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日本史探究

戦後せんご日本にほん (現代げんだい、 1945- )

最終確認日:

この章しょうで学まなぶこと

1945 年ねん 8 月つき 15 日にちの終戦しゅうせんから現在げんざいまで、 日本にほんは廃墟はいきょからの復興ふっこう、 高度こうど経済けいざい成長せいちょう、 国際こくさい社会しゃかいへの復帰ふっき、 冷戦れいせん下かの日にち米べい同盟どうめい、 経済けいざい大国たいこく化か、 そして低てい成長せいちょう期きと少子しょうし高齢化こうれいかという、 大おおきな転換てんかんを経験けいけんしてきました。

戦後せんご 80 年ねんは、 日本国にっぽんこく憲法けんぽうに基もとづく民主みんしゅ国家こっかとして、 日にち米べい安保あんぽと平和へいわ主義しゅぎの両立りょうりつを模索もさくし、 国連こくれん・アジア太平洋たいへいよう諸国しょこくとの関係かんけいを深ふかめてきた時代じだいです。 同時どうじに、 冷戦れいせん・オイルショック・バブル崩壊ほうかい・震災しんさい・グローバル化か・少子しょうし高齢化こうれいか・感染かんせん症しょうなど、 国際こくさい的てき・国内こくない的てきな大おおきな課題かだいに向むき合あい続つづけています。

この章しょうでは、 戦後せんごの歩あゆみを占領せんりょう期き → 冷戦れいせん期き → ポスト冷戦れいせん期きの三さん段階だんかいで立体りったい的てきにとらえます。

  • [GHQ]の占領せんりょう政策せいさくと日本国憲法にほんこくけんぽう (1947 年ねん施行しこう)
  • サンフランシスコ平和条約さんふらんしすこへいわじょうやく (1951)、 日にち米べい安保あんぽ条約じょうやく
  • 55 年体制55 ねんたいせい と政治せいじの安定あんてい
  • 高度経済成長こうどけいざいせいちょう (1955-1973) と公害こうがい
  • オイルショック (1973) と安定あんてい成長せいちょう
  • バブル経済けいざい とその崩壊ほうかい (1990 年代ねんだい)
  • 冷戦れいせん終結しゅうけつ (平成へいせいへ) と国際こくさい貢献こうけん
  • 平成へいせい・令和れいわの課題かだい — 震災しんさい・少子しょうし高齢化こうれいか・グローバル化か

大事だいじ: 戦後せんご史しは「現代げんだい」の歴史れきしでもあります。 自分じぶんの家族かぞくの世代せだいがどんな時代じだいを生いきてきたかを、 祖父母そふぼ・両親りょうしんに聞きいてみましょう。 「歴史れきしは教科書きょうかしょの中なかの話はなし」ではなく、 「今いまの社会しゃかいにつながる連続れんぞくした流ながれ」として理解りかいすることが大切たいせつです。

1. 占領せんりょう期き (1945-1952)

被爆した建物の遺構
原爆ドームげんばくドーム (広島ひろしま) — 1945 年ねん 8 月つき 6 日原子爆弾げんしばくだんで被爆ひばく。 戦争せんそうの悲惨ひさんさと平和へいわの大切たいせつさを伝つたえる。 1996 年ねんユネスコ世界せかい遺産いさん。
東京タワーの全景
東京とうきょうタワー (1958 年ねん完成かんせい、 高たかさ 333 m) — 高度経済成長こうどけいざいせいちょう期の象徴しょうちょう。 戦後せんご復興ふっこうのシンボル。

GHQ の設置せっち

ポツダム宣言せんげん受諾じゅだく後ご、 連合れんごう国軍こくぐん最高さいこう司令しれい官かんマッカーサー元帥げんすい率ひきいるGHQ (連合れんごう国軍こくぐん最高さいこう司令しれい官かん総そう司令しれい部ぶ) が日本にほん占領せんりょうを担にないました。 形式けいしき上じょうは米べい英えい中ちゅうソを含ふくむ連合れんごう国こくだが、 実質じっしつ的てきにはアメリカの単独たんどく占領せんりょう体制たいせいでした。

[GHQ]は日本にほん政府せいふを介かいして間接かんせつ統治とうちを行おこないます (占領せんりょうはあるが、 直接ちょくせつ軍政ぐんせいではない)。

五ご大改革だいかいかく指令しれい (1945 年ねん 10 月つき)

マッカーサーは幣原喜重郎しではらきじゅうろう首相しゅしょうに五ご大改革だいかいかく指令しれいを発はっしました。

  1. 婦人ふじん参政さんせい権けんの付与ふよ — 1945 年ねん 12 月つき衆議院しゅうぎいん議員ぎいん選挙せんきょ法ほう改正かいせい、 1946 年ねん 4 月つきの総そう選挙せんきょで女性じょせい議員ぎいん39 名めい当選とうせん
  2. 労働ろうどう組合くみあいの結成けっせい奨励しょうれい — 1945 年ねん労働ろうどう組合くみあい法ほう、 1947 年ねん労働ろうどう基準きじゅん法ほう
  3. 教育きょういくの自由じゆう主義しゅぎ化か — 1947 年ねん教育きょういく基本きほん法ほう・学校がっこう教育きょういく法ほう (6・3・3・4 制せい)
  4. 圧政あっせい的てき諸しょ制度せいどの廃止はいし — 治安ちあん維持いじ法ほう廃止はいし、 特高警察とっこうけいさつ解体かいたい、 政治せいじ犯はん釈放しゃくほう
  5. 経済けいざい機構きこうの民主みんしゅ化か — 財閥ざいばつ解体かいたい、 農地のうち改革かいかく

経済けいざい改革かいかく

改革かいかく内容ないよう
財閥解体ざいばつかいたい1945-47 年ねん、 持株もちかぶ会社かいしゃ整理せいり委員いいん会かいが三井みつい・三菱みつびし・住友すみとも・安田やすだら15 大だい財閥ざいばつを解体かいたい。 独占どくせん禁止きんし法ほう (1947 年ねん) で再さい結集けっしゅうを防止ぼうし
農地改革のうちかいかく1946-50 年ねん、 不在ふざい地主じぬしの小作こさく地ちを国くにが強制きょうせい買収ばいしゅうし、 小作こさく人じんに売うり渡わたし。 自作農じさくのう比率ひりつが 30 % → 90 % に
労働ろうどう改革かいかく1945 年ねん労働ろうどう組合くみあい法ほう、 1946 年ねん労働ろうどう関係かんけい調整ちょうせい法ほう、 1947 年ねん労働ろうどう基準きじゅん法ほう (8 時間じかん労働ろうどう制せい等とう)

農地のうち改革かいかくは、 戦前せんぜんの地主じぬし・小作こさく関係かんけい (寄生きせい地主じぬし制せい) を解体かいたいし、 戦後せんごの農村のうそん民主みんしゅ化かと政治せいじ的てき安定あんていの基盤きばんとなりました。

日本国にっぽんこく憲法けんぽう (1946 年ねん公布こうふ、 1947 年ねん施行しこう)

[GHQ]の指示しじで幣ぬさ原げん内閣ないかくは憲法けんぽう改正かいせいに着手ちゃくしゅ。 当初とうしょの松本まつもと案あん (保守ほしゅ的てき) は[GHQ]に拒否きょひされ、 [GHQ]民政みんせい局きょくが起草きそうしたマッカーサー草案そうあんをベースに、 帝国ていこく議会ぎかいで修正しゅうせい・可決かけつされました。

日付ひづけ出来事できごと
1946 年ねん 11 月つき 3 日にち日本国にっぽんこく憲法けんぽう公布こうふ (現在げんざいの文化ぶんかの日ひ)
1947 年ねん 5 月つき 3 日にち日本国にっぽんこく憲法けんぽう施行しこう (現在げんざいの憲法記念日けんぽうきねんび)

主おもな特色とくしょくは、

  • 国民こくみん主権しゅけん — 主権しゅけんは国民こくみんに
  • 平和へいわ主義しゅぎ — 第だい 9 条じょうで戦争せんそう放棄ほうき、 戦力せんりょく不ふ保持ほじ、 交戦こうせん権けん否認ひにん
  • 基本きほん的てき人権じんけんの尊重そんちょう — 「侵おかすことのできない永久えいきゅうの権利けんり」
  • 象徴しょうちょう天皇てんのう制せい — 天皇てんのうは「日本にほん国こく及および日本にほん国民こくみん統合とうごうの象徴しょうちょう」、 国政こくせいに関かんする権能けんのうなし
  • 男女だんじょ平等びょうどう — 第だい 24 条じょうで婚姻こんいんの自由じゆう・両性りょうせいの本質ほんしつ的てき平等びょうどう
  • 二院にいん制せい — 衆議院しゅうぎいんと参議院さんぎいん (貴族きぞく院いんは廃止はいし)

ポイント: 日本国にっぽんこく憲法けんぽうの制定せいてい過程かていについては「[GHQ]による押おし付つけ憲法けんぽう」という見方みかたと、「当時とうじの国民こくみん・議会ぎかいの議論ぎろんを反映はんえい」という見方みかたがあり、 議論ぎろんが続つづいています。 重要じゅうようなのは、 70 年ねん以上いじょうにわたり改正かいせいされることなく、 戦後せんご日本にほんの民主みんしゅ化かと平和へいわに大おおきく寄与きよしてきた事実じじつと、 21 世紀せいきの課題かだいに対たいする適応てきおう・改正かいせい論議ろんぎの双方そうほうを理解りかいすることです。

教育きょういく・社会しゃかい改革かいかく

  • 教育きょういく基本きほん法ほう (1947 年ねん) — 「個人こじんの尊厳そんげんを重おもんじ ...」
  • 6・3・3・4 制せい — 義務ぎむ教育きょういく 9 年ねん (小学校しょうがっこう 6 年ねん + 中学校ちゅうがっこう 3 年ねん)、 高等こうとう学校がっこう 3 年ねん、 大学だいがく 4 年ねん
  • 学校がっこう教育きょういく法ほう — 男女だんじょ共学きょうがく
  • 教育きょういく勅語ちょくご の排除はいじょ ・失効しっこう確認かくにん (1948 年ねん国会こっかい決議けつぎ)

占領せんりょう政策せいさくの転換てんかん

1948 年頃としごろから、 冷戦れいせんの本格ほんかく化かを背景はいけいに[GHQ]の占領せんりょう政策せいさくは「民主みんしゅ化か」から「反共はんきょう・経済けいざい復興ふっこう」へ転換てんかんしました (逆ぎゃくコース)。

  • ドッジ・ライン (1949 年ねん) — 財政ざいせい超ちょう均衡きんこう、 単一たんいつ為替かわせレート(1 ドル = 360 円えん) 設定せってい、 インフレ抑制よくせい
  • シャウプ勧告かんこく (1949 年ねん) — 直接ちょくせつ税ぜい中心ちゅうしんの税制ぜいせい改革かいかく
  • 公職こうしょく追放ついほう解除かいじょ (1950-51 年ねん) — 戦犯せんぱん指定してい者しゃの社会しゃかい復帰ふっき
  • 警察けいさつ予備よび隊たい (1950 年ねん) — 朝鮮ちょうせん戦争せんそう勃発ぼっぱつを契機けいきに再さい軍備ぐんびの出発しゅっぱつ、 後ごの自衛隊じえいたいへ

2. 朝鮮ちょうせん戦争せんそうと独立どくりつ回復かいふく

朝鮮ちょうせん戦争せんそう (1950-1953)

1950 年ねん 6 月つき、 北朝鮮きたちょうせん軍ぐんが北緯ほくい 38 度ど線せんを越こえて南進なんしん、 朝鮮戦争ちょうせんせんそう勃発ぼっぱつ。 国連こくれん軍ぐん (アメリカ主導しゅどう) と中国ちゅうごく人民じんみん義勇軍ぎゆうぐんが介入かいにゅうし、 1953 年ねん 7 月つき休戦きゅうせん協定きょうていで38 度ど線せん近ちかくで休戦きゅうせん。

日本にほんは国連こくれん軍ぐんの後方こうほう基地きちとなり、 軍需ぐんじゅ物資ぶっしの生産せいさんと修理しゅうりで特需とくじゅ景気けいきが発生はっせい。 1949 年ねんのドッジ・ライン不況ふきょうからの脱出だっしゅつと、 戦後せんご経済けいざい復興ふっこうの重要じゅうような契機けいきとなりました。

サンフランシスコ平和へいわ条約じょうやく (1951)

1951 年ねん 9 月つき、 サンフランシスコ講和こうわ会議かいぎでサンフランシスコ平和条約さんふらんしすこへいわじょうやくが調印ちょういん。 吉田茂よしだしげる首相しゅしょうが日本にほん側がわ全権ぜんけん。 48 カ国こくが調印ちょういんしましたが、

  • ソ連れん・ポーランド・チェコスロバキアは調印ちょういん拒否きょひ
  • 中国ちゅうごく (中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく・中華民国ちゅうかみんこくとも) は招まねかれず
  • インド・ビルマ・ユーゴスラビアは不参加ふさんか

という単独講和たんどくこうわでした (全ぜん交戦こうせん国こくとの全面ぜんめん講和こうわ論ろんとの対立たいりつ)。

項目こうもく内容ないよう
領土りょうど朝鮮ちょうせんの独立どくりつを承認しょうにん、 台湾たいわん・澎湖みずうみ諸島しょとう・千島ちしま列島れっとう・南みなみ樺太からふとの領有りょうゆう権けん放棄ほうき
信託しんたく統治とうち南西諸島なんせいしょとう (沖縄おきなわ)・小笠原おがさわらを米国べいこく施政しせい下かに
賠償ばいしょう戦争せんそう被害ひがい国こくへの役務えきむ賠償ばいしょう

1952 年ねん 4 月つき 28 日にち、 条約じょうやく発効はっこう。 日本にほんは独立どくりつを回復かいふくしましたが、 沖縄おきなわ・小笠原おがさわらはアメリカ施政しせい下かに置おかれ続つづけ、 沖縄おきなわの本土ほんど復帰ふっきは 1972 年ねんまで待まつことになります。

日にち米べい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやく (1951)

平和へいわ条約じょうやくと同日どうじつ、 日にち米べい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやく (旧きゅう安保あんぽ) が締結ていけつされました。 アメリカ軍ぐんの日本にほん駐留ちゅうりゅうを認みとめ、 防衛ぼうえいをアメリカに依存いぞんする体制たいせいが確立かくりつ。

大事だいじ: サンフランシスコ平和へいわ条約じょうやくは、 冷戦れいせん構造こうぞうの中なかでの西側にしがわ諸国しょこくとの単独たんどく講和こうわでした。 ソ連れんとは 1956 年ねんの日ひソ共同きょうどう宣言せんげん、 中国ちゅうごく (中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく) とは 1972 年ねんの日にち中ちゅう共同きょうどう声明せいめい、 韓国かんこくとは 1965 年ねんの日にち韓かん基本きほん条約じょうやくで個別こべつに国交こっこうを回復かいふくしていきます。 戦後せんご処理しょりは段階だんかい的てき・複ふく層そう的てきに進すすめられたのです。

3. 55 年ねん体制たいせいと高度こうど経済けいざい成長せいちょう

55 年ねん体制たいせいの成立せいりつ

1955 年ねん、 政界せいかいで大おおきな再編さいへんがありました。

  • 10 月つき日本にほん社会党しゃかいとう統一とういつ (右派うは・左派さは再さい合併がっぺい)
  • 11 月つき自由民主党じゆうみんしゅとう結成けっせい (自由党じゆうとう・日本にほん民主党みんしゅとうの保守ほしゅ合同ごうどう)

これにより、 55 年体制55 ねんたいせい = 自民党じみんとう政権せいけん + 社会党しゃかいとう野党やとう第だい一いち党とう、 という政治せいじ構造こうぞうが成立せいりつ。 1993 年ねん細川ほそかわ内閣ないかくまで、 38 年間ねんかんにわたり自民党じみんとう単独たんどく政権せいけんが続つづきました。

「もはや戦後せんごではない」 — 高度こうど経済けいざい成長せいちょう

1956 年ねんの経済けいざい白書はくしょは「もはや戦後せんごではない」と宣言せんげん。 神武じんむ景気けいき (1955-57)・岩戸いわと景気けいき (1958-61)・いざなぎ景気けいき (1965-70) と呼よばれる高度経済成長こうどけいざいせいちょう期きに入はいります。

1955 年ねんから 1973 年ねんまでの平均へいきん実質じっしつ経済けいざい成長せいちょう率りつは年率ねんりつ約やく 10 %。 国民こくみん所得しょとくは 18 年ねんで約やく 5 倍ばいに。 1968 年ねんには西にしドイツを抜ぬき、 [GDP]世界せかい第だい 2 位くらいに躍進やくしんしました。

高度こうど成長せいちょうの要因よういん

要因よういん内容ないよう
民間みんかん設備せつび投資とうし「投資とうしが投資とうしを呼よぶ」
技術ぎじゅつ革新かくしん重化学じゅうかがく工業こうぎょう (鉄鋼てっこう・石油せきゆ化学かがく・自動車じどうしゃ・家電かでん)
安価あんかで良質りょうしつな労働ろうどう力りょく中卒ちゅうそつ・高卒こうそつの集団しゅうだん就職しゅうしょく (「金きんの卵たまご」)
豊富ほうふな海外かいがい資源しげん中東ちゅうとう石油せきゆ (1 バレル 2 ドル時代じだい)
固定こてい為替かわせ1 ドル = 360 円えんの円えん安やす
日にち米べい安保あんぽ軍事ぐんじ費ひ負担ふたんの軽減けいげん (GDP 比ひ 1 % 程度ていど)
国民こくみんの高たかい貯蓄ちょちく率りつ設備せつび投資とうし資金しきんの供給きょうきゅう源げん
所得しょとく倍増ばいぞう計画けいかく1960 年ねん池田勇人いけだはやと内閣ないかく、 経済けいざい成長せいちょうを国家こっか目標もくひょうに

高度こうど成長せいちょう期きの重要じゅうような出来事できごと

年ねん出来事できごと
1956日にちソ共同きょうどう宣言せんげん、 国連こくれん加盟かめい (12 月つき)
1960日にち米べい新しん安保あんぽ条約じょうやく改定かいてい、 安保あんぽ闘争とうそう
1960所得しょとく倍増ばいぞう計画けいかく (池田いけだ勇人はやと)
1964東京とうきょうオリンピック、 東海道新幹線とうかいどうしんかんせん開業かいぎょう
1965日にち韓かん基本きほん条約じょうやく
1968GNP 世界せかい第だい 2 位くらい、 小笠原諸島おがさわらしょとう返還へんかん
1970大阪おおさか万博ばんぱく (EXPO'70)
1972沖縄おきなわ返還へんかん、 日にち中ちゅう国交こっこう正常せいじょう化か (田中たなか角栄かくえい)

60 年ねん安保あんぽ闘争とうそう

1960 年ねん、 岸信介きしのぶすけ内閣ないかくが日にち米べい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやくの改定かいてい (新しん安保あんぽ条約じょうやく、 内容ないようは対等たいとう性せい向上こうじょうだが日本にほんの防衛ぼうえい協力きょうりょく義務ぎむ拡大かくだい) を強行きょうこう採決さいけつ。 大だい規模きぼな反対はんたい運動うんどう (60 年ねん安保あんぽ闘争とうそう) が展開てんかいされ、 全学ぜんがく連れん主導しゅどうのデモで東京大学とうきょうだいがく学生がくせい樺美智子かんばみちこが死亡しぼうする事件じけんも発生はっせい。 岸きし内閣ないかくは条約じょうやく自然しぜん成立せいりつ後ごに総そう辞職じしょくしました。

公害こうがい問題もんだい

高度こうど成長せいちょうの影かげで深刻しんこくな公害こうがいが発生はっせいしました。

公害こうがい病びょう発生はっせい地ち原因げんいん
水俣病みなまたびょう熊本くまもと県けん水俣みなまた市し工場こうじょう排水はいすい中ちゅうの有機ゆうき水銀すいぎん
新潟にいがた水俣病みなまたびょう新潟にいがた県けん阿賀野川あがのがわ流域りゅういき同上どうじょう
イタイイタイ病いたいいたいびょう富山とやま県けん神通川じんづうがわ流域りゅういき鉱山こうざん排水はいすい中ちゅうのカドミウム
四よん日にち市しぜんそく三重みえ県けん四日市よっかいち市し石油せきゆ化学かがくコンビナートの亜硫酸ありゅうさんガス

これら四よん大だい公害こうがい訴訟そしょうはいずれも患者かんじゃ側がわ勝訴しょうそ。 1967 年ねん公害こうがい対策たいさく基本きほん法ほう、 1971 年ねん環境庁かんきょうちょう(現げん環境省かんきょうしょう)設置せっちで、 公害こうがい規制きせいが制度せいど化かされました。

大事だいじ: 公害こうがい病びょうの患者かんじゃ・家族かぞくは、 病気びょうきの苦くるしみに加くわえ、 補償ほしょう交渉こうしょう・訴訟そしょう・社会しゃかい的てき偏見へんけんという長ながい闘たたかいを強しいられました。 水俣病みなまたびょうでは発症はっしょうから半はん世紀せいき以上いじょう経たった現在げんざいも認定にんてい問題もんだいが続つづいています。 経済けいざい成長せいちょうの代償だいしょうとして、 環境かんきょうと健康けんこうを守まもる大切たいせつさを学まなぶ必要ひつようがあります。

沖縄おきなわ返還へんかん (1972 年ねん)

太平洋戦争たいへいようせんそう末期まっきの沖縄おきなわ戦せん、 サンフランシスコ平和へいわ条約じょうやくによりアメリカ施政しせい下かに置おかれていた沖縄おきなわは、 1972 年ねん 5 月つき 15 日にち、 佐藤栄作さとうえいさく内閣ないかくの交渉こうしょうにより本土ほんど復帰ふっきしました。

ただし米べい軍ぐん基地きちは大半たいはんが残留ざんりゅうし、 基地きち問題もんだいは現在げんざいも続つづいています。 在日ざいにち米まい軍ぐん施設しせつの約やく 70 % が沖縄おきなわ県けんに集中しゅうちゅうする状況じょうきょうは、 戦後せんごの安全あんぜん保障ほしょうと地域ちいき負担ふたんの課題かだいを象徴しょうちょうします。

4. 安定あんてい成長せいちょう期きと冷戦れいせん終結しゅうけつ

オイルショック (1973)

1973 年ねん 10 月つき、 第だい四よん次じ中東ちゅうとう戦争せんそうを機きに[OPEC] (石油せきゆ輸出ゆしゅつ国こく機構きこう) が原油げんゆ価格かかくを約やく 4 倍ばいに引ひき上あげ (第だい一いち次じ石油せきゆ危機きき)。 日本にほんでは「トイレットペーパー騒動そうどう」など物資ぶっし不足ふそくのパニックが発生はっせいし、 1974 年ねんは戦後せんご初はつのマイナス成長せいちょう (-1.2 %) を記録きろく。

これにより高度こうど経済けいざい成長せいちょうは終焉しゅうえん、 以後いごは年率ねんりつ 4-5 % 程度ていどの安定あんてい成長せいちょう期きへ移行いこう。 省しょうエネルギー・減量げんりょう経営けいえいが推進すいしんされました。

1979 年ねん第だい二に次じ石油せきゆ危機ききを比較的ひかくてき軽傷けいしょうで乗のり切きった日本にほんは、 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」 (1979 年ねん、 エズラ・ヴォーゲル) と海外かいがいから称賛しょうさんされるようになります。

政治せいじの動揺どうよう

年ねん出来事できごと
1974田中角栄たなかかくえい退陣たいじん (金脈きんみゃく問題もんだい)
1976ロッキード事件じけん (田中たなか角栄かくえい逮捕たいほ)
1979第だい二に次じ石油せきゆ危機きき
1985プラザ合意ごうい — G5 でドル安やす誘導ゆうどう合意ごうい、 急激きゅうげきな円えん高だかへ
1986-91バブル経済けいざい
1989昭和しょうわ天皇てんのう崩御ほうぎょ、 平成へいせい改元かいげん (1 月つき 8 日にち)
1989消費しょうひ税ぜい (3 %) 導入どうにゅう
1989ベルリンの壁かべ崩壊ほうかい、 マルタ会談かいだんで冷戦れいせん終結しゅうけつ宣言せんげん

バブル経済けいざいとその崩壊ほうかい

1985 年ねんプラザ合意ごうい後ごの円えん高だか不況ふきょうに対たいし、 日銀にちぎんは超ちょう低てい金利きんり政策せいさくを実施じっし。 余剰よじょう資金しきんが株式かぶしき・不動産ふどうさんに流ながれ、 異常いじょうな資産しさん価格かかく上昇じょうしょう (バブル) が発生はっせい。 1989 年ねん日経にっけい平均へいきんは 38915 円えんの史上しじょう最さい高値たかね。

しかし 1990 年ねんに公定歩合こうていぶあい引ひき上あげ、 1991 年ねんに地価ちか・株価かぶか崩壊ほうかい。 「失うしなわれた 10 年ねん」 (後ごに「失うしなわれた 30 年ねん」) と呼よばれる長期ちょうき停滞ていたい期きが始はじまります。 銀行ぎんこうは不良ふりょう債権さいけん処理しょりに苦くるしみ、 1997 年ねんに山一證券やまいちしょうけん・北海道拓殖銀行ほっかいどうたくしょくぎんこう破綻はたん。

55 年ねん体制たいせいの崩壊ほうかい (1993)

1993 年ねん、 自民党じみんとうの宮澤喜一みやざわきいち内閣ないかくが政治せいじ改革かいかくを巡めぐり分裂ぶんれつ。 小沢一郎おざわいちろう・羽田孜はたつとむら新生党しんせいとう、 武村正義たけむらまさよしら新党しんとうさきがけ、 細川護熙ほそかわもりひろ日本新党にほんしんとうを中心ちゅうしんに非ひ自民じみん連立れんりつ政権せいけん (細川ほそかわ内閣ないかく) が成立せいりつ。 38 年ねん続つづいた55 年ねん体制たいせいが崩壊ほうかいしました。

以後いご、 自民党じみんとうは村山むらやま (社会党しゃかいとう) → 自社じしゃさ連立れんりつ → 自公じこう連立れんりつ、 2009 年ねん民主党みんしゅとうへの政権せいけん交代こうたい、 2012 年ねん自民党じみんとう復権ふっけん (安倍あべ晋すすむ三さん再さい登板とうばん) と、 政権せいけん交代こうたいも含ふくむ流動的りゅうどうてきな政治せいじ状況じょうきょうが続つづいています。

5. 平成へいせい・令和れいわの日本にほん

国際こくさい貢献こうけんの模索もさく

冷戦れいせん終結しゅうけつ後ご、 日本にほんの国際こくさい的てき役割やくわりが問とわれるようになりました。

年ねん出来事できごと
1991湾岸わんがん戦争せんそう — 130 億おくドル拠出きょしゅつも「小切手こぎって外交がいこう」と批判ひはん
1992PKO 協力きょうりょく法ほう — カンボジアに自衛隊じえいたい派遣はけん
1997新しんガイドライン (日にち米べい防衛ぼうえい協力きょうりょく)
2001同時どうじ多発たはつテロ (アメリカ)、 テロ対策たいさく特別とくべつ措置そち法ほう、 自衛隊じえいたいインド洋よう派遣はけん
2003イラク戦争せんそう、 自衛隊じえいたいサマワ派遣はけん
2015平和へいわ安全あんぜん法制ほうせい (集団しゅうだん的てき自衛じえい権けんの限定げんてい的てき行使こうし容認ようにん)

経済けいざいの長期ちょうき低迷ていめい

バブル崩壊ほうかい後ごの経済けいざい低迷ていめいは、 デフレ・少子しょうし高齢化こうれいか・財政ざいせい赤字あかじと複合ふくごう化かしました。

  • デフレ — 物価ぶっか下落げらく、 「失うしなわれた 30 年ねん」
  • 国債こくさい残高ざんだか — 2024 年ねん時点じてんで約やく 1100 兆ちょう円えん超ちょう (GDP 比ひ 240 % 超ちょう、 先進せんしん国こく最悪さいあく)
  • 非ひ正規せいき雇用こようの拡大かくだい — 全ぜん雇用こよう者しゃの約やく 4 割わり
  • 少子しょうし高齢化こうれいか — 2008 年ねん人口じんこう減少げんしょう開始かいし、 2024 年ねん現在げんざい 65 歳とし以上いじょうが約やく 29 %

アベノミクスと金融きんゆう政策せいさく

2012 年末ねんまつに発足ほっそくした第二次安倍晋三あべしんぞう内閣ないかくは「アベノミクス」と称しょうし、 (1) 大胆だいたんな金融きんゆう緩和かんわ、 (2) 機動きどう的てきな財政ざいせい政策せいさく、 (3) 成長せいちょう戦略せんりゃくの三さん本ほんの矢やを打うち出だしました。

日銀にちぎんは量的りょうてき・質しつ的てき金融きんゆう緩和かんわを実施じっしし、 円えん安やす・株かぶ高だかが進行しんこう。 ただし実質じっしつ賃金ちんぎんの伸のびは限定げんてい的てきで、 効果こうかについては議論ぎろんが続つづいています。

大震災だいしんさいと原子力げんしりょく災害さいがい

年ねん出来事できごと
1995 年ねん 1 月つき 17 日にち阪神はんしん・淡路あわじ大震災だいしんさい — 死者ししゃ・行方ゆくえ不明ふめい 6437 人ひと、 神戸こうべを中心ちゅうしんに大だい被害ひがい
2004新潟にいがた県けん中越なかごえ地震じしん
2011 年ねん 3 月つき 11 日にち東日本大震災ひがしにほんだいしんさい — マグニチュード 9.0、 死者ししゃ・行方ゆくえ不明ふめい約やく 2 万まん 2 千せん人にん、 東京電力とうきょうでんりょく福島ふくしま第だい一いち原子力げんしりょく発電はつでん所しょ事故じこ
2016熊本くまもと地震じしん
2024令和れいわ 6 年ねん能登半島のとはんとう地震じしん

東日本大震災ひがしにほんだいしんさいは戦後せんご最大さいだいの自然しぜん災害さいがいであり、 福島ふくしま原発げんぱつ事故じこは原子力げんしりょくエネルギーの安全あんぜん性せい、 エネルギー政策せいさくの根本こんぽん的てき見直みなおしを迫せまりました。 2011 年ねん以降いこう、 全国ぜんこくの原発げんぱつが一時いちじ停止ていしし、 再さい稼働かどうをめぐる議論ぎろんが続つづいています。

令和れいわの日本にほん (2019-)

2019 年ねん 5 月つき 1 日にち、 明仁あきひと天皇てんのう (現げん・上皇じょうこう) の生前せいぜん退位たいいにより、 徳仁なるひと天皇てんのう即位そくい、 元号げんごうは令和れいわに改元かいげんされました。 これは江戸えど後期こうき以来いらい約やく 200 年ねんぶりの生前せいぜん退位たいいです。

年ねん出来事できごと
2019令和れいわ改元かいげん、 消費しょうひ税ぜい10 % へ
2020新型しんがたコロナウイルスパンデミック、 東京とうきょうオリンピック延期えんき
2021東京とうきょうオリンピック・パラリンピック (無む観客かんきゃく開催かいさい)
2022安倍あべ晋すすむ三さん元げん首相しゅしょう銃撃じゅうげき事件じけん、 ロシアのウクライナ侵攻しんこう
2023G7 広島ひろしまサミット
2024日経にっけい平均へいきん、 1989 年ねんの最さい高値たかねを 35 年ねんぶりに更新こうしん

6. 戦後せんご日本にほんの文化ぶんかと社会しゃかい

戦後せんご文化ぶんかの展開てんかい

時期じき文化ぶんかの特色とくしょく
戦後せんご直後ちょくご民主みんしゅ主義しゅぎ文化ぶんか、 大佛だいぶつ次郎じろう・井伏いぶせ鱒二ますじ・太宰だざい治おさむ (戦後せんご文学ぶんがく)、 黒澤明くろさわあきら映画えいが
1960 年代ねんだい大衆たいしゅう文化ぶんかの繁栄はんえい、 テレビ普及ふきゅう、 漫画まんが・アニメ (手塚てづか治虫おさむ)
1970-80 年代ねんだいサブカルチャー、 ウォークマン、 カラオケ、 ファミコン
平成へいせい前期ぜんきジブリ、 [J-POP]、 [J リーグ] (1993)、 ゲームの世界せかい進出しんしゅつ
平成へいせい後期こうき-令和れいわ[SNS]、 スマートフォン、 [Cool Japan] (アニメ・マンガの世界せかい市場しじょう進出しんしゅつ)、 [eスポーツ]

三種さんしゅの神器じんぎと新しん三種さんしゅの神器じんぎ

高度こうど成長せいちょう期き、 庶民しょみんが憧あこがれた家電かでん製品せいひんの代表だいひょう。

  • 三さん種しゅの神器じんぎ (1950 年代ねんだい後半こうはん) — 白黒しろくろテレビ、 冷蔵庫れいぞうこ、 洗濯せんたく機き
  • 新しん三種さんしゅの神器じんぎ (1960 年代ねんだい後半こうはん) — [3C] = カラーテレビ、 クーラー、 自動車じどうしゃ (Car)

社会しゃかいの変化へんか

  • 人口じんこう — 1945 年ねん 7200 万まん → 1967 年ねん 1 億おく → 2008 年ねん 1 億おく 2808 万まんでピーク → 2024 年ねん 1 億おく 2400 万まん (減少げんしょう局面きょくめん)
  • 家族かぞく — 大だい家族かぞくから核かく家族かぞくへ、 そして単身たんしん世帯せたいの増加ぞうか (2020 年ねん単身たんしん世帯せたい 38 %)
  • 女性じょせいの社会しゃかい進出しんしゅつ — 男女だんじょ雇用こよう機会きかい均等きんとう法ほう (1985 年ねん)、 ただしジェンダーギャップ指数しすうでは 2024 年ねん 118 位くらい
  • 外国がいこく人じん居住きょじゅう者しゃ — 2024 年ねん約やく 350 万まん人にん、 多文化共生たぶんかきょうせい社会しゃかいへ
  • 働はたらき方かた — 週休しゅうきゅう 2 日にち制せい、 働はたらき方かた改革かいかく法ほう (2018)、 リモートワーク (コロナ後ご普及ふきゅう)

7. 戦後せんご日本にほん史しの見方みかた

戦後せんご 80 年ねんを振ふり返かえると、 大おおきく次つぎのような流ながれが見みえてきます。

時期じき区分くぶん特色とくしょく
占領せんりょう期き (1945-52)民主みんしゅ化か、 憲法けんぽう制定せいてい、 経済けいざい破綻はたんからの出発しゅっぱつ
復興ふっこう・成長せいちょう期き (1952-73)高度こうど経済けいざい成長せいちょう、 日にち米べい安保あんぽ体制たいせい下かでの経済けいざい大国たいこく化か
安定あんてい成長せいちょう期き (1973-89)オイルショックを乗のり越こえ、 ジャパン・アズ・ナンバーワンへ
バブル・崩壊ほうかい期き (1985-2002)バブル経済けいざいとその崩壊ほうかい、 失うしなわれた 10 年ねん
長期ちょうき低迷ていめい期き (2002-2012)デフレ、 政治せいじ流動りゅうどう化か、 大震災だいしんさい
アベノミクス期き (2012-2020)金融きんゆう緩和かんわ、 海外かいがい投資とうし家かの関心かんしん、 震災しんさい復興ふっこう
コロナ・ポストコロナ期き (2020-)パンデミック、 安倍あべ元もと首相しゅしょう銃撃じゅうげき、 35 年ねんぶりの株価かぶか更新こうしん、 賃金ちんぎん上昇じょうしょうの兆きざし

評価ひょうかの多様たよう性せい

戦後せんご日本にほん史しの評価ひょうかには、 さまざまな立場たちばがあります。

  • 「成功せいこう史観しかん」 — 民主みんしゅ化か・経済けいざい成長せいちょう・平和へいわの維持いじに成功せいこうした
  • 「変質へんしつ論ろん」 — 戦後せんごの理想りそう (平和へいわ・民主みんしゅ主義しゅぎ) が経済けいざい優先ゆうせんで歪ゆがめられた
  • 「主権しゅけん欠如けつじょ論ろん」 — 日にち米べい安保あんぽ・沖縄おきなわ基地きち問題もんだいで真しんの独立どくりつを達成たっせいしていない
  • 「相対そうたい化か論ろん」 — 戦後せんご体制たいせいを絶対ぜったい視しせず、 21 世紀せいきの課題かだいに応おうじて再さい構築こうちくすべき

大事だいじ: どの立場たちばが「正ただしい」と決きめつけることはできません。 大切たいせつなのは、 複数ふくすうの見方みかたがあることを知しり、 一いち次じ資料しりょう・統計とうけい・国際こくさい比較ひかくを踏ふまえて、 自分じぶんなりに考かんがえることです。 これは現代げんだいの有権者ゆうけんしゃとして政治せいじ参加さんかするための基礎きそ能力のうりょくでもあります。

8. この章しょうのまとめと安全あんぜん配慮はいりょ

重要じゅうよう年号ねんごう

年ねん出来事できごと
1945.8.15終戦しゅうせん
1945[GHQ]設置せっち、 五ご大改革だいかいかく指令しれい
1946.11.3日本国にっぽんこく憲法けんぽう公布こうふ
1947.5.3日本国にっぽんこく憲法けんぽう施行しこう
1950朝鮮ちょうせん戦争せんそう、 警察けいさつ予備よび隊たい
1951サンフランシスコ平和へいわ条約じょうやく、 日にち米べい安全あんぜん保障ほしょう条約じょうやく
1952独立どくりつ回復かいふく、 保安ほあん隊たい
1954自衛隊じえいたい発足ほっそく
195555 年ねん体制たいせい成立せいりつ
1956国連こくれん加盟かめい、 日にちソ共同きょうどう宣言せんげん
1960日にち米べい新しん安保あんぽ条約じょうやく、 安保あんぽ闘争とうそう
1964東京とうきょうオリンピック、 新幹線しんかんせん
1965日にち韓かん基本きほん条約じょうやく
1972沖縄おきなわ返還へんかん、 日にち中ちゅう国交こっこう正常せいじょう化か
1973第一次だいいちじオイルショック
1985プラザ合意ごうい、 男女だんじょ雇用こよう機会きかい均等きんとう法ほう
1989昭和しょうわ→平成へいせい、 消費しょうひ税ぜい導入どうにゅう、 冷戦れいせん終結しゅうけつ
1991バブル崩壊ほうかい
199355 年ねん体制たいせい崩壊ほうかい
1995阪神はんしん・淡路あわじ大震災だいしんさい、 地下鉄ちかてつサリン事件じけん
20019.11 同時どうじ多発たはつテロ
2009民主党みんしゅとう政権せいけん
2011東日本大震災ひがしにほんだいしんさい、 福島ふくしま原発げんぱつ事故じこ
2012自民党じみんとう政権せいけん復帰ふっき (第だい二に次じ安倍あべ内閣ないかく)
2019.5.1平成へいせい→令和れいわ
2020新型しんがたコロナパンデミック

安全あんぜん配慮はいりょ (国際こくさいニュースを多角たかく的てきに読よむ)

戦後せんご史しと現代げんだい史しは、 「過去かこ」だけでなく「今いま、 動うごいている歴史れきし」でもあります。 ニュースを読よむときの心構こころがまえを確認かくにんしましょう。

  • 複数ふくすうの情報じょうほう源げんを確認かくにんする — テレビ・新聞しんぶん・インターネット・[SNS]、 国内こくない・海外かいがい、 異ことなる立場たちばのメディアを比較ひかくする
  • 「事実じじつ」と「意見いけん」を区別くべつする — 「ウクライナ侵攻しんこうが起おきた」は事実じじつ、 「侵攻しんこうは不当ふとうである」は (国際法こくさいほう上じょう正ただしいとされても) 価値かち判断はんだん。 両者りょうしゃを意識いしき的てきに区別くべつする習慣しゅうかんを
  • 歴史れきし的てき経緯けいいを踏ふまえる — 現在げんざいの国際こくさい紛争ふんそう (ロシア・ウクライナ、 中東ちゅうとう、 台湾たいわん海峡かいきょうなど) の多おおくは、 数すう十じゅう年ねん・数すう百ひゃく年ねんの歴史れきしを背景はいけいにしている。 表面ひょうめん的てきな「善悪ぜんあく」で判断はんだんする前まえに経緯けいいを学まなぶ
  • 「日本にほんの立場たちば」だけでなく相手あいて国こくの見方みかたも知しる — 日にち中ちゅう・日にち韓かん・日にち露ろ関係かんけいなどは、 相手あいて国こくメディアでどう報ほうじられているかを知しることで、 日本にほんのニュースの偏かたよりも見みえてくる
  • デマ・フェイクニュースに警戒けいかい — [SNS]時代じだいは誤あやま情報じょうほうが拡散かくさんしやすい。 出典しゅってん・一いち次じ情報じょうほう・公的こうてき統計とうけいを確認かくにんする習慣しゅうかんを
  • 学校がっこう・家族かぞくで議論ぎろんする — 国際こくさいニュースは、 特とくに[SNS]上じょうの極端きょくたんな意見いけんではなく、 信頼しんらいできる人ひとと対話たいわすることで多面ためん的てきに理解りかいできる
  • 長期ちょうき的てき視野しやを持もつ — 「今日きょうのニュース」は数すう十じゅう年ねん後ごに振ふり返かえると違ちがう意味いみを持もつことが多おおい。 日本にほん史し・世界せかい史しの知識ちしきを踏ふまえ、 大おおきな流ながれの中なかで位置いちづける視点してんを養やしなう

大事だいじ: 戦後せんご史しの学まなびの究極きゅうきょくの目的もくてきは、 現代げんだいの市民しみんとして、 国際こくさい社会しゃかいの一員いちいんとして、 平和へいわで公正こうせいな世界せかいを作つくる一翼いちよくを担になうことです。 戦争せんそう・恐慌きょうこう・震災しんさい・パンデミックなど、 人類じんるいは何なん度ども困難こんなんを乗のり越こえてきました。 過去かこの人々ひとびとの苦くるしみと努力どりょくに学まなび、 自分じぶんたちの時代じだいの課題かだいに向むき合あう勇気ゆうきを持もちましょう。

歴史れきしは「過去かこから現在げんざいを経へて未来みらいへ続つづく流ながれ」です。 これからの時代じだいを作つくるのは、 今いま、 学まなんでいるあなた自身じしんです。

まとめ — 戦後せんご日本にほんを 3 行くだりで

  • GHQとマッカーサーによる民主みんしゅ化か改革かいかくで日本国憲法にほんこくけんぽう・農地改革のうちかいかく・財閥解体ざいばつかいたいが行おこなわれ、 戦後せんご社会しゃかいが再さい出発しゅっぱつ
  • 朝鮮戦争ちょうせんせんそうの特需とくじゅを機きにサンフランシスコ平和条約さんふらんしすこへいわじょうやく (1951) で独立どくりつを回復かいふく、 55 年体制55 ねんたいせいと高度経済成長こうどけいざいせいちょうが政治せいじ・経済けいざいを安定あんてい
  • 1990 年代ねんだい以降いこうはバブル崩壊ほうかいと東日本大震災ひがしにほんだいしんさいなどの試練しれんを経へて平成へいせい → 令和れいわへ、 グローバル化かと少子しょうし高齢化こうれいかの中なかで未来みらいを模索もさく
この教材きょうざいは役やくに立たちましたか?
学がく習しゅうロードマップ(10件けん)
  1. 1日本にほん史し探究たんきゅう入門にゅうもん (歴史れきし的てき思考しこうと史料しりょう)
  2. 2原始時代げんしじだい (旧きゅう石器せっき・縄文じょうもん・弥生やよい)
  3. 3古墳こふん・飛鳥あすか時代じだい (古代こだい国家こっかの成立せいりつ)
  4. 4奈良なら・平安へいあん時代じだい (律令りつりょう国家こっかの発展はってんと変容へんよう)
  5. 5鎌倉かまくら・室町むろまち時代じだい (中世ちゅうせい武家ぶけ政権せいけん)
  6. 6戦国せんごく・安土あづち桃山ももやま時代じだい (中世ちゅうせい末まつから近世きんせいへ)
  7. 7江戸えど時代じだい (近世きんせい社会しゃかいの確立かくりつ)
  8. 8幕末ばくまつ・明治維新めいじいしん (近代きんだい化かの出発しゅっぱつ、 1853-1889)
  9. 9明治めいじ後期こうき・大正たいしょう・昭和しょうわ前期ぜんき (帝国ていこく主義しゅぎと戦争せんそう、 1890-1945)
  10. 10戦後せんご日本にほん (現代げんだい、 1945- )