用語集
白村江の戦いはくすきのえのたたかい
663 年、 倭・百済復興軍 が 唐・新羅連合軍 に 大敗 した 戦い。
社会
白村江の戦いは、朝鮮半島で、倭(日本)と百済の復興軍が唐・新羅の連合軍に大敗した戦いです。倭の本格的な海外派兵が失敗し、その後の国づくりに大きな影響を与えました。
| 戦いの結果 | その後の対応 |
|---|---|
| 唐・新羅連合軍に大敗 | 大宰府の北方に水城・山城を築く |
| 海外派兵の失敗 | 都を内陸の近江大津宮へ移す |
| 唐の侵攻への警戒 | 防人(さきもり)を配置 |
敗戦後は唐や新羅の攻撃にそなえ、北九州に防御の施設を築き、都を守りやすい内陸へ移しました。たとえば大宰府を守る水城は、この戦いの危機感から生まれた防御施設です。こうした緊張が、天皇中心の中央集権を進める一因となりました。
ポイント 「敗戦→防衛強化(水城・山城)→中央集権化」という因果の流れで問われる。