宋そうが採用さいようした、武人ぶじんより文人ぶんじん(科挙かきょ官僚かんりょう)を重おもんじる統治とうち方針ほうしん。武断ぶだん政治せいじを抑おさえた。
文治ぶんじ主義しゅぎとは、宋そうが採用さいようした、軍人ぐんじん(武人ぶじん)よりも科挙かきょ出身しゅっしんの文人ぶんじん官僚かんりょうを重おもんじる統治とうち方針ほうしんです。武人ぶじんが力ちからで政治せいじを動うごかすことを防ふせぐねらいがありました。
学問がくもん・文化ぶんかは栄さかえましたが、北方ほっぽうの遊牧ゆうぼく国家こっかに対たいして軍事ぐんじ的てきに劣勢れっせいとなりました。
試験しけんでは 「宋そうの方針ほうしん」「文人ぶんじん官僚かんりょう(士し大夫たいふ)重視じゅうし」が頻出ひんしゅつ。軍事ぐんじ力りょく低下ていかで北方ほっぽう民族みんぞくに圧迫あっぱくされた点てんとセットで問とわれる。