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用語集

漢委奴国王印かんのわのなのこくおういん

57 ねんこうかん光武みつたけみかど から やまとやつ国王こくおうさづけられた と つたわる きむしるし

社会

かんやっこ国王こくおうしるしは、福岡ふくおかけん志賀島しかしま発見はっけんされたきむしるしで、印面いんめんに「かんやっこくにおう」ときざまれています。当時とうじやまと(日本にっぽん)の小国しょうこくが、中国ちゅうごくのちかん使つかいをおくり、皇帝こうていとのつながりをみとめられていたことをしめ資料しりょうです。

項目こうもく内容ないよう
出土しゅつど福岡ふくおかけん志賀島しかしま
文献ぶんけんうらづけ漢書かんしょ東夷とういでん記事きじ
しめすことやまとやっここくこうかん朝貢ちょうこう関係かんけい

漢書かんしょ』には、こうかん光武みつたけみかどやまとやっここく使つかいにしるしさづけたという記事きじがあり、このきんしるしがそれにあたるとかんがえられています。たとえば中国ちゅうごく皇帝こうていからしるしけることは、そのくにおうとしての地位ちいうしたてしてもらう意味いみがありました。真贋しんがん議論ぎろんはありましたが、現在げんざいしなせつ有力ゆうりょくです。

ポイント志賀島しかしまこう漢書かんしょやっここく」をセットでおぼえる。卑弥呼ひみこへの朝貢ちょうこう時代じだい相手あいて区別くべつすること。