この章で学ぶこと
第 9 章では 有機化学 に入ります。 有機化合物とは 炭素 C を中心に構成された化合物 で、 数億種類ともいわれます。 高校ではごく基本の 「脂肪族」 と 「芳香族」 の 2 系統を学びます。
- 有機化合物と無機化合物のちがいを説明できる
- アルカン・アルケン・アルキン の一般式と性質を区別できる
- アルコール・アルデヒド・ケトン・カルボン酸・エステル の官能基と反応を整理できる
- ベンゼン の構造と、 置換反応 (ニトロ化・スルホン化・ハロゲン化) を書ける
- IUPAC 命名法 の基本ルールを知る
- 異性体 (構造異性体・立体異性体) を識別できる
1. 有機化合物の特徴
無機とのちがい
| 項目 | 有機化合物 | 無機化合物 |
|---|
| 主要元素 | C, H, O, N (ごく一部) | ほぼ全元素 |
| 種類 | 数億 | 数万 |
| 結合 | 共有結合が中心 | イオン結合も多い |
| 融点・沸点 | 一般に低い | 一般に高い |
| 燃焼 | 燃えやすく CO₂ + H₂O が出る | 燃えにくいものが多い |
| 水への溶解 | 溶けにくいものが多い | 溶けるものも多い |
元素分析 (組成式 → 分子式)
試料を完全燃焼させ、 CO₂ と H₂O の質量を測り、 C と H の質量を求める。 残りを O として、 各元素の mol 比を出すと 組成式 になる。 分子量 がわかれば 分子式 になる。
例: C 40 %, H 6.7 %, O 53.3 %, 分子量 60 → C / H / O = 40/12 / 6.7/1 / 53.3/16 = 3.33 / 6.7 / 3.33 = 1 / 2 / 1 → 組成式 CH₂O、 分子式 C₂H₄O₂ (酢酸)
2. 脂肪族炭化水素
メタン CH₄ の分子モデル — 中央の炭素 C に 4 つの水素 H が 正四面体 に配置。 最も簡単な アルカン で、 天然ガスの主成分。
飽和・不飽和
C - C の単結合だけで構成された鎖状化合物を 飽和炭化水素 = アルカン、 二重・三重結合を含むものを 不飽和炭化水素 という。
| 種類 | 一般式 | 結合 | 例 |
|---|
| アルカン | CₙH₂ₙ₊₂ | C - C | メタン CH₄、 エタン C₂H₆ |
| アルケン | CₙH₂ₙ | C = C | エチレン C₂H₄、 プロピレン |
| アルキン | CₙH₂ₙ₋₂ | C ≡ C | アセチレン C₂H₂ |
| シクロアルカン | CₙH₂ₙ | 環状、 単結合 | シクロヘキサン C₆H₁₂ |
アルカンの性質と反応
- 化学的に安定、 強酸・強塩基と反応しにくい
- 燃焼で CO₂ + H₂O を出す: CH₄ + 2 O₂ → CO₂ + 2 H₂O
- 光をあてるとハロゲンと 置換 反応: CH₄ + Cl₂ → CH₃Cl + HCl
- 用途: メタン (天然ガス)、 プロパン・ブタン (LP ガス)、 オクタン (ガソリン)
アルケンの性質と反応
- C = C の二重結合が 付加反応 を起こしやすい
- 例 (水素付加): CH₂=CH₂ + H₂ → CH₃CH₃ (Ni 触媒)
- 例 (臭素付加): CH₂=CH₂ + Br₂ → CH₂BrCH₂Br (赤褐色が消える、 不飽和結合の検出)
- 例 (水付加): CH₂=CH₂ + H₂O → CH₃CH₂OH (リン酸触媒)
- 付加重合 でポリエチレンに: n CH₂=CH₂ → -[CH₂-CH₂]ₙ-
アルキンの性質と反応
- C ≡ C はさらに付加しやすい
- アセチレン C₂H₂ の製法: CaC₂ + 2 H₂O → C₂H₂ + Ca(OH)₂
- アセチレンに H₂O を付加 → アセトアルデヒド CH₃CHO (ヒドロキシビニル 経由で異性化)
3. アルコールと関連化合物
アルコール (-OH)
| 名前 | 化学式 | 用途・特徴 |
|---|
| メタノール | CH₃OH | 工業用アルコール、 有毒 (失明) |
| エタノール | C₂H₅OH | 酒、 消毒用、 燃料 |
| エチレングリコール | HOCH₂CH₂OH | 不凍液、 PET 原料 |
| グリセリン | C₃H₅(OH)₃ | 化粧品、 ニトログリセリン原料 |
第 1 級・第 2 級・第 3 級
OH がつく炭素につながる炭素の数で分類:
| 級 | OH のつく C につながる C の数 | 例 |
|---|
| 第 1 級 | 1 個 (or 0 個) | エタノール CH₃CH₂OH |
| 第 2 級 | 2 個 | 2-プロパノール (CH₃)₂CHOH |
| 第 3 級 | 3 個 | 2-メチル-2-プロパノール (CH₃)₃COH |
アルコールの反応
- ナトリウムと: 2 R-OH + 2 Na → 2 R-ONa + H₂ (アルコールの検出)
- 酸化:
- 第 1 級アルコール → アルデヒド → カルボン酸 (CH₃CH₂OH → CH₃CHO → CH₃COOH)
- 第 2 級アルコール → ケトン ((CH₃)₂CHOH → (CH₃)₂CO)
- 第 3 級アルコール → 酸化されにくい
アルデヒド (-CHO) とケトン (>C=O)
- アルデヒドは 還元性 あり、 銀鏡反応 (Ag を析出) やフェーリング液 (Cu₂O 赤色沈殿) を還元
- ケトンは還元性なし
- アセトアルデヒド CH₃CHO、 アセトン CH₃COCH₃ (溶剤)
カルボン酸 (-COOH)
- 弱酸だが、 NaHCO₃ と反応して CO₂ を出す (酸の強さの検出: 炭酸よりは強い)
- 酢酸 CH₃COOH、 ギ酸 HCOOH (還元性あり)、 乳酸、 安息香酸 C₆H₅COOH
エステル (-COO-)
- カルボン酸 + アルコール ⇌ エステル + 水 (エステル化、 濃 H₂SO₄ 触媒)
- 例: CH₃COOH + C₂H₅OH ⇌ CH₃COOC₂H₅ + H₂O (酢酸エチル、 果実様の香り)
- 加水分解 (酸性 / 塩基性) で元に戻る。 塩基性での加水分解 = けん化
4. 油脂とセッケン
油脂
グリセリンと高級脂肪酸 (R-COOH、 R は長い炭化水素) のエステル。
| 種類 | 状態 | 主な脂肪酸 |
|---|
| 脂肪 (動物) | 固体 | 飽和 (パルミチン酸、 ステアリン酸) |
| 油 (植物) | 液体 | 不飽和 (オレイン酸、 リノール酸) |
セッケン
油脂を NaOH でけん化するとセッケン (脂肪酸ナトリウム塩) が得られる。 親水基 と 疎水基 をもち、 ミセル をつくって油を取り込む。 硬水中では Ca²⁺・Mg²⁺ と沈殿を作り泡立ちが悪い (この欠点を克服したのが 合成洗剤)。
5. 芳香族化合物
ベンゼン C₆H₆ の分子モデル — 炭素 6 個が 正六角形 に並び、 それぞれに水素 1 個が結合。 芳香族化合物の基本骨格。
ベンゼン C₆H₆
正 6 角形の平面構造。 6 個の C が等価で、 1.5 重結合と言える (共役二重結合 = 6 個の π 電子が環上を動く)。
ベンゼンの反応
- ニトロ化: C₆H₆ + HNO₃ → C₆H₅NO₂ + H₂O (濃 H₂SO₄ 触媒、 ニトロベンゼン)
- スルホン化: C₆H₆ + H₂SO₄ → C₆H₅SO₃H + H₂O
- ハロゲン化: C₆H₆ + Cl₂ → C₆H₅Cl + HCl (FeCl₃ 触媒)
- アルキル化 / アシル化 (フリーデル・クラフツ反応)
ポイント: ベンゼンは付加しにくく、 主に 置換 で反応する (二重結合が安定化されているため)。
主な芳香族化合物
| 名前 | 化学式 | 用途・性質 |
|---|
| トルエン | C₆H₅CH₃ | 溶剤、 火薬 (TNT) の原料 |
| フェノール | C₆H₅OH | 弱酸、 防腐剤、 樹脂原料 |
| 安息香酸 | C₆H₅COOH | 弱酸 (CH₃COOH より強)、 食品防腐剤 |
| ニトロベンゼン | C₆H₅NO₂ | 黄色油状、 アニリンの原料 |
| アニリン | C₆H₅NH₂ | 弱塩基、 染料原料、 油状液体 |
| サリチル酸 | C₆H₄(OH)(COOH) | アスピリン・サロメチルの原料 |
フェノールの性質
- OH をもつが、 アルコールと異なり 弱酸 (NaOH と中和、 でも炭酸より弱い)
- 鉄(III) 塩と 紫色 の呈色 (フェノール性 OH の検出)
アニリンの反応
- 弱塩基: C₆H₅NH₂ + HCl → C₆H₅NH₃⁺Cl⁻
- 酸化で アニリンブラック (染料)
- ジアゾ化 + カップリングで染料 (アゾ染料)
- アニリンはさらし粉で赤紫色に呈色 (アニリンの検出)
サリチル酸の反応
サリチル酸 C₆H₄(OH)(COOH) は OH と COOH を持つ二官能性化合物。 メタノールとのエステル化 → 消炎・消毒薬サロメチル (サリチル酸メチル)、 無水酢酸とのアセチル化 → 解熱鎮痛薬アスピリン (アセチルサリチル酸)。
| 反応 | 試薬 | 生成物 | 用途 |
|---|
| エステル化 | CH₃OH + 濃 H₂SO₄ | サリチル酸メチル | サロメチル (湿布) |
| アセチル化 | (CH₃CO)₂O | アセチルサリチル酸 | アスピリン |
6. 異性体
| 種類 | 説明 | 例 |
|---|
| 構造異性体 | 原子のつながりがちがう | n-ブタンとイソブタン |
| 立体異性体 (シス・トランス) | 二重結合まわりの配置がちがう | マレイン酸 (シス) とフマル酸 (トランス) |
| 鏡像異性体 (光学異性体) | 鏡写しの関係 (不斉炭素) | 乳酸 D 体と L 体 |
不斉炭素とは
4 個の異なる原子 (基) が結合した炭素を 不斉炭素 という。 1 個でもあると、 鏡写しの関係にある 2 つの分子 (鏡像異性体) が存在する。 物理的性質 (沸点・融点・密度) は同じだが、 生体内での反応 が異なる (薬が効く / 効かないなど)。
構造異性体の数え方
C₅H₁₂ (ペンタン) の構造異性体は 3 種類:
- n-ペンタン CH₃CH₂CH₂CH₂CH₃
- イソペンタン (CH₃)₂CHCH₂CH₃
- ネオペンタン (CH₃)₄C
7. 章のまとめ
重要用語まとめ
- 一般式: アルカン CₙH₂ₙ₊₂、 アルケン CₙH₂ₙ、 アルキン CₙH₂ₙ₋₂
- アルコール酸化: 第 1 級 → アルデヒド → カルボン酸、 第 2 級 → ケトン
- エステル化 (酸 + アルコール) と けん化 (エステル + 強塩基)
- ベンゼンは置換反応 (ニトロ化・スルホン化・ハロゲン化)
- フェノール = 弱酸 + FeCl₃ で紫、 アニリン = 弱塩基
確認リスト
この章の安全配慮
- メタノール CH₃OH は飲むと失明・死亡のおそれ。 試飲厳禁
- ベンゼン・トルエン・キシレン (BTX) は 発がん性 があり、 蒸気を吸うと神経障害。 ドラフト内で扱う
- ジエチルエーテル・アセトンは引火性が高い。 火気厳禁
- アニリンは皮膚から吸収され中毒を起こす。 手袋着用
- ニトロベンゼンは有毒 (黄色油状液体)。 こぼしたら大量の水で
- 廃有機溶媒は 流しに捨てず 廃液容器へ
次の章: 第 10 章 (最終章) では 高分子化合物 を学びます。 糖類・タンパク質・核酸 などの 天然高分子 と、 ナイロン・ポリエステル・ポリエチレン などの 合成高分子 を整理します。
まとめ — 有機化学 を 3 行で
- 脂肪族炭化水素は アルカン CnH2n+2 ・アルケン CnH2n ・アルキン CnH2n−2 の 3 系統で、 不飽和炭化水素 は付加反応で特徴づけられる
- アルコール の酸化では第 1 級が アルデヒド → カルボン酸 へ、 第 2 級が ケトン へ進み、 エステル化と けん化 が酸とアルコールを結ぶ
- ベンゼン は置換反応 (ニトロ化・スルホン化・ハロゲン化・フリーデル・クラフツ反応) を起こし、 異性体 と 不斉炭素 を含む立体化学が有機化学の本質である