みかたと、「当時とうじ国民こくみん議会ぎかい議論ぎろん反映はんえい」という見方みかたがあり、 議論ぎろんつづいています。 重要じゅうようなのは、 70 ねん以上いじょうにわたり改正かいせいされることなく、 戦後せんご日本にほん民主みんしゅ平和へいわおおきく寄与きよしてきた事実じじつと、 21 世紀せいき課題かだいたいする適応てきおう改正かいせい論議ろんぎ双方そうほう理解りかいすることです。

教育きょういく社会しゃかい改革かいかく

  • 教育きょういく基本きほんほう (1947 ねん) — 「個人こじん尊厳そんげんおもんじ ...」
  • 6・3・3・4 せい義務ぎむ教育きょういく 9 ねん (小学校しょうがっこう 6 ねん + 中学校ちゅうがっこう 3 ねん)、 高等こうとう学校がっこう 3 ねん大学だいがく 4 ねん
  • 学校がっこう教育きょういくほう男女だんじょ共学きょうがく
  • 教育きょういく勅語ちょくご排除はいじょ失効しっこう確認かくにん (1948 ねん国会こっかい決議けつぎ)

占領せんりょう政策せいさく転換てんかん

1948 年頃としごろから、 冷戦れいせん本格ほんかく背景はいけいに[GHQ]の占領せんりょう政策せいさく民主みんしゅ」から「反共はんきょう経済けいざい復興ふっこう」へ転換てんかんしました (ぎゃくコース)。

  • ドッジ・ライン (1949 ねん) — 財政ざいせいちょう均衡きんこう単一たんいつ為替かわせレート(1 ドル = 360 えん) 設定せってい、 インフレ抑制よくせい
  • シャウプ勧告かんこく (1949 ねん) — 直接ちょくせつぜい中心ちゅうしん税制ぜいせい改革かいかく
  • 公職こうしょく追放ついほう解除かいじょ (1950-51 ねん) — 戦犯せんぱん指定していしゃ社会しゃかい復帰ふっき
  • 警察けいさつ予備よびたい (1950 ねん) — 朝鮮ちょうせん戦争せんそう勃発ぼっぱつ契機けいきさい軍備ぐんび出発しゅっぱつ自衛隊じえいたい

2. 朝鮮ちょうせん戦争せんそう独立どくりつ回復かいふく

朝鮮ちょうせん戦争せんそう (1950-1953)

1950 ねん 6 つき北朝鮮きたちょうせんぐん北緯ほくい 38 せんえて南進なんしん朝鮮戦争ちょうせんせんそう勃発ぼっぱつ国連こくれんぐん (アメリカ主導しゅどう) と中国ちゅうごく人民じんみん義勇軍ぎゆうぐん介入かいにゅうし、 1953 ねん 7 つき休戦きゅうせん協定きょうていで38 せんちかくで休戦きゅうせん

日本にほん国連こくれんぐん後方こうほう基地きちとなり、 軍需ぐんじゅ物資ぶっし生産せいさん修理しゅうり特需とくじゅ景気けいき発生はっせい。 1949 ねんのドッジ・ライン不況ふきょうからの脱出だっしゅつと、 戦後せんご経済けいざい復興ふっこう重要じゅうよう契機けいきとなりました。

サンフランシスコ平和へいわ条約じょうやく (1951)

1951 ねん 9 つき、 サンフランシスコ講和こうわ会議かいぎサンフランシスコ平和条約さんふらんしすこへいわじょうやく調印ちょういん吉田茂よしだしげる首相しゅしょう日本にほんがわ全権ぜんけん。 48 カこく調印ちょういんしましたが、

  • れん・ポーランド・チェコスロバキアは調印ちょういん拒否きょひ
  • 中国ちゅうごく (中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく中華民国ちゅうかみんこくとも) はまねかれず
  • インド・ビルマ・ユーゴスラビアは不参加ふさんか

という単独講和たんどくこうわでした (ぜん交戦こうせんこくとの全面ぜんめん講和こうわろんとの対立たいりつ)。

項目こうもく内容ないよう
領土りょうど朝鮮ちょうせん独立どくりつ承認しょうにん台湾たいわん・澎みずうみ諸島しょとう千島ちしま列島れっとうみなみ樺太からふと領有りょうゆうけん放棄ほうき
信託しんたく統治とうち南西諸島なんせいしょとう (沖縄おきなわ)・小笠原おがさわら米国べいこく施政しせい
賠償ばいしょう戦争せんそう被害ひがいこくへの役務えきむ賠償ばいしょう

1952 ねん 4 つき 28 にち条約じょうやく発効はっこう日本にほん独立どくりつ回復かいふくしましたが、 沖縄おきなわ小笠原おがさわらはアメリカ施政しせいかれつづけ、 沖縄おきなわ本土ほんど復帰ふっきは 1972 ねんまでつことになります。

にちべい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやく (1951)

平和へいわ条約じょうやく同日どうじつにちべい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやく (きゅう安保あんぽ) が締結ていけつされました。 アメリカぐん日本にほん駐留ちゅうりゅうみとめ、 防衛ぼうえいをアメリカに依存いぞんする体制たいせい確立かくりつ

大事だいじ: サンフランシスコ平和へいわ条約じょうやくは、 冷戦れいせん構造こうぞうなかでの西側にしがわ諸国しょこくとの単独たんどく講和こうわでした。 ソれんとは 1956 ねん共同きょうどう宣言せんげん中国ちゅうごく (中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく) とは 1972 ねんにちちゅう共同きょうどう声明せいめい韓国かんこくとは 1965 ねんにちかん基本きほん条約じょうやく個別こべつ国交こっこう回復かいふくしていきます。 戦後せんご処理しょり段階だんかいてきふくそうてきすすめられたのです。

3. 55 ねん体制たいせい高度こうど経済けいざい成長せいちょう

55 ねん体制たいせい成立せいりつ

1955 ねん政界せいかいおおきな再編さいへんがありました。

  • 10 つき日本にほん社会党しゃかいとう統一とういつ (右派うは左派さはさい合併がっぺい)
  • 11 つき自由民主党じゆうみんしゅとう結成けっせい (自由党じゆうとう日本にほん民主党みんしゅとう保守ほしゅ合同ごうどう)

これにより、 55 年体制55 ねんたいせい = 自民党じみんとう政権せいけん + 社会党しゃかいとう野党やとうだいいちとう、 という政治せいじ構造こうぞう成立せいりつ。 1993 ねん細川ほそかわ内閣ないかくまで、 38 年間ねんかんにわたり自民党じみんとう単独たんどく政権せいけんつづきました。

「もはや戦後せんごではない」 — 高度こうど経済けいざい成長せいちょう

1956 ねん経済けいざい白書はくしょは「もはや戦後せんごではない」と宣言せんげん神武じんむ景気けいき (1955-57)・岩戸いわと景気けいき (1958-61)・いざなぎ景気けいき (1965-70) とばれる高度経済成長こうどけいざいせいちょうはいります。

1955 ねんから 1973 ねんまでの平均へいきん実質じっしつ経済けいざい成長せいちょうりつ年率ねんりつやく 10 %国民こくみん所得しょとくは 18 ねんやく 5 ばいに。 1968 ねんには西にしドイツをき、 [GDP]世界せかいだい 2 くらい躍進やくしんしました。

高度こうど成長せいちょう要因よういん

要因よういん内容ないよう
民間みんかん設備せつび投資とうし投資とうし投資とうしぶ」
技術ぎじゅつ革新かくしん重化学じゅうかがく工業こうぎょう (鉄鋼てっこう石油せきゆ化学かがく自動車じどうしゃ家電かでん)
安価あんか良質りょうしつ労働ろうどうりょく中卒ちゅうそつ高卒こうそつ集団しゅうだん就職しゅうしょく (「きんたまご」)
豊富ほうふ海外かいがい資源しげん中東ちゅうとう石油せきゆ (1 バレル 2 ドル時代じだい)
固定こてい為替かわせ1 ドル = 360 えんえんやす
にちべい安保あんぽ軍事ぐんじ負担ふたん軽減けいげん (GDP 1 % 程度ていど)
国民こくみんたか貯蓄ちょちくりつ設備せつび投資とうし資金しきん供給きょうきゅうげん
所得しょとく倍増ばいぞう計画けいかく1960 ねん池田勇人いけだはやと内閣ないかく経済けいざい成長せいちょう国家こっか目標もくひょう

高度こうど成長せいちょう重要じゅうよう出来事できごと

ねん出来事できごと
1956にち共同きょうどう宣言せんげん国連こくれん加盟かめい (12 つき)
1960にちべいしん安保あんぽ条約じょうやく改定かいてい安保あんぽ闘争とうそう
1960所得しょとく倍増ばいぞう計画けいかく (池田いけだ勇人はやと)
1964東京とうきょうオリンピック、 東海道新幹線とうかいどうしんかんせん開業かいぎょう
1965にちかん基本きほん条約じょうやく
1968GNP 世界せかいだい 2 くらい小笠原諸島おがさわらしょとう返還へんかん
1970大阪おおさか万博ばんぱく (EXPO'70)
1972沖縄おきなわ返還へんかんにちちゅう国交こっこう正常せいじょう (田中たなか角栄かくえい)

60 ねん安保あんぽ闘争とうそう

1960 ねん岸信介きしのぶすけ内閣ないかくにちべい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやく改定かいてい (しん安保あんぽ条約じょうやく内容ないよう対等たいとうせい向上こうじょうだが日本にほん防衛ぼうえい協力きょうりょく義務ぎむ拡大かくだい) を強行きょうこう採決さいけつだい規模きぼ反対はんたい運動うんどう (60 ねん安保あんぽ闘争とうそう) が展開てんかいされ、 全学ぜんがくれん主導しゅどうのデモで東京大学とうきょうだいがく学生がくせい樺美智子かんばみちこ死亡しぼうする事件じけん発生はっせいきし内閣ないかく条約じょうやく自然しぜん成立せいりつそう辞職じしょくしました。

公害こうがい問題もんだい

高度こうど成長せいちょうかげ深刻しんこく公害こうがい発生はっせいしました。

公害こうがいびょう発生はっせい原因げんいん
水俣病みなまたびょう熊本くまもとけん水俣みなまた工場こうじょう排水はいすいちゅう有機ゆうき水銀すいぎん
新潟にいがた水俣病みなまたびょう新潟にいがたけん阿賀野川あがのがわ流域りゅういき同上どうじょう
イタイイタイ病いたいいたいびょう富山とやまけん神通川じんづうがわ流域りゅういき鉱山こうざん排水はいすいちゅうのカドミウム
よんにちぜんそく三重みえけん四日市よっかいち石油せきゆ化学かがくコンビナートの亜硫酸ありゅうさんガス

これらよんだい公害こうがい訴訟そしょうはいずれも患者かんじゃがわ勝訴しょうそ。 1967 ねん公害こうがい対策たいさく基本きほんほう、 1971 ねん環境庁かんきょうちょう(げん環境省かんきょうしょう)設置せっちで、 公害こうがい規制きせい制度せいどされました。

大事だいじ: 公害こうがいびょう患者かんじゃ家族かぞくは、 病気びょうきくるしみにくわえ、 補償ほしょう交渉こうしょう訴訟そしょう社会しゃかいてき偏見へんけんというながたたかいをいられました。 水俣病みなまたびょうでは発症はっしょうからはん世紀せいき以上いじょうった現在げんざい認定にんてい問題もんだいつづいています。 経済けいざい成長せいちょう代償だいしょうとして、 環境かんきょう健康けんこうまも大切たいせつさをまな必要ひつようがあります。

沖縄おきなわ返還へんかん (1972 ねん)

太平洋戦争たいへいようせんそう末期まっき沖縄おきなわせん、 サンフランシスコ平和へいわ条約じょうやくによりアメリカ施政しせいかれていた沖縄おきなわは、 1972 ねん 5 つき 15 にち佐藤栄作さとうえいさく内閣ないかく交渉こうしょうにより本土ほんど復帰ふっきしました。

ただしべいぐん基地きち大半たいはん残留ざんりゅうし、 基地きち問題もんだい現在げんざいつづいています。 在日ざいにちまいぐん施設しせつやく 70 % が沖縄おきなわけん集中しゅうちゅうする状況じょうきょうは、 戦後せんご安全あんぜん保障ほしょう地域ちいき負担ふたん課題かだい象徴しょうちょうします。

4. 安定あんてい成長せいちょう冷戦れいせん終結しゅうけつ

オイルショック (1973)

1973 ねん 10 つきだいよん中東ちゅうとう戦争せんそうに[OPEC] (石油せきゆ輸出ゆしゅつこく機構きこう) が原油げんゆ価格かかくやく 4 ばいげ (だいいち石油せきゆ危機きき)。 日本にほんでは「トイレットペーパー騒動そうどう」など物資ぶっし不足ふそくのパニックが発生はっせいし、 1974 ねん戦後せんごはつのマイナス成長せいちょう (-1.2 %) を記録きろく

これにより高度こうど経済けいざい成長せいちょう終焉しゅうえん以後いご年率ねんりつ 4-5 % 程度ていど安定あんてい成長せいちょう移行いこうしょうエネルギー・減量げんりょう経営けいえい推進すいしんされました。

1979 ねんだい石油せきゆ危機きき比較的ひかくてき軽傷けいしょうった日本にほんは、 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」 (1979 ねん、 エズラ・ヴォーゲル) と海外かいがいから称賛しょうさんされるようになります。

政治せいじ動揺どうよう

ねん出来事できごと
1974田中角栄たなかかくえい退陣たいじん (金脈きんみゃく問題もんだい)
1976ロッキード事件じけん (田中たなか角栄かくえい逮捕たいほ)
1979だい石油せきゆ危機きき
1985プラザ合意ごうい — G5 でドルやす誘導ゆうどう合意ごうい急激きゅうげきえんだか
1986-91バブル経済けいざい
1989昭和しょうわ天皇てんのう崩御ほうぎょ平成へいせい改元かいげん (1 つき 8 にち)
1989消費しょうひぜい (3 %) 導入どうにゅう
1989ベルリンのかべ崩壊ほうかい、 マルタ会談かいだん冷戦れいせん終結しゅうけつ宣言せんげん

バブル経済けいざいとその崩壊ほうかい

1985 ねんプラザ合意ごういえんだか不況ふきょうたいし、 日銀にちぎんちょうてい金利きんり政策せいさく実施じっし余剰よじょう資金しきん株式かぶしき不動産ふどうさんながれ、 異常いじょう資産しさん価格かかく上昇じょうしょう (バブル) が発生はっせい。 1989 ねん日経にっけい平均へいきんは 38915 えん史上しじょうさい高値たかね

しかし 1990 ねん公定歩合こうていぶあいげ、 1991 ねん地価ちか株価かぶか崩壊ほうかい。 「うしなわれた 10 ねん」 (に「うしなわれた 30 ねん」) とばれる長期ちょうき停滞ていたいはじまります。 銀行ぎんこう不良ふりょう債権さいけん処理しょりくるしみ、 1997 ねん山一證券やまいちしょうけん北海道拓殖銀行ほっかいどうたくしょくぎんこう破綻はたん

55 ねん体制たいせい崩壊ほうかい (1993)

1993 ねん自民党じみんとう宮澤喜一みやざわきいち内閣ないかく政治せいじ改革かいかくめぐ分裂ぶんれつ小沢一郎おざわいちろう羽田孜はたつとむ新生党しんせいとう武村正義たけむらまさよし新党しんとうさきがけ、 細川護熙ほそかわもりひろ日本新党にほんしんとう中心ちゅうしん自民じみん連立れんりつ政権せいけん (細川ほそかわ内閣ないかく) が成立せいりつ。 38 ねんつづいた55 ねん体制たいせい崩壊ほうかいしました。

以後いご自民党じみんとう村山むらやま (社会党しゃかいとう) → 自社じしゃ連立れんりつ自公じこう連立れんりつ、 2009 ねん民主党みんしゅとうへの政権せいけん交代こうたい、 2012 ねん自民党じみんとう復権ふっけん (安倍あべすすむさんさい登板とうばん) と、 政権せいけん交代こうたいふく流動的りゅうどうてき政治せいじ状況じょうきょうつづいています。

5. 平成へいせい令和れいわ日本にほん

国際こくさい貢献こうけん模索もさく

冷戦れいせん終結しゅうけつ日本にほん国際こくさいてき役割やくわりわれるようになりました。

ねん出来事できごと
1991湾岸わんがん戦争せんそう — 130 おくドル拠出きょしゅつも「小切手こぎって外交がいこう」と批判ひはん
1992PKO 協力きょうりょくほう — カンボジアに自衛隊じえいたい派遣はけん
1997しんガイドライン (にちべい防衛ぼうえい協力きょうりょく)
2001同時どうじ多発たはつテロ (アメリカ)、 テロ対策たいさく特別とくべつ措置そちほう自衛隊じえいたいインドよう派遣はけん
2003イラク戦争せんそう自衛隊じえいたいサマワ派遣はけん
2015平和へいわ安全あんぜん法制ほうせい (集団しゅうだんてき自衛じえいけん限定げんていてき行使こうし容認ようにん)

経済けいざい長期ちょうき低迷ていめい

バブル崩壊ほうかい経済けいざい低迷ていめいは、 デフレ・少子しょうし高齢化こうれいか財政ざいせい赤字あかじ複合ふくごうしました。

  • デフレ物価ぶっか下落げらく、 「うしなわれた 30 ねん
  • 国債こくさい残高ざんだか — 2024 ねん時点じてんやく 1100 ちょうえんちょう (GDP 240 % ちょう先進せんしんこく最悪さいあく)
  • 正規せいき雇用こよう拡大かくだいぜん雇用こようしゃやく 4 わり
  • 少子しょうし高齢化こうれいか — 2008 ねん人口じんこう減少げんしょう開始かいし、 2024 ねん現在げんざい 65 とし以上いじょうやく 29 %

アベノミクスと金融きんゆう政策せいさく

2012 年末ねんまつ発足ほっそくした第二次安倍晋三あべしんぞう内閣ないかくは「アベノミクス」としょうし、 (1) 大胆だいたん金融きんゆう緩和かんわ、 (2) 機動きどうてき財政ざいせい政策せいさく、 (3) 成長せいちょう戦略せんりゃくさんほんしました。

日銀にちぎん量的りょうてきしつてき金融きんゆう緩和かんわ実施じっしし、 えんやすかぶだか進行しんこう。 ただし実質じっしつ賃金ちんぎんびは限定げんていてきで、 効果こうかについては議論ぎろんつづいています。

大震災だいしんさい原子力げんしりょく災害さいがい

ねん出来事できごと
1995 ねん 1 つき 17 にち阪神はんしん淡路あわじ大震災だいしんさい死者ししゃ行方ゆくえ不明ふめい 6437 ひと神戸こうべ中心ちゅうしんだい被害ひがい
2004新潟にいがたけん中越なかごえ地震じしん
2011 ねん 3 つき 11 にち東日本大震災ひがしにほんだいしんさい — マグニチュード 9.0、 死者ししゃ行方ゆくえ不明ふめいやく 2 まん 2 せんにん東京電力とうきょうでんりょく福島ふくしまだいいち原子力げんしりょく発電はつでんしょ事故じこ
2016熊本くまもと地震じしん
2024令和れいわ 6 ねん能登半島のとはんとう地震じしん

東日本大震災ひがしにほんだいしんさい戦後せんご最大さいだい自然しぜん災害さいがいであり、 福島ふくしま原発げんぱつ事故じこ原子力げんしりょくエネルギーの安全あんぜんせい、 エネルギー政策せいさく根本こんぽんてき見直みなおしをせまりました。 2011 ねん以降いこう全国ぜんこく原発げんぱつ一時いちじ停止ていしし、 さい稼働かどうをめぐる議論ぎろんつづいています。

令和れいわ日本にほん (2019-)

2019 ねん 5 つき 1 にち明仁あきひと天皇てんのう (げん上皇じょうこう) の生前せいぜん退位たいいにより、 徳仁なるひと天皇てんのう即位そくい元号げんごう令和れいわ改元かいげんされました。 これは江戸えど後期こうき以来いらいやく 200 ねんぶりの生前せいぜん退位たいいです。

ねん出来事できごと
2019令和れいわ改元かいげん消費しょうひぜい10 % へ
2020新型しんがたコロナウイルスパンデミック東京とうきょうオリンピック延期えんき
2021東京とうきょうオリンピック・パラリンピック (観客かんきゃく開催かいさい)
2022安倍あべすすむさんげん首相しゅしょう銃撃じゅうげき事件じけん、 ロシアのウクライナ侵攻しんこう
2023G7 広島ひろしまサミット
2024日経にっけい平均へいきん、 1989 ねんさい高値たかねを 35 ねんぶりに更新こうしん

6. 戦後せんご日本にほん文化ぶんか社会しゃかい

戦後せんご文化ぶんか展開てんかい

時期じき文化ぶんか特色とくしょく
戦後せんご直後ちょくご民主みんしゅ主義しゅぎ文化ぶんか大佛だいぶつ次郎じろう井伏いぶせ鱒二ますじ太宰だざいおさむ (戦後せんご文学ぶんがく)、 黒澤明くろさわあきら映画えいが
1960 年代ねんだい大衆たいしゅう文化ぶんか繁栄はんえい、 テレビ普及ふきゅう漫画まんが・アニメ (手塚てづか治虫おさむ)
1970-80 年代ねんだいサブカルチャー、 ウォークマン、 カラオケ、 ファミコン
平成へいせい前期ぜんきジブリ、 [J-POP]、 [J リーグ] (1993)、 ゲームの世界せかい進出しんしゅつ
平成へいせい後期こうき-令和れいわ[SNS]、 スマートフォン、 [Cool Japan] (アニメ・マンガの世界せかい市場しじょう進出しんしゅつ)、 [eスポーツ]

三種さんしゅ神器じんぎしん三種さんしゅ神器じんぎ

高度こうど成長せいちょう庶民しょみんあこがれた家電かでん製品せいひん代表だいひょう

  • さんしゅ神器じんぎ (1950 年代ねんだい後半こうはん) — 白黒しろくろテレビ、 冷蔵庫れいぞうこ洗濯せんたく
  • しん三種さんしゅ神器じんぎ (1960 年代ねんだい後半こうはん) — [3C] = カラーテレビ、 クーラー、 自動車じどうしゃ (Car)

社会しゃかい変化へんか

  • 人口じんこう — 1945 ねん 7200 まん → 1967 ねん 1 おく → 2008 ねん 1 おく 2808 まんでピーク → 2024 ねん 1 おく 2400 まん (減少げんしょう局面きょくめん)
  • 家族かぞくだい家族かぞくからかく家族かぞくへ、 そして単身たんしん世帯せたい増加ぞうか (2020 ねん単身たんしん世帯せたい 38 %)
  • 女性じょせい社会しゃかい進出しんしゅつ男女だんじょ雇用こよう機会きかい均等きんとうほう (1985 ねん)、 ただしジェンダーギャップ指数しすうでは 2024 ねん 118 くらい
  • 外国がいこくじん居住きょじゅうしゃ — 2024 ねんやく 350 まんにん多文化共生たぶんかきょうせい社会しゃかい
  • はたらかた週休しゅうきゅう 2 にちせいはたらかた改革かいかくほう (2018)、 リモートワーク (コロナ普及ふきゅう)

7. 戦後せんご日本にほん見方みかた

戦後せんご 80 ねんかえると、 おおきくつぎのようなながれがえてきます。

時期じき区分くぶん特色とくしょく
占領せんりょう (1945-52)民主みんしゅ憲法けんぽう制定せいてい経済けいざい破綻はたんからの出発しゅっぱつ
復興ふっこう成長せいちょう (1952-73)高度こうど経済けいざい成長せいちょうにちべい安保あんぽ体制たいせいでの経済けいざい大国たいこく
安定あんてい成長せいちょう (1973-89)オイルショックをえ、 ジャパン・アズ・ナンバーワンへ
バブル・崩壊ほうかい (1985-2002)バブル経済けいざいとその崩壊ほうかいうしなわれた 10 ねん
長期ちょうき低迷ていめい (2002-2012)デフレ、 政治せいじ流動りゅうどう大震災だいしんさい
アベノミクス (2012-2020)金融きんゆう緩和かんわ海外かいがい投資とうし関心かんしん震災しんさい復興ふっこう
コロナ・ポストコロナ (2020-)パンデミック、 安倍あべもと首相しゅしょう銃撃じゅうげき、 35 ねんぶりの株価かぶか更新こうしん賃金ちんぎん上昇じょうしょうきざ

評価ひょうか多様たようせい

戦後せんご日本にほん評価ひょうかには、 さまざまな立場たちばがあります。

  • 成功せいこう史観しかん民主みんしゅ経済けいざい成長せいちょう平和へいわ維持いじ成功せいこうした
  • 変質へんしつろん戦後せんご理想りそう (平和へいわ民主みんしゅ主義しゅぎ) が経済けいざい優先ゆうせんゆがめられた
  • 主権しゅけん欠如けつじょろんにちべい安保あんぽ沖縄おきなわ基地きち問題もんだいしん独立どくりつ達成たっせいしていない
  • 相対そうたいろん戦後せんご体制たいせい絶対ぜったいせず、 21 世紀せいき課題かだいおうじてさい構築こうちくすべき

大事だいじ: どの立場たちばが「ただしい」とめつけることはできません。 大切たいせつなのは、 複数ふくすう見方みかたがあることをり、 いち資料しりょう統計とうけい国際こくさい比較ひかくまえて、 自分じぶんなりにかんがえることです。 これは現代げんだい有権者ゆうけんしゃとして政治せいじ参加さんかするための基礎きそ能力のうりょくでもあります。

8. このしょうのまとめと安全あんぜん配慮はいりょ

重要じゅうよう年号ねんごう

ねん出来事できごと
1945.8.15終戦しゅうせん
1945[GHQ]設置せっち大改革だいかいかく指令しれい
1946.11.3日本国にっぽんこく憲法けんぽう公布こうふ
1947.5.3日本国にっぽんこく憲法けんぽう施行しこう
1950朝鮮ちょうせん戦争せんそう警察けいさつ予備よびたい
1951サンフランシスコ平和へいわ条約じょうやくにちべい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやく
1952独立どくりつ回復かいふく保安ほあんたい
1954自衛隊じえいたい発足ほっそく
195555 ねん体制たいせい成立せいりつ
1956国連こくれん加盟かめいにち共同きょうどう宣言せんげん
1960にちべいしん安保あんぽ条約じょうやく安保あんぽ闘争とうそう
1964東京とうきょうオリンピック、 新幹線しんかんせん
1965にちかん基本きほん条約じょうやく
1972沖縄おきなわ返還へんかんにちちゅう国交こっこう正常せいじょう
1973第一次だいいちじオイルショック
1985プラザ合意ごうい男女だんじょ雇用こよう機会きかい均等きんとうほう
1989昭和しょうわ平成へいせい消費しょうひぜい導入どうにゅう冷戦れいせん終結しゅうけつ
1991バブル崩壊ほうかい
199355 ねん体制たいせい崩壊ほうかい
1995阪神はんしん淡路あわじ大震災だいしんさい地下鉄ちかてつサリン事件じけん
20019.11 同時どうじ多発たはつテロ
2009民主党みんしゅとう政権せいけん
2011東日本大震災ひがしにほんだいしんさい福島ふくしま原発げんぱつ事故じこ
2012自民党じみんとう政権せいけん復帰ふっき (だい安倍あべ内閣ないかく)
2019.5.1平成へいせい令和れいわ
2020新型しんがたコロナパンデミック

安全あんぜん配慮はいりょ (国際こくさいニュースを多角たかくてきむ)

戦後せんご現代げんだいは、 「過去かこ」だけでなく「いまうごいている歴史れきし」でもあります。 ニュースをむときの心構こころがまえを確認かくにんしましょう。

  • 複数ふくすう情報じょうほうげん確認かくにんする — テレビ・新聞しんぶん・インターネット・[SNS]、 国内こくない海外かいがいことなる立場たちばのメディアを比較ひかくする
  • 事実じじつ」と「意見いけん」を区別くべつする — 「ウクライナ侵攻しんこうきた」は事実じじつ、 「侵攻しんこう不当ふとうである」は (国際法こくさいほうじょうただしいとされても) 価値かち判断はんだん両者りょうしゃ意識いしきてき区別くべつする習慣しゅうかん
  • 歴史れきしてき経緯けいいまえる現在げんざい国際こくさい紛争ふんそう (ロシア・ウクライナ、 中東ちゅうとう台湾たいわん海峡かいきょうなど) のおおくは、 すうじゅうねんすうひゃくねん歴史れきし背景はいけいにしている。 表面ひょうめんてきな「善悪ぜんあく」で判断はんだんするまえ経緯けいいまな
  • 日本にほん立場たちば」だけでなく相手あいてこく見方みかたにちちゅうにちかんにち関係かんけいなどは、 相手あいてこくメディアでどうほうじられているかをることで、 日本にほんのニュースのかたよりもえてくる
  • デマ・フェイクニュースに警戒けいかい — [SNS]時代じだいあやま情報じょうほう拡散かくさんしやすい。 出典しゅってんいち情報じょうほう公的こうてき統計とうけい確認かくにんする習慣しゅうかん
  • 学校がっこう家族かぞく議論ぎろんする国際こくさいニュースは、 とくに[SNS]じょう極端きょくたん意見いけんではなく、 信頼しんらいできるひと対話たいわすることで多面ためんてき理解りかいできる
  • 長期ちょうきてき視野しや — 「今日きょうのニュース」はすうじゅうねんかえるとちが意味いみつことがおおい。 日本にほん世界せかい知識ちしきまえ、 おおきなながれのなか位置いちづける視点してんやしな

大事だいじ: 戦後せんごまなびの究極きゅうきょく目的もくてきは、 現代げんだい市民しみんとして、 国際こくさい社会しゃかい一員いちいんとして、 平和へいわ公正こうせい世界せかいつく一翼いちよくになことです。 戦争せんそう恐慌きょうこう震災しんさい・パンデミックなど、 人類じんるいなん困難こんなんえてきました。 過去かこ人々ひとびとくるしみと努力どりょくまなび、 自分じぶんたちの時代じだい課題かだい勇気ゆうきちましょう。

歴史れきしは「過去かこから現在げんざい未来みらいつづながれ」です。 これからの時代じだいつくるのは、 いままなんでいるあなた自身じしんです。

まとめ — 戦後せんご日本にほんを 3 くだり

  • GHQとマッカーサーによる民主みんしゅ改革かいかく日本国憲法にほんこくけんぽう農地改革のうちかいかく財閥解体ざいばつかいたいおこなわれ、 戦後せんご社会しゃかいさい出発しゅっぱつ
  • 朝鮮戦争ちょうせんせんそう特需とくじゅサンフランシスコ平和条約さんふらんしすこへいわじょうやく (1951) で独立どくりつ回復かいふく55 年体制55 ねんたいせい高度経済成長こうどけいざいせいちょう政治せいじ経済けいざい安定あんてい
  • 1990 年代ねんだい以降いこうはバブル崩壊ほうかい東日本大震災ひがしにほんだいしんさいなどの試練しれん平成へいせい令和れいわへ、 グローバル少子しょうし高齢化こうれいかなか未来みらい模索もさく
この教材きょうざいやくちましたか?
がくしゅうロードマップ(10けん
  1. 1日本にほん探究たんきゅう入門にゅうもん (歴史れきしてき思考しこう史料しりょう)
  2. 2原始時代げんしじだい (きゅう石器せっき縄文じょうもん弥生やよい)
  3. 3古墳こふん飛鳥あすか時代じだい (古代こだい国家こっか成立せいりつ)
  4. 4奈良なら平安へいあん時代じだい (律令りつりょう国家こっか発展はってん変容へんよう)
  5. 5鎌倉かまくら室町むろまち時代じだい (中世ちゅうせい武家ぶけ政権せいけん)
  6. 6戦国せんごく安土あづち桃山ももやま時代じだい (中世ちゅうせいまつから近世きんせいへ)
  7. 7江戸えど時代じだい (近世きんせい社会しゃかい確立かくりつ)
  8. 8幕末ばくまつ明治維新めいじいしん (近代きんだい出発しゅっぱつ、 1853-1889)
  9. 9明治めいじ後期こうき大正たいしょう昭和しょうわ前期ぜんき (帝国ていこく主義しゅぎ戦争せんそう、 1890-1945)
  10. 10戦後せんご日本にほん (現代げんだい、 1945- )