はじめに
古文の敬語は、 単に「丁寧」 を表すだけでなく、 主語が誰かを判定する最大の手がかりです。 主語が頻繁に省略される古文では、 敬語が読めれば登場人物の関係が一気に見える ようになります。
この章で身につくこと:
- 尊敬語・謙譲語・丁寧語 の代表動詞を識別する
- 二方向敬語(1 文に複数の敬語が共存)を読み解く
- 最高敬語(二重敬語)から主語を特定する
1. 敬語 3 種類の役割
| 種類 | 敬意の方向 | 例 |
|---|
| 尊敬語 | 動作主への敬意 | 給ふ、 おはす |
| 謙譲語 | 動作の受け手への敬意 | 申す、 奉る |
| 丁寧語 | 聞き手・読み手への敬意 | 侍り、 候ふ |
ポイント:古文の敬語は「誰から誰への敬意か」 を考えるのが基本。 地の文の敬語は 作者→登場人物、 会話文の敬語は 話し手→相手や話題の人物です。
2. 尊敬語の代表動詞
| 古語 | 元の動詞 | 訳 |
|---|
| 給ふ(四段) | (補助動詞)/与ふ | 〜なさる/お与えになる |
| おはす・おはします | あり・行く・来 | いらっしゃる |
| のたまふ | 言ふ | おっしゃる |
| 召す | 呼ぶ・食ふ・着る・乗る | お呼びになる/召し上がる など |
| 大殿籠もる | 寝 | お休みになる |
| 聞こし召す | 聞く・食ふ・治む | お聞きになる/召し上がる |
| 御覧ず | 見る | ご覧になる |
豆知識: 「召す」「聞こしめす」 は 多義語。 文脈で「呼ぶ・食べる・着る・乗る・治める」 などを訳し分けます。
3. 謙譲語の代表動詞
| 古語 | 元の動詞 | 訳 |
|---|
| 申す・聞こゆ・聞こえさす | 言ふ | 申し上げる |
| 奉る | 与ふ・着る・食ふ・乗る | 差し上げる/お召しになる など |
| 参る | 行く・来・与ふ・食ふ | 参上する/差し上げる/召し上がる |
| 仕る | 仕ふ・す | お仕えする/いたす |
| 賜る | 受く | いただく |
| まうづ(詣づ) | 行く(神社・寺へ) | 参詣する |
| 奉る(補助) | (補助動詞) | お〜申し上げる |
注意: 「奉る」「参る」 は 謙譲語と尊敬語の両方に使われる多義語です。 「召し上がる」「お召しになる」 の意味は実は 尊敬です。 文脈と主語で判別します。
4. 丁寧語の代表動詞
| 古語 | 元の動詞 | 訳 |
|---|
| 侍り | あり・をり | 〜ます/あります |
| 候ふ | あり・をり | 〜ます/あります |
使い分け:
- 「侍り」 は平安期に多い
- 「候ふ」 は中世以降の軍記物(平家物語 など)に多い
5. 補助動詞としての敬語
主要動詞のあとに付く「給ふ・奉る・侍り・候ふ」 は 補助動詞として敬語の役割だけを担います。
- 「言ひ給ふ」 = おっしゃる(尊敬)
- 「言ひ奉る」 = 申し上げる(謙譲)
- 「言ひ侍り」 = 言います(丁寧)
6. 二方向敬語 — 1 文に尊敬+謙譲
1 文の中で動作主にも受け手にも敬意を払うべき場合、 謙譲+尊敬を重ねて使います。
例: 「奉り給ふ」 = (Aが)Bに差し上げなさる。
- 「奉り」 = 謙譲(受け手 B への敬意)
- 「給ふ」 = 尊敬(動作主 A への敬意)
読み解き: 「謙譲+尊敬」 の語順で、 動作主と受け手の両方が高貴な場面で出てきます。
7. 最高敬語(二重敬語) — 天皇・中宮など最高位
尊敬助動詞「す・さす・しむ」 + 尊敬補助動詞「給ふ」 で 二重敬語。 最も高貴な人物(天皇、 中宮、 上皇 など)に対する 最高敬語です。
例: 「仰せられ給ふ」 = (天皇が)おっしゃる。
| パターン | 訳 |
|---|
| 〜せ給ふ | お〜になる(最高敬意) |
| 〜させ給ふ | お〜になる(最高敬意) |
| 〜しめ給ふ | お〜になる(最高敬意。 漢文系) |
判定法: 「せ給ふ/させ給ふ」 を見たら、 まず 主語が天皇クラスと仮定して読みます。
8. 例文で確認
原文: 「帝、 中将に歌を詠ませ給ふ。」
現代語訳: 「帝は、 中将に歌をお詠ませになる。」
- 「せ給ふ」 = 二重敬語(帝への最高敬意)
- 「せ」 は使役の助動詞「す」 の連用形 (「ま」 は四段動詞「詠む」 の未然形)
- 文構造: 「帝が+使役(中将に詠ませる)+お〜なる」 と読み解く
注意: 「せ給ふ」 は 使役+尊敬と 二重敬語の 2 通りがあります。 文脈で「使役の対象」 がいるかどうかで判別します。
9. 主語特定の練習
原文: 「源氏、 桐壺の更衣に奉り給ふ。」
現代語訳: 「源氏が桐壺更衣に差し上げなさる。」
「奉り給ふ」 から:
- 動作主(源氏)への 尊敬
- 動作の受け手(桐壺更衣)への 謙譲
- 両方とも高貴な人物と判定できる
源氏物語絵巻「柏木」 (約 1130 年)。 寝殿造 の 邸宅 に 住む 平安貴族 の 階層 (天皇・公卿・殿上人・地下) が、 本章 で 学ぶ 敬語 (尊敬・謙譲・丁寧) の 使い分け に そのまま 反映 されます。
まとめ
- 敬語 3 種は「動作主/受け手/聞き手」 のどこに敬意を払うかで区別
- 多義語「奉る・参る・召す」 は文脈と主語で判別
- 「せ給ふ/させ給ふ」 = 二重敬語 = 最高位の人物
- 敬語は 主語を特定する最強のヒント
次章から本格的な作品読解に入ります。 まずは説話・物語から。