壬辰倭乱は、豊臣秀吉による朝鮮侵略(日本でいう文禄・慶長の役)を、朝鮮側から呼んだ呼称です。1592年(壬辰の年)に始まりました。
| 呼び方 | 視点 |
|---|---|
| 文禄・慶長の役 | 日本側 |
| 壬辰倭乱・丁酉再乱 | 朝鮮側 |
李舜臣の水軍や明の援軍、民衆の抵抗で日本軍は苦戦し、秀吉の死で撤退しました。朝鮮や明に大きな打撃を与えました。
同じ出来事に立場ごとの呼び名があることを示す代表例として覚えると理解が進みます。たとえば1592年に始まった戦いを、日本側は当時の元号をとって文禄の役と呼び、朝鮮側はその年の干支をとって壬辰倭乱と呼びました。どちらの立場から名づけられた語かを意識すると、史料を読むときに書き手の視点が見えてきます。
ポイント 同じ出来事でも日本側と朝鮮側で呼び名が異なる点(多角的視点)が重要。李舜臣・明の参戦も押さえる。