純粋経験 は、 西田幾多郎 が 『善の研究』 で真の実在とした概念です。
| 通常の経験 | 純粋経験 | |
|---|---|---|
| 主客 | 「私が音楽を聴く」 と分かれる | 主客が分かれる前 |
| 状態 | 反省的 | 直接的・没入的 |
例えば音楽に心から 浸 り 「私が聴いている」 と意識する前の状態で、 この上に全ての知識と善が成り立つとしました。
この概念が答えているのは「もっとも確かな出発点はどこか」という問いです。私という主体を先に立てて世界を組み立てるのではなく、まだ主体と対象に分かれていない経験の方が根本だとする点が、西洋近代の認識論との違いになります。たとえば、崖を駆け上がる直前に体が勝手に動いているとき、自分と動作は分かれていません。その状態こそ真の実在だとされました。
試験では 「主客未分の直接経験」 という定義と、 西田幾多郎 の 『善の研究』 の中心概念である点が問われます。