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世界史探究

産業革命さんぎょうかくめいと市民しみん革命かくめい (英えい・米べい・仏ふつとナポレオン)

最終確認日:

この章しょうで学まなぶこと

18 世せい紀き後こう半はんから 19 世せい紀きにかけて、 ヨーロッパとアメリカで 「2 つの革かく命めい」 が起おこり、 世せ界かい史を大おおきく動うごかしました。 イギリスから始はじまった 産業革命さんぎょうかくめい は生せい産さんと社しゃ会かいのあり方かたを一いっ変ぺんさせ、 アメリカ独立革命あめりかどくりつかくめいとフランス革命ふらんすかくめいは 「自じ由ゆうと平びょう等どう」 の政治せいじ原げん理り を世せ界かいに広ひろめました。

  • 産業革命さんぎょうかくめい — 蒸じょう気き機き関かんと工こう場ば制せい機き械かい工こう業ぎょう
  • アメリカ独立革命あめりかどくりつかくめい — 「代だい表ひょうなくして課か税ぜいなし」
  • フランス革命ふらんすかくめい — 旧きゅう体たい制せいの崩ほう壊かいと人じん権けん宣せん言げん
  • ナポレオンなぽれおん — 革かく命めいの拡かく大だいと帝てい政せい
  • ウィーン体制うぃーんたいせい と 19 世せい紀き自じ由ゆう主しゅ義ぎ・国こく民みん主しゅ義ぎ

大事だいじ: 革かく命めいは 理り念ねん (自じ由ゆう・平びょう等どう・人じん権けん) の達たっ成せい と同時どうじに、 大たい量りょうの暴ぼう力りょくと犠ぎ牲せい を伴ともないました。 この両りょう面めんを同時どうじに見みつめることが、 高こう校での学がく習しゅうで求もとめられます。

1. 産業革命さんぎょうかくめい — 工業こうぎょう化かの始はじまり

革命期のサンキュロット民衆
サンキュロット (フランス革命ふらんすかくめい期) — 半はんズボン (キュロット) を履はかない都市とし下層かそう民衆みんしゅう。 1789 年ねんバスティーユ襲撃しゅうげきをはじめとする革命かくめいの担にない手て。

イギリスで始はじまった理由りゆう

産業革命さんぎょうかくめい (Industrial Revolution) とは、 18 世せい紀き後こう半はんイギリスで始はじまり、 19 世せい紀きにかけて欧おう米べい各かっ国こくへ広ひろがった 生せい産さん技ぎ術じゅつと社しゃ会かい構こう造ぞうの大だい転てん換かん です。 手て工こう業ぎょうから機き械かい制大工こう業ぎょうへ、 農のう業ぎょう中心ちゅうしんから工こう業ぎょう中心ちゅうしんへと変かわりました。

イギリスで最もっとも早はやく始はじまった主おもな条じょう件けんは、

  • 資本しほんの蓄ちく積せき — 大たい西せい洋よう三さん角かく貿ぼう易えき・植しょく民みん地ちからの富とみ
  • 労働力ろうどうりょくの供きょう給きゅう — 囲い込み運動かこいこみうんどう (エンクロージャー) で土と地ちを失うしなった農のう民みんが都と市しへ流りゅう入にゅう
  • 原料げんりょうと市場しじょう — インドの綿めん花か、 広大こうだいな植しょく民みん地ち市し場じょう
  • 石炭せきたん・鉄鉱石てっこうせき が国こく内ないに豊ほう富ふ
  • 議ぎ会かい制せいと特とっ許もと制せい度ど が発はつ明めいを後こう押おし
  • 海かい軍ぐん力りょくと海うん運ネットワーク

技術ぎじゅつ革新かくしんの連鎖れんさ

繊せん維い工こう業ぎょう (特とくに 綿工業めんこうぎょう) で機き械かい化かが進すすみ、 エネルギー革かく命めいが並へい行こうしました。

発はつ明めい者しゃ機き械かい / 技ぎ術じゅつ年ねん
ジョン・ケイ飛ひび杼ひ (織しょっ機き改かい良りょう)1733
ハーグリーブズジェニー紡績機ジェニーぼうせきき1764 頃ころ
アークライト水すい力りょく紡ぼう績せき機1769
クロンプトンミュール紡ぼう績せき機1779
カートライト力りき織しょっ機き1785
ジェームズ・ワットじぇーむず・わっと蒸気機関じょうききかん の改かい良りょう1769 / 1782

ジェームズ・ワットじぇーむず・わっとの 蒸気機関じょうききかん は、 工こう場じょうを川かわ沿ぞいに縛しばられず都と市内しないに建たてられるようにし、 後ごに鉄てつ道どう・蒸じょう気き船せんを生うみ出だしました。

交こう通つう発はつ明めい者しゃ年ねん
蒸じょう気き機き関かん車しゃスティーヴンソン ロコモーション号ごう1825
蒸じょう気き船せんフルトン (米まい) クラーモント号ごう1807

19 世せい紀き中ちゅう葉ようには鉄てつ道みち網もうが大たい陸りくを結むすび、 大だい量の人ひととモノが短たん時じ間かんで移い動どうできるようになりました。

工場こうじょう制せい機械きかい工業こうぎょうと階級かいきゅう社会しゃかい

工こう場制機き械かい工こう業ぎょうの発はっ達たつで、 社しゃ会かいは大おおきく分わかれました。

  • 産業資本家さんぎょうしほんか (ブルジョワジー) — 工こう場じょうを所しょ有ゆうし富とみを蓄たくわえる
  • 賃金労働者ちんぎんろうどうしゃ (プロレタリアート) — 工こう場じょうで賃ちん金ぎんを受うけ働はたらく

労ろう働どう環境かんきょうは過か酷こくで、 子こ供どもや女じょ性せいが 1 日にち 12 〜 16 時じ間かん働はたらくことも普ふ通つうでした。 マンチェスター・リバプールなど工こう業ごう都と市しには スラム が広ひろがり、 公こう害がい・伝でん染せん病びょうが深しん刻こく化かしました。

イギリス議ぎ会かいは段だん階かい的てきに改かい善ぜんを進すすめ、

  • 工場法こうじょうほう (1833 年ねんが代だい表ひょう) — 児じ童どう労ろう働どう制せい限げん
  • ラダイト運動ラダイトうんどう (機き械かい打うちこわし、 1810 年代ねんだい)
  • チャーティスト運動チャーティストうんどう (1830 〜 40 年代ねんだい、 普ふ通つう選せん挙きょを求もとめる)

などが起おこり、 後ごの労ろう働どう組くみ合あいや社しゃ会かい立りっ法ぽうへの道みちを開ひらきました。

社会しゃかい主義しゅぎの萌芽ほうが

産さん業ごう化かの矛む盾じゅんを解とこうと、 19 世せい紀き前ぜん半はんに 社会主義しゃかいしゅぎ思し想そう が生うまれました。

  • ロバート・オーウェン (英えい) — ニューラナーク工こう場じょうで改かい革かく
  • サン・シモン・フーリエ (仏ふつ) — 「空くう想的社しゃ会かい主しゅ義ぎ」 と後のちに呼よばれる
  • マルクスまるくす・エンゲルス — 1848 年ねん 『共産党宣言きょうさんとうせんげん』、 1867 年ねん 『資本論しほんろん』 (第だい 1 巻まき)

大事だいじ: 産業革命さんぎょうかくめいは 「機き械かい化か = 進しん歩ぽ」 と単たん純化じゅんかできません。 生せい産さん力りょくの飛ひ躍やく と 労ろう働どう者しゃの困こん窮きゅう、 環境かんきょう破は壊かい・植しょく民みん地ちからの原げん料りょう収しゅう奪だつという 光こうと影かげ を同時どうじに見みなければなりません。

2. アメリカ独立どくりつ革命かくめい

13 植民しょくみん地ちと本国ほんごくの対立たいりつ

北ほく米べい大たい西せい洋よう岸がんのイギリス植しょく民みん地ち (13 植民地13 しょくみんち) は、 七年戦争ななねんせんそう (1756 〜 63) 後ご、 戦せん費ぴを賄まかなうため本ほん国ごくが課かした一いち連れんの課か税ぜいに反はん発はっしました。

  • 砂糖法さとうほう (1764) — 砂さ糖とう等とうへの課か税ぜい
  • 印紙法いんしほう (1765) — 公こう文ぶん書しょや新しん聞ぶんに印紙いんし
  • 茶法ちゃほう (1773) — 東インド会社ひがしいんどがいしゃに茶ちゃの独どく占せん販はん売権

植しょく民みん地ち側がわは 「代表なくして課税なしだいひょうなくしてかぜいなし」 (No taxation without representation) を掲かかげて反はん対たいし、 1773 年ボストン茶会事件ぼすとんちゃかいじけんが起おこりました。

独立どくりつ戦争せんそうと独立どくりつ宣言せんげん

1775 年ねん、 レキシントン・コンコードで武ぶ力りょく衝しょう突とつが始はじまり、 翌よく 1776 年ねん 7 月つき 4 日にち、 アメリカ独立宣言あめりかどくりつせんげん が採さい択たくされました。 トマス・ジェファソンが起草きそうし、 ジョン・ロックの自然権しぜんけん思し想そうに基もとづき 「人じんは生うまれながらに平びょう等どうであり、 生命せいめい・自じ由ゆう・幸こう福ふく追つい求きゅうの権けん利りを持もつ」 と宣せん言げんしました。

独どく立軍総そう司し令りょう官かん ジョージ・ワシントン はフランス・スペイン・オランダの援えん助じょを得えて戦たたかい、 1781 年ねんヨークタウンの戦たたかいで勝しょう利り。 1783 年パリ条約パリじょうやくで独どく立りつが承しょう認にんされました。

合衆国がっしゅうこく憲法けんぽうと連邦れんぽう制せい

1787 年ねん 合衆国憲法がっしゅうこくけんぽう (アメリカ合衆国憲法あめりかがっしゅうこくけんぽう) が制せい定ていされました。 主おもな特とく徴ちょうは、

  • 連邦制れんぽうせい — 州しゅうと連れん邦くに政せい府ふの権けん限きり分ぶん担たん
  • 三権分立さんけんぶんりつ — 立りっ法ぽう (連れん邦くに議会ぎかい)・行ぎょう政せい (大統領だいとうりょう)・司し法ほう (連れん邦くに最さい高こう裁さい判はん所しょ)
  • 人民主権じんみんしゅけん
  • 権利章典けんりしょうてん (1791 修しゅう正せい、 信しん仰こう・言げん論ろん・出しゅっ版ばん等とうの自じ由ゆう)

初しょ代だい大統領だいとうりょうにはワシントンが就しゅう任まかしました。

独立どくりつ革命かくめいの限界げんかい

独どく立たつ宣せん言げんの 「平びょう等どう」 は 白はく人じん男だん性せいに限かぎられ、 黒人奴隷こくじんどれい・先住民せんじゅうみん (ネイティヴ・アメリカン)・女じょ性せいは排はい除じょされました。 この矛む盾じゅんは 19 世せい紀き南北戦争なんぼくせんそうや 20 世せい紀き公民権運動こうみんけんうんどうまで引ひき継つがれます。

ポイント: アメリカ独どく立りつ革かく命めいは 「植しょく民みん地ちが自じ力りきで共きょう和国わこくを樹じゅ立りつした」 史上しじょう初はつの例れい として世せ界かい中に影えい響きょうを与あたえました。 一いっ方ぽうで、 その 「平びょう等どう」 が万まん人にんに適てき用ようされるまでには長ながい闘たたかいが必ひつ要ようだったことも忘わすれてはなりません。

3. フランス革命かくめい

旧きゅう体制たいせい (アンシャン・レジーム) の矛盾むじゅん

革かく命めい直ちょく前ぜんのフランスは アンシャン・レジーム (旧きゅう体たい制せい) と呼よばれる身み分制社しゃ会かいでした。

身み分ぶん構こう成せい特とく権
第だい 1 身み分ぶん聖せい職しょく者しゃ (約やく 0.5%)免めん税ぜい
第だい 2 身み分ぶん貴き族ぞく (約やく 1.5%)免めん税ぜい
第だい 3 身み分ぶん平へい民みん (97% 超ちょう) — ブルジョワジー・農のう民みん・都と市し民みん重税じゅうぜい

王おう室しつの浪ろう費ひ・対たい米べい独どく立たつ戦せん争そう援えん助すけ等とうで財ざい政せいが破は綻たん寸すん前ぜんとなり、 ルイ 16 世ルイじゅうろくせいは 1789 年ねん 5 月つき、 175 年ねんぶりに 三部会さんぶかい を召しょう集しゅうしました。

革命かくめいの勃発ぼっぱつ

第だい 3 身み分ぶん議ぎ員いんは議ぎ決けつ方ほう法を巡めぐって対たい立りつし、 6 月つき自みずからを 国民議会こくみんぎかい と宣せん言げん、 球技場の誓いきゅうぎじょうのちかい (テニスコートの誓ちかい) を行おこないました。

7 月つき 14 日にち、 パリ民みん衆しゅうが バスティーユ牢獄バスティーユろうごく襲しゅう撃げき を行おこない、 革かく命めいが始はじまりました (この日ひは現在げんざいフランスの革かく命いのち記き念ねん日び)。

8 月つき、 国こく民みん議会ぎかいは 封建制廃止ほうけんせいはいし宣せん言げん と 人権宣言じんけんせんげん (人および市民の権利の宣言ひとおよびしみんのけんりのせんげん) を発表はっぴょうし、 「自じ由ゆう・所しょ有ゆう・安あん全ぜん・圧あっ政せいへの抵てい抗こう」 を自し然しか権けんと認みとめました。

立憲りっけん君主くんしゅ制せい → 共和きょうわ政せい

1791 年ねん 1791 年憲法1791 としけんぽう で立りっ憲けん君くん主しゅ制が成せい立りつしましたが、 ルイ 16 世ルイじゅうろくせいの国こく外がい逃とう亡ぼう未み遂すい (ヴァレンヌ逃亡事件ヴァレンヌとうぼうじけん) で信しん用ようを失うしないました。

1792 年ねん 第一共和政だいいちきょうわせい が樹じゅ立りつされ、 翌年よくねんルイ 16 世ルイじゅうろくせいは処しょ刑けいされました。

革かく命めいを警けい戒かいした周しゅう辺へん諸しょ国こく (オーストリア・プロイセン等とう) との 革命戦争かくめいせんそう が始はじまり、 国こく内ないでは ジャコバン派ジャコバンは (ロベスピエールろべすぴえーる) が主しゅ導どうする 恐怖政治きょうふせいじ が行おこなわれ、 革かく命いのち反はん対派数すう万まん人にんがギロチンにかけられました。

1794 年ねん テルミドール 9 日のクーデターテルミドール 9 にちのクーデター でロベスピエールが処しょ刑けいされ、 恐きょう怖ふ政治せいじは終おわり、 1795 年ねん 総裁政府そうさいせいふ、 1799 年ねん ナポレオンなぽれおんのブリュメール 18 日にちのクーデター へと続つづきました。

大事だいじ: フランス革命ふらんすかくめいは 人権宣言じんけんせんげんという普ふ遍へん的価か値あたい を生うみ出だすと同時どうじに、 恐きょう怖こわ政治せいじ・革かく命いのち戦せん争そうという大だい量の流りゅう血けつ を招まねきました。 革かく命めいを評ひょう価あたいする際さいは 理り念ねんと暴ぼう力りょくの両りょう面めん、 そして当とう時じと後こう世せいへの影えい響きょうを多た角かく的てきに考かんがえる姿し勢せいが必ひつ要ようです。

4. ナポレオンとヨーロッパ再編さいへん

ナポレオンの台頭たいとう

ナポレオン・ボナパルト (1769 〜 1821) はコルシカ島出しゅっ身しんの軍ぐん人じんで、 革かく命いのち戦せん争そうで頭とう角かくを現あらわし、 1799 年ブリュメール 18 日のクーデターブリュメール 18 にちのクーデターで政せい権けんを掌しょう握あく、 1804 年ねん国こく民みん投とう票ひょうで 皇こう帝ていナポレオン 1 世ナポレオンいっせい に即そく位いしました。

ナポレオン法典ほうてんと内政ないせい

1804 年ねん ナポレオン法典なぽれおんほうてん (フランス民法典フランスみんぽうてん) を制せい定ていしました。 これは 法ほうの前まえの平びょう等どう・私し有ゆう財ざい産さんの不ふ可か侵・契けい約やくの自じ由ゆう など革かく命めいの成せい果かを体たい系けい化かし、 後ごの多おおくの国くにの民法みんぽうのモデルとなりました。

中ちゅう央ひさし集しゅう権化ごんげ、 フランス銀行フランスぎんこう設せつ立りつ、 公こう教育きょういく整せい備び等とうも進すすめました。

大陸たいりく制覇せいはと没落ぼつらく

ナポレオン軍ぐんはヨーロッパ各かっ国こくを撃げき破はし、 一いっ時期じきヨーロッパ大たい部ぶ分ぶんを支し配下はいかに置おきました。 神聖ローマ帝国しんせいろーまていこくも 1806 年ねんに解かい体たいされました。

戦たたかい結けっ果か
アウステルリッツの戦たたかい (1805)三さん帝みかど (仏ふつ・墺おう・露ろ) 会かい戦せん、 ナポレオン大たい勝しょう
トラファルガー海戦トラファルガーかいせん (1805)英えい海軍かいぐんネルソンが仏ふつ西にし連れん合ごう艦かん隊たい撃げき破は、 イギリス制せい海権確かく立りつ
大陸封鎖令たいりくふうされい (1806)イギリスとの通つう商しょう禁きん止し、 経けい済すみ戦せん
ロシア遠征ロシアえんせい (1812)大たい失敗しっぱい、 60 万まん軍ぐんが寒かん波ぱで壊かい滅めつ
ライプツィヒの戦たたかい (諸しょ国民こくみん戦せん争そう、 1813)ナポレオン大たい敗はい
ワーテルローの戦たたかい (1815)最さい終しゅう敗はい北ぼく、 セントヘレナ島とうへ流る刑けい

ナポレオンの両義りょうぎ性せい

ナポレオンは 革かく命めいの理り念ねん (法ほうの平びょう等どう・能のう力りょく主しゅ義ぎ) をヨーロッパ各かっ国こくに広ひろげた一いち方、 自みずからは皇こう帝ていとなり、 周しゅう辺へん諸しょ国こくを征せい服ふくし、 兄きょう弟だいを王おうとして配はい置ちするなど 侵しん略りゃく者しゃ としての顔かおも持もちました。 占せん領地りょうちではナポレオンに対たいする 国こく民みん主しゅ義ぎ (ナショナリズム) が育そだち、 後ごの 19 世せい紀き各かっ国こくの統とう一いつ・独どく立たつ運うん動どうの種たねを撒まきました。

5. ウィーン体制たいせいと 19 世紀せいき前半ぜんはんの諸しょ革命かくめい

ウィーン会議かいぎ

ナポレオン戦争せんそう後ごの国こく際さい秩ちつ序じょを決きめるため、 1814 〜 15 年ねん ウィーン会議うぃーんかいぎ がオーストリア外がい相しょうメッテルニヒの主しゅ導どうで開ひらかれました。 基き本ほん原げん則そくは、

  • 正統主義せいとうしゅぎ — フランス革かく命いのち前まえの王おう朝ちょう・国こっ境きょうを復ふっ活かつ
  • 勢力均衡せいりょくきんこう — 大たい国くに間かんのバランスを維い持じ

成せい立りつした国こく際きわ体たい制せいを ウィーン体制うぃーんたいせい と呼よびます。 四国同盟しこくどうめい (英えい・墺おう・普ひろし・露ろ)・神聖同盟しんせいどうめい (露ろ・墺おう・普ひろし) で自じ由ゆう主しゅ義ぎ・国こく民みん主しゅ義ぎ運うん動どうを抑おさえ込こもうとしました。

1830 年ねんと 1848 年ねんの革命かくめい

しかし国こく民みんの自じ由ゆうと統とう一いつを求もとめる動うごきは抑おさえられず、

  • 七月革命しちがつかくめい (1830、 フランス) — シャルル 10 世よを追つい放ほう、 ルイ・フィリップの七しち月つき王おう政せい
  • ベルギー独どく立りつ (1830)
  • 二月革命にがつかくめい (1848、 フランス) — 第二共和政だいにきょうわせい、 ルイ・ナポレオン (後ごのナポレオン 3 世ナポレオンさんせい) 大統領だいとうりょう当とう選せん
  • 諸国民の春しょこくみんのはる (1848) — ドイツ・オーストリア・イタリア・ハンガリーで革かく命めい

ウィーン体たい制せいは 1848 年ねんの諸しょ革かく命めいで事じ実上崩ほう壊こわし、 自じ由ゆう主しゅ義ぎと国こく民みん主しゅ義ぎが 19 世せい紀き後こう半はんの主しゅ流りゅうとなりました。

イギリスの漸進ぜんしん改革かいかく

イギリスでは革かく命めいではなく議ぎ会かい改かい革かくを重かさねました。

  • 第 1 回選挙法改正だい 1 かいせんきょほうかいせい (1832) — 産さん業ごう資し本家ほんけに選せん挙きょ権けん
  • 穀物法廃止こくもつほうはいし (1846) — 自じ由ゆう貿ぼう易えきの確かく立りつ
  • 航海法廃止こうかいほうはいし (1849)

19 世せい紀き中ちゅう葉よう、 ヴィクトリア女じょ王おう治ち世よ下かのイギリスは 「世せ界かいの工こう場じょう」 と呼よばれ繁はん栄えいしました。

6. ラテンアメリカ独立どくりつとアメリカの拡大かくだい

ラテンアメリカ諸国しょこくの独立どくりつ

19 世せい紀き初しょ頭とう、 ナポレオンによる本ほん国ごくスペイン・ポルトガルの混こん乱らんを機きに、 中ちゅう南なん米べいで独どく立たつ運うん動どうが高たかまりました。

  • シモン・ボリバル — ベネズエラ・コロンビア・エクアドル・ペルー・ボリビア独どく立りつを指し導どう
  • サン・マルティン — アルゼンチン・チリ・ペルー独どく立りつを指し導どう
  • ハイチ — 1804 年黒こく人じん奴ど隷れいの蜂ほう起きで独どく立りつ (世せ界さかい初はつの黒こく人じん共きょう和国わこく)
  • ブラジル — 1822 年ねんポルトガルから独どく立りつ、 ブラジル帝てい国こく

アメリカ合がっ衆しゅう国こくは 1823 年ねん モンロー宣言モンローせんげん でヨーロッパの干かん渉しょう拒きょ否ひを宣せん言げんしました。

アメリカの西部せいぶ開拓かいたくと南北戦争なんぼくせんそう

合がっ衆しゅう国こくは 19 世せい紀きを通つうじて西せい部ぶへ領りょう土どを拡かく大だい (マニフェスト・デスティニー = 「明白めいはくな天てん命めい」 と自みずから正せい当とう化か) し、 ルイジアナ購こう入にゅう (1803、 ナポレオンから)・アラスカ購こう入にゅう (1867、 露ろから) 等とうで領りょう土どを倍ばい増まさせました。 しかし西せい部ぶ開かい拓たくは 先住民せんじゅうみん から土地とちを奪うばい、 強きょう制せい移い住じゅうと戦せん争そうで多大ただいな犠ぎ牲せいを強しいました (「涙なみだの道みち」 等とう)。

南なん北ぼくでは 奴ど隷れい制と関かん税ぜい を巡めぐって対たい立りつが深ふかまり、 1861 年ねん 南北戦争なんぼくせんそう (アメリカ南北戦争アメリカなんぼくせんそう) が勃ぼっ発ぱつ。 北ほく部ぶリンカーン大統領だいとうりょうは 奴隷解放宣言どれいかいほうせんげん (1863) を出だし、 1865 年北ほく部ぶが勝しょう利り、 奴ど隷れい制が廃はい止よされました。 しかし南なん部ぶでは黒こく人ひと差さ別べつが続つづき、 公こう民権みんけん運うん動どう (20 世せい紀き半なかば) まで続つづく課か題だいとなりました。

7. 19 世紀せいきの国民こくみん国家こっか形成けいせいと文化ぶんか

イタリア・ドイツの統一とういつ

19 世せい紀き後こう半はん、 多数たすうの小国しょうこくに分わかれていたイタリアとドイツが統とう一いつされました。

国くに主しゅ導どう者しゃ出で来らい事こと
イタリアガリバルディ・カヴールかゔーるサルデーニャ王国おうこく主しゅ導どうで 1861 年イタリア王国いたりあおうこく成せい立りつ
ドイツビスマルクびすまるくプロイセン主しゅ導どう、 普ひろし墺おう戦争せんそう (1866)・普仏戦争ふふつせんそう (1870 〜 71) を経へて 1871 年ドイツ帝国どいつていこく成せい立りつ

ビスマルクびすまるくの 「鉄血政策てっけつせいさく」 (鉄てつ = 武器ぶき、 血ち = 兵へい士し) と巧こう妙みょうな外がい交こうで、 ドイツはヨーロッパの強国きょうこくとなりました。

ロシアの改革かいかくと反動はんどう

ロシアではクリミア戦争クリミアせんそう (1853 〜 56、 英えい仏ふつに敗はい北ぼく) の教訓きょうくんから、 アレクサンドル 2 世アレクサンドルにせいが 1861 年ねん 農奴解放令のうどかいほうれい を発布はっぷ。 しかし改かい革かくは不ふ徹てっ底ていで、 後ごの革かく命めい (20 世せい紀き初しょ頭とう) の種たねとなりました。

19 世紀せいきの文化ぶんか

  • ロマン主義ロマンしゅぎ — 個こ性せい・感かん情じょう・国こく民みん文ぶん化か重じゅう視し。 ゲーテ・シラー・ショパン・ドラクロワ
  • 写実主義しゃじつしゅぎ / 自然主義しぜんしゅぎ — 社しゃ会かいの現げん実じつを描えがく。 バルザック・ゾラ
  • 印象派いんしょうは — モネ・ルノワール
  • 科学かがく — ダーウィンだーうぃん 『種たねの起き源げん』 (1859)、 メンデルめんでる遺い伝でん法ほう則そく
  • 国こく民みん教育きょういく・新聞しんぶん の普ふ及きゅうで 「国こく民みん」 意識いしきが形けい成せい

まとめ・安全あんぜん配慮はいりょと学習がくしゅうのヒント

この章しょうの要よう点てん

  • 産業革命さんぎょうかくめいは 生せい産さんと階かい級きゅう構こう造ぞう を一いっ変ぺんさせた
  • アメリカ独立革命あめりかどくりつかくめいは 植しょく民みん地ち独どく立たと共きょう和わ制せい の先せん例れいとなった
  • フランス革命ふらんすかくめいは 人じん権けん・自じ由ゆう・平びょう等どう の普ふ遍的理り念ねんを確かく立りつしたが、 暴ぼう力りょくも伴ともなった
  • ナポレオンなぽれおんは革かく命めいを広ひろげる一いっ方ぽうで各かっ国こくの国こく民みん主しゅ義ぎを育そだてた
  • ウィーン体制うぃーんたいせいは 1848 年ねんで崩ほう壊かい、 19 世せい紀きは自じ由ゆう主しゅ義ぎ・国こく民みん主しゅ義ぎが主しゅ流りゅうになった

革命かくめいの 「光ひかり」 と 「影かげ」 を同時どうじに見みる

革かく命めいを学まなぶときに大切たいせつなのは、 理り念ねん (人じん権けん・自じ由ゆう・平びょう等どう) と 暴ぼう力りょく (恐きょう怖こわ政治せいじ・処しょ刑けい・戦せん争そう) の両りょう面めんを同時どうじに見みることです。 「革かく命めい = 善ぜん」 「革かく命めい = 悪あく」 と単たん純化じゅんかせず、 当とう時じの状じょう況きょう、 後ごの影えい響きょう、 多た様ような立たち場ばを多た角かく的てきに考えかんがえましょう。

また、 アメリカ独どく立りつ革かく命めいやフランス革かく命めいが掲かかげた 「平びょう等どう」 は、 当とう初しょ 奴ど隷れい・先せん住じゅう民みん・女じょ性せいを含ふくまなかった ことも学がく習上重じゅう要ようです。 「自じ由ゆうと平びょう等どう」 は一いち度どで完かん成せいしなかったことを知しることが、 現代げんだいにつながる視し点てんを育そだてます。

学習がくしゅうのヒント

  • イギリス (議ぎ会かい主しゅ義ぎで漸ぜん進しん改かい革かく) と フランス (急きゅう進しん革かく命めい) の違ちがいを比ひ較かく
  • 産業革命さんぎょうかくめいの技ぎ術じゅつ → 経けい済ざい → 社しゃ会かい の連鎖れんさを図ずで整せい理り
  • 1789 → 1799 → 1804 → 1815 という フランス革かく命めい 〜 ナポレオン期き の主しゅ要よう年表ねんぴょうを暗あん記き

次じの章しょうでは: 19 世せい紀き末のまつ 〜 20 世せい紀き前ぜん半はんの 帝国主義ていこくしゅぎ と 第一次世界大戦だいいちじせかいたいせん、 ロシア革命ろしあかくめいを学まなびます。

まとめ — 産業革命さんぎょうかくめいと市民しみん革命かくめいを 3 行くだりで

  • イギリスで始はじまった産業革命さんぎょうかくめいが蒸気じょうき機関きかんと工場こうじょう制せい機械きかい工業こうぎょうで生産せいさんと階級かいきゅう構造こうぞうを一変いっぺんさせた
  • アメリカ独立革命あめりかどくりつかくめいが共和きょうわ制せいの先例せんれいとなり、 フランス革命ふらんすかくめいが人権じんけんと自由じゆう平等びょうどうの理念りねんを確立かくりつ (ただし暴力ぼうりょくも伴ともなう)
  • ナポレオンなぽれおんが革命かくめいを拡大かくだいし各国かっこくに国民こくみん主義しゅぎを育そだて、 ウィーン体制うぃーんたいせい崩壊ほうかい後ごは自由じゆう主義しゅぎ・国民こくみん主義しゅぎが 19 世紀せいきの主流しゅりゅうとなった
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学がく習しゅうロードマップ(10件けん)
  1. 1世界せかい史しへの扉とびら (時代じだい区分くぶん・史料しりょう・諸しょ地域ちいき)
  2. 2古代こだいオリエント・ギリシャ・ローマ
  3. 3古代こだいインド・中国ちゅうごく・東南とうなんアジア
  4. 4中世ちゅうせいヨーロッパとイスラム世界せかい
  5. 5中世ちゅうせい東ひがしアジア (隋ずい唐とう宋そう元明もとあき清きよし・モンゴル)
  6. 6近世きんせいヨーロッパ (ルネサンス・宗教しゅうきょう改革かいかく・大だい航海こうかい・絶対ぜったい王政おうせい)
  7. 7産業革命さんぎょうかくめいと市民しみん革命かくめい (英えい・米べい・仏ふつとナポレオン)
  8. 8帝国ていこく主義しゅぎと第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせん (列強れっきょうの拡大かくだいと大戦たいせん・ロシア革命かくめい)
  9. 9第だい二に次じ世界せかい大戦たいせんと冷戦れいせん (恐慌きょうこうから脱だつ植民しょくみん地ち化かまで)
  10. 10現代げんだい世界せかい (1990 年代ねんだい以降いこうのグローバル化かと地球ちきゅう的てき課題かだい)