李陵(りりょう、〜前74)は、前漢の武帝に仕えた武将です。匈奴(きょうど)との戦いと、その降伏をめぐる悲劇で知られ、『史記』を著した司馬遷の運命にも深く関わりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 立場 | 名将李広(りこう)の孫。前漢の将軍 |
| 出来事 | 少数の兵で匈奴の大軍と戦い、力尽きて降伏 |
| 司馬遷との関係 | 李陵を弁護した司馬遷が宮刑を受ける |
李陵は五千の兵を率いて匈奴の大軍と奮戦しましたが、衆寡敵せず、ついに捕らえられ降伏しました。漢の朝廷が李陵を非難するなか、司馬遷だけが「やむを得ぬ降伏だった」と弁護したため、武帝の怒りを買い、宮刑(去勢の刑)という屈辱を受けます。司馬遷はこの苦難に耐えて『史記』を完成させました。
試験では 「李陵を弁護した司馬遷が宮刑を受けた」という因果が問われる。李陵が匈奴に降伏した武将であること、それが史記成立の背景に深く関わる点を押さえる。