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世界史探究

古代こだいオリエント・ギリシャ・ローマ

最終確認日:

このしょうまなぶこと

人類じんるい文明ぶんめいつくはじめたのは やく 5000 ねんぜん西にしアジアの メソポタミアめそぽたみあきたアフリカの エジプト でした。 この一帯いったいはまとめて オリエントおりえんとばれ、 のギリシャ・ローマ・イスラムの文明ぶんめい母体ぼたいとなりました。

このしょうでは、 古代こだい地中海ちちゅうかい世界せかい文明ぶんめいとおして、 都市とし国家こっかはじまり」 「ほう宗教しゅうきょうたんじょう」 「市民しみんとはなにか」まなびます。

  • メソポタミアめそぽたみあエジプト都市とし文明ぶんめい
  • ヘブライ・フェニキア・アッシリア・アケメネス朝あけめねすちょう興亡こうぼう
  • ギリシャポリスぽりす民主みんしゅせい、 アレクサンドロスの東征とうせい
  • ローマろーま共和きょうわせいから帝政ていせいキリスト教きりすときょう成立せいりつ

大事だいじ: 古代こだいオリエント・地中海ちちゅうかい西洋中心史観せいようちゅうしんしかんつよ投影とうえいされやすい領域りょういき です。 「ギリシャが民主みんしゅ主義しゅぎ起源きげん」 とわれますが、 実際じっさいにはペルシャやエジプトからおおくの知識ちしきいでいました。 一方いっぽうてき進歩しんぽ史観しかんないことが大切たいせつです。

1. メソポタミア文明ぶんめい

ギザの大ピラミッド群
ギザのピラミッド (エジプト、 紀元前きげんぜん 26 世紀せいき) — クフ・カフラー・メンカウラーの 3 おうはか古代こだいエジプトの象徴しょうちょう
古代ギリシャの神殿
パルテノン神殿ぱるてのんしんでん (アテネ、 BC 5 世紀せいき) — ペリクレスぺりくれす時代じだいのギリシャ神殿しんでん。 ドリスしきれつばしら黄金おうごん
古代ローマの円形闘技場
コロッセオ (古代こだいローマ、 80 ねん完成かんせい) — 5 まんにん収容しゅうよう円形えんけい闘技とうぎじょう帝政ていせいローマの象徴しょうちょう

かわ都市とし

メソポタミアめそぽたみあ (ギリシャで 「かわ」) とは、 ティグリス川ティグリスがわユーフラテス川ユーフラテスがわはさまれた地域ちいき (現在げんざいのイラク周辺しゅうへん) をします。 紀元前きげんぜん 3500 ねんごろ、 この一帯いったいシュメール人しゅめーるじん都市とし国家こっかつくりました。 ウル・ウルク・ラガシュとう有名ゆうめいです。

要素ようそせつめい
灌漑農業かんがいのうぎょうかわみずいてむぎそだてる
ジッグラトじっぐらとたかだん神殿しんでん
楔形文字くさびがたもじ (くさびがた)ねんいたきざんだ文字もじ
60進法60しんほう時計とけい (60 ぶん・60 びょう)・角度かくどもと

統一とういつ法典ほうてん

紀元前きげんぜん 18 世紀せいきバビロン第1王朝バビロンだい1おうちょうおう ハンムラビ がメソポタミアを統一とういつしました。 かれ制定せいていした ハンムラビ法典はんむらびほうてん は、 「にはを、 には」 のどうがいふくしゅう法でられます。

ポイント:にはを」 はざんこくこえますが、 じつ復讐ふくしゅうを 「同等どうとうまで」 に限定げんていした ほうで、 当時とうじとしては進歩しんぽてきでした。 ただし身分みぶん (自由じゆうみん奴隷どれい) によりばっことなるひとし身分制みぶんせい前提ぜんていであったてん注意ちゅうい必要ひつようです。

そののメソポタミア

紀元前きげんぜん 16 世紀せいきカッシート人カッシートじん紀元前きげんぜん 9 世紀せいきにアッシリアが一帯いったい支配しはいし、 紀元前きげんぜん 612 ねん新バビロニアしんバビロニアおこりました。

2. エジプト文明ぶんめい

ナイルのたまもの

エジプトナイル川ないるがわ 流域りゅういき発達はったつしました。 ギリシャの歴史れきしヘロドトスへろどとすは 「エジプトはナイルの賜物たまもの」 とべ、 かわ定期ていきてきはんらんよくはこび、 農業のうぎょうささえたことを表現ひょうげんしました。

紀元前きげんぜん 3000 ねんごろ、 上エジプトうえエジプト下エジプトしもエジプト統一とういつされ、 ファラオふぁらおばれるおうおさめました。

時期じきおも出来事できごと
王国おうこく (まえ 27 〜 まえ 22 世紀せいき)ピラミッドぴらみっどけんせつ (クフ王くふおう等)
ちゅう王国おうこく (まえ 21 〜 まえ 18 世紀せいき)テーベを中心ちゅうしん復興ふっこう
しん王国おうこく (まえ 16 〜 まえ 11 世紀せいき)ヒッタイトと対立たいりつ、 ラムセス 2

文化ぶんか宗教しゅうきょう

  • 象形文字しょうけいもじ (ヒエログリフひえろぐりふ) — パピルスや神殿しんでんかべきざまれた
  • 死者の書ししゃのしょ来世らいせ信仰しんこうむすびつく
  • 太陽暦たいようれき — 1 ねんを 365 区切くぎる (現代げんだいこよみもと)
  • ミイラ来世らいせ復活ふっかつするための遺体いたいぞん

大事だいじ: ピラミッドぴらみっどは 「奴隷どれい強制きょうせい労働ろうどうつくられた」 とながらくしんじられてきましたが、 現在げんざい研究けんきゅうでは のう農民のうみん賃金ちんぎん食料しょくりょうってはたらいた公共こうきょう事業じぎょう であったことがかってきました。 ふる通説つうせつ史料しりょう考古学こうこがく修正しゅうせいされたれいです。

3. オリエントのしょ民族みんぞく

うみみん内陸ないりくみん

紀元前きげんぜん 1200 ねんごろ、 「海の民うみのみん」 とばれる集団しゅうだんひがし地中海ちちゅうかいおそい、 既存きそんしょ帝国ていこくるがしました。 その、 いくつかの民族みんぞく台頭たいとうします。

民族みんぞくおもぎょうせき
フェニキア人ふぇにきあじん地中海ちちゅうかい交易こうえきアルファベットあるふぁべっともとつく
ヘブライ人へぶらいじん (イスラエル人イスラエルじん)ユダヤ教ゆだやきょう確立かくりつ旧約聖書きゅうやくせいしょ
アラム人アラムじん内陸ないりく交易こうえきアラム語アラムご国際こくさい商業しょうぎょう

ヘブライじんとユダヤ教

ヘブライ人へぶらいじんはエジプトから脱出だっしゅつし (出エジプトしゅつエジプト)、 パレスチナにヘブライ王国ヘブライおうこくてました。 ダビデ王ダビデおうソロモン王ソロモンおう時代じだいはんえいしましたが、 のちぶんれつし、 新バビロニアしんバビロニアによりバビロン捕囚ばびろんほしゅうされました。 このなんなか一神教いっしんきょう であるユダヤ教ゆだやきょう確立かくりつされます。

ユダヤ教ゆだやきょう経典きょうてん (旧約聖書きゅうやくせいしょ) は、 キリスト教きりすときょうイスラム教いすらむきょう共通きょうつう源流げんりゅうとなりました。

オリエントの統一とういつ

  • アッシリア (まえ 7 世紀せいき) — オリエント全域ぜんいきはじめて統一とういつじゅうぜい武力ぶりょく反発はんぱつまね
  • アケメネス朝あけめねすちょうペルシア (まえ 6 〜 まえ 4 世紀せいき) — キュロス2世キュロス2せいダレイオス1世ダレイオス1せいかんよう統治とうちだい帝国ていこくきず

アケメネス朝あけめねすちょうサトラップ制さとらっぷせい (州知事制しゅうちじせい) と 王の道おうのみち整備せいびし、 民族みんぞくをまとめました。

ポイント: アケメネス朝あけめねすちょうはしばしば 「多様たようせい尊重そんちょうした古代こだい帝国ていこく」 と評価ひょうかされます。 各地かくち宗教しゅうきょう慣習かんしゅうみとめ、 バビロン捕囚ばびろんほしゅうのヘブライじん解放かいほうしたこともそのれいです。

4. ギリシャポリスの世界せかい

ポリスの誕生たんじょう

ギリシャ では紀元前きげんぜん 8 世紀せいきごろ、 ポリスぽりすばれる都市とし国家こっか各地かくちまれました。 アテネあてねスパルタすぱるた・コリントスとう代表だいひょうれいです。

ポリスは 「アクロポリス (じょうのある高台たかだい)」 と 「アゴラ (広場ひろば)」 を中心ちゅうしんとし、 周囲しゅうい田園でんえん一体いったいで 1 つの国家こっか形作かたちづくりました。 ギリシャじんみずからを ヘレネス民族みんぞくバルバロイ (蛮族ばんぞく) とびました。

アテネとスパルタ

ポリス性格せいかくとくちょう
アテネあてね商業しょうぎょう民主みんしゅせいペリクレスぺりくれす直接民主政ちょくせつみんしゅせい学問がくもん芸術げいじゅつさかえる
スパルタすぱるた農業のうぎょう軍国ぐんこく主義しゅぎきびしい軍事ぐんじ訓練くんれん、 ヘイロタイ (隷属れいぞく農民のうみん) を支配しはい

アテネの民主みんしゅせい

アテネあてねでは、 紀元前きげんぜん 6 世紀せいきクレイステネス 改革かいかくから民主みんしゅせい発達はったつし、 紀元前きげんぜん 5 世紀せいきペリクレスぺりくれす 時代じだい完成かんせいしました。 民会みんかいぜん市民しみん直接ちょくせつ政治せいじ参加さんかする 直接民主政ちょくせつみんしゅせい でした。

大事だいじ: この民主みんしゅせいには 重要じゅうよう限界げんかい がありました。 政治せいじ参加さんかできるのは 成人せいじん男性だんせい市民しみんのみ で、 女性じょせい奴隷どれい在留ざいりゅう外国がいこくじん (メトイコイ) は除外じょがい されていました。 アテネの人口じんこうやく 25 まんにんのうち、 政治せいじ参加さんかできたのはわずかすうまんにんです。 「ギリシャ = 民主みんしゅ主義しゅぎ起源きげん」 と単純たんじゅんせず、 この限界げんかいさえましょう。

ペルシア戦争せんそうとペロポネソス戦争せんそう

  • ペルシア戦争ペルシアせんそう (まえ 500 〜 まえ 449 ねん) — アケメネス朝あけめねすちょうとギリシャポリス連合れんごうたたかい、 サラミスの海戦サラミスのかいせんマラトンの戦いマラトンのたたかいでギリシャが勝利しょうり
  • ペロポネソス戦争ペロポネソスせんそう (まえ 431 〜 まえ 404 ねん) — アテネあてね中心ちゅうしんデロス同盟デロスどうめいスパルタすぱるた中心ちゅうしんペロポネソス同盟ペロポネソスどうめいしょうとつ、 スパルタがつもギリシャ全体ぜんたいすい退たい

文化ぶんか黄金おうごん

  • 哲学てつがくソクラテスそくらてすプラトンぷらとんアリストテレスありすとてれす (西洋せいよう哲学てつがく源流げんりゅう)
  • 歴史れきしがくヘロドトスへろどとす (歴史れきしちち)、 トゥキディデス
  • 悲劇ひげき — アイスキュロス・ソフォクレス・エウリピデス
  • 建築けんちくパルテノン神殿ぱるてのんしんでんドーリア式ドーリアしきイオニア式イオニアしきコリント式コリントしき

5. アレクサンドロスとヘレニズム

大王おおきみ東征とうせい

紀元前きげんぜん 4 世紀せいき、 ギリシャ北方ほっぽうマケドニアちからをつけ、 国王こくおう アレクサンドロス (アレクサンドロス3世アレクサンドロス3せいアレクサンドロス大王あれくさんどろすだいおう) はギリシャを統一とういつ、 ペルシアに遠征えんせいしました。

紀元前きげんぜん 334 〜 まえ 324 ねん、 わずか 10 ねんエジプト・アケメネス朝あけめねすちょうペルシア・北西ほくせいインド まで征服せいふく各地かくちに 70 以上いじょうアレクサンドリア という都市とし建設けんせつしました。

ヘレニズム文化ぶんか

アレクサンドロスの死後しご帝国ていこくは 3 つの王国おうこく (セレウコス朝セレウコスちょうプトレマイオス朝プトレマイオスちょうアンティゴノス朝アンティゴノスちょう) に分裂ぶんれつしましたが、 この一帯いったいギリシャ文化ぶんかとオリエント文化ぶんかゆうごうしたヘレニズムへれにずむ文化ぶんかさかえました。

分野ぶんやぎょうせき
数学すうがくエウクレイデス (ユークリッド) の 「原論げんろん
物理ぶつりアルキメデスのりょく原理げんり
哲学てつがくストア派すとあはエピクロス派えぴくろすは
美術びじゅつ「ミロのヴィーナス」 「ラオコーン」

ポイント: ヘレニズムへれにずむ文化ぶんかインドのガンダーラ美術がんだーらびじゅつ (仏像ぶつぞうはじまり) や ローマろーま文化ぶんかおおきな影響えいきょうあたえました。 ギリシャ文化ぶんか一方いっぽうてきひろがったのではなく、 各地かくち文化ぶんか相互そうご影響えいきょうったてん大切たいせつです。

6. ローマ — 共和きょうわせいから帝政ていせい

ローマの起源きげん

ローマろーま紀元前きげんぜん 8 世紀せいきごろ、 イタリア半島はんとう中部ちゅうぶテヴェレ川テヴェレがわ沿いに建設けんせつされたとされます。 当初とうしょ王政おうせいでしたが、 紀元前きげんぜん 6 世紀せいきおう追放ついほうして 共和政きょうわせい移行いこうしました。

共和きょうわせいのしくみ

機関きかん役割やくわり
コンスル (執政官しっせいかん)任期にんき 1 ねん、 2 行政ぎょうせい軍事ぐんじ最高さいこうしょく
元老院げんろういん (セナトゥス)貴族きぞく (パトリキ) で構成こうせい助言じょげん機関きかんだが実権じっけんだい
民会みんかい平民へいみん (プレブス) をふく立法りっぽう機関きかん

紀元前きげんぜん 5 〜 まえ 3 世紀せいき平民へいみん貴族きぞく闘争とうそう (身分闘争みぶんとうそう) をて、 十二表法じゅうにひょうほう (まえ 450 ねんごろ) や ホルテンシウス法ホルテンシウスほう (まえ 287 ねん) により平民へいみん権利けんり拡大かくだいしました。

地中海ちちゅうかい制覇せいは

ローマは ポエニ戦争ぽえにせんそう (まえ 264 〜 まえ 146 ねんぜん 3 かい) できたアフリカの カルタゴかるたごやぶり、 西にし地中海ちちゅうかいけんにぎりました。 だい 2 かいではカルタゴの名将めいしょう ハンニバルはんにばる がローマをくるしめました。

その、 マケドニア・ギリシャ・セレウコス朝セレウコスちょうプトレマイオス朝プトレマイオスちょう等を次々つぎつぎ征服せいふくし、 紀元前きげんぜん 1 世紀せいきには地中海ちちゅうかい全域ぜんいき支配しはいしました。

共和きょうわせい危機きき帝政ていせい

征服せいふくとみ流入りゅうにゅうし、 平民へいみん貴族きぞく経済けいざい格差かくさ拡大かくだいグラックス兄弟グラックスきょうだい改革かいかく (まえ 2 世紀せいきまつ) も失敗しっぱいし、 内乱の1世紀ないらんの1せいき突入とつにゅうしました。

カエサルかえさる独裁どくさいはじめますが、 紀元前きげんぜん 44 ねん暗殺あんさつ。 その養子ようし オクタウィアヌス紀元前きげんぜん 27 ねん元老院げんろういんから アウグストゥスあうぐすとぅす (尊厳者そんげんしゃ) の称号しょうごうけ、 事実じじつじょう皇帝こうていとなりました。 ここから ローマ帝国ろーまていこく (帝政ていせい) がはじまります。

パクス・ロマーナ

紀元前きげんぜん 27 〜 紀元きげん 180 ねんごろまでのやく 200 年間ねんかんローマ帝国ろーまていこくは 「パクス・ロマーナ (ローマの平和ろーまのへいわ)」 とばれる安定あんていむかえました。 トラヤヌス帝トラヤヌスみかど時代じだい (98 〜 117 ねん) に帝国ていこく最大さいだい版図はんとたっし、 ブリテンとうからメソポタミアまでひろがりました。

ぎょうせき内容ないよう
ローマ法ローマほう十二表法じゅうにひょうほうから発展はってんのヨーロッパほう基礎きそ
ローマ街道ローマかいどう「すべてのみちはローマにつうず」
コロッセウム円形えんけい闘技とうぎじょう
水道橋すいどうばし都市としへの給水きゅうすい
ラテン語らてんご西欧せいおう共通きょうつうのロマンス諸語しょごもと

大事だいじ: パクス・ロマーナは 支配しはいされたがわからると 「平和へいわ」 とはかぎらない ことに注意ちゅうい必要ひつようです。 ガリア (げんフランス) やブリタンニア (げんイギリス) の部族ぶぞく征服せいふくされ、 おおくの人々ひとびと奴隷どれいとされました。 「平和へいわ」 はかならず 「だれにとっての平和へいわか」 を必要ひつようがあります。

7. キリストきょう成立せいりつ拡大かくだい

イエスと初期しょき教会きょうかい

ローマのぞくしゅうとなったパレスチナで、 1 世紀せいき初頭しょとうイエスいえす (ナザレのイエス) が活動かつどうしました。 かれ隣人愛りんじんあいしんくに到来とうらいき、 既存きそんユダヤ教ゆだやきょう指導しどう対立たいりつ紀元きげん 30 ねんごろ、 ローマろーま総督そうとくピラトにより 十字架じゅうじか処刑しょけいされました。

弟子でしたちは 「イエスは復活ふっかつした」 としんじ、 「かみキリスト (救世主きゅうせいしゅ)」 としておしえをひろめました。 これが キリスト教きりすときょうはじまりです。

迫害はくがい公認こうにん

初期しょきのキリスト教徒きょうとはローマ皇帝こうてい礼拝れいはいこばんだため、 迫害はくがい (はくがい) をけました。 ネロ帝ネロみかどディオクレティアヌス帝ディオクレティアヌスみかどだい迫害はくがいられます。

しかし 4 世紀せいき状況じょうきょう一変いっぺんします。

ねん出来事できごと
313 ねんコンスタンティヌス帝こんすたんてぃぬすていミラノ勅令みらのちょくれいキリスト教きりすときょう公認こうにん
325 ねんニケーア公会議にけーあこうかいぎ三位一体さんみいったいせつ正統せいとうとされる
392 ねんテオドシウス帝ておどしうすていキリスト教きりすときょう国教こっきょう とし、 宗教しゅうきょう禁止きんし

ローマ帝国ろーまていこく分裂ぶんれつ衰退すいたい

395 ねんテオドシウス帝ておどしうすてい死後しご帝国ていこく西ローマ帝国にしろーまていこく東ローマ帝国ひがしろーまていこく分裂ぶんれつしました。 西にしローマは 476 ねんゲルマン人げるまんじんによりほろび、 ひがしローマ (ビザンツ帝国びざんつていこく) は 1453 ねんまで存続そんぞくします。

ポイント: ローマ帝国ろーまていこく衰退すいたい原因げんいん諸説しょせつ あります。 「キリストきょう普及ふきゅう軍事ぐんじりょくちた」 「ゲルマンじんだい移動いどう」 「気候きこう変動へんどうやくびょう」 「経済けいざい通貨つうか混乱こんらんひとし学者がくしゃにより重視じゅうしする要因よういんことなります。 1 つの答えこたえびつかず、 複数ふくすう要因よういんからったと理解りかいしましょう。

8. 安全あんぜん倫理りんり配慮はいりょとまとめ

古代こだい遺跡いせきたずねるマナー

ピラミッドぴらみっどパルテノン神殿ぱるてのんしんでん・コロッセウムとう古代こだい遺跡いせき世界中せかいじゅうから観光かんこうきゃくあつめます。 おとずれるさいつぎのマナーをまもりましょう。

  • 遺跡いせきれない・のぼらない・落書らくがきしないおおくの遺跡いせきすうせんねん風化ふうかえてきた貴重きちょう遺産いさんです
  • せきすなかえらないおおくのくに法律ほうりつ違反いはんかえ観光かんこうきゃくえると遺跡いせきうしなわれます
  • 写真しゃしん撮影さつえいのルールをまも — フラッシュ禁止きんし三脚さんきゃく禁止きんしとう場所ばしょがあります
  • 現地げんち宗教しゅうきょう施設しせつでは服装ふくそう行動こうどう配慮はいりょ神殿しんでん・モスク・教会きょうかいではしゅつひかえ、 しずかに

古代こだいまなうえでの注意ちゅうい

  • 古代こだい文明ぶんめいを 「ゆうれつ」 でくらべない — メソポタミア・エジプト・インダス・黄河こうがの 4 文明ぶんめいはそれぞれ独自どくじ達成たっせいち、 「どれがすすんでいたか」 は意味いみのない問いといです
  • 「ギリシャ・ローマ = 西洋せいよう文明ぶんめい起源きげん」 を絶対ぜったいしない実際じっさいにはメソポタミア・エジプト・ペルシアからおおくをぎました
  • 奴隷どれいせいせい差別さべつを 「当時とうじとしては仕方しかたない」 でわらせない現代げんだい価値かちかん過去かこ一方いっぽうてきさばかないことは大切たいせつですが、 同時どうじ当時とうじでもくるしんでいたひとがいた」 という視点してんわすれないこと
  • 複数ふくすう解釈かいしゃくひらかれているローマ帝国ろーまていこく衰退すいたい原因げんいんキリスト教きりすときょう拡大かくだい要因よういんとう学者がくしゃによりせつおおきくことなる論点ろんてん多数たすうあります

このしょうのポイント

  • オリエント — メソポタミア・エジプトで都市としほう文字もじまれた
  • しょ民族みんぞく — フェニキア・ヘブライ・ペルシアがそれぞれの役割やくわりたした
  • ギリシャ — ポリスと民主みんしゅせい (ただし限界げんかいあり)、 哲学てつがく芸術げいじゅつ黄金おうごん
  • ヘレニズム — ギリシャとオリエントの融合ゆうごう文化ぶんか
  • ローマ共和きょうわせいから帝政ていせいへ、 ほう街道かいどう地中海ちちゅうかい統治とうち
  • キリスト教きりすときょう迫害はくがいから国教こっきょうへ、 西洋せいよう規定きてい

つぎしょう (Ch3) へ

しょうでは、 視点してんをアジアにうつし、 古代こだいインド・中国ちゅうごく東南とうなんアジア文明ぶんめいまなびます。 インダス文明いんだすぶんめいから仏教ぶっきょうヒンドゥー教ひんどぅーきょう成立せいりついんしゅうしんかん中国ちゅうごく統一とういつ王朝おうちょうシルクロードしるくろーど海域かいいきアジアの交易こうえきまで、 オリエント・地中海ちちゅうかいとはことなる独自どくじ文明ぶんめいけんをたどります。

まとめ — 古代こだいオリエント・ギリシャ・ローマを 3 くだり

  • オリエントおりえんとメソポタミアめそぽたみあハンムラビ法典はんむらびほうてんエジプトえじぷとピラミッドぴらみっどまれ、 フェニキア・ヘブライ・ペルシアが文字もじ宗教しゅうきょう役割やくわりたす
  • ギリシャではポリスぽりすアテネあてね民主みんしゅせい発達はったつペルシア戦争ペルシアせんそうヘレニズムへれにずむ文化ぶんか東西とうざい融合ゆうごうさせた
  • ローマろーま共和きょうわせいから帝政ていせい移行いこうローマの平和ろーまのへいわきずき、 キリスト教きりすときょう国教こっきょうされ西洋せいよう基軸きじくとなる
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がくしゅうロードマップ(10けん
  1. 1世界せかいへのとびら (時代じだい区分くぶん史料しりょうしょ地域ちいき)
  2. 2古代こだいオリエント・ギリシャ・ローマ
  3. 3古代こだいインド・中国ちゅうごく東南とうなんアジア
  4. 4中世ちゅうせいヨーロッパとイスラム世界せかい
  5. 5中世ちゅうせいひがしアジア (ずいとうそう元明もとあききよし・モンゴル)
  6. 6近世きんせいヨーロッパ (ルネサンス・宗教しゅうきょう改革かいかくだい航海こうかい絶対ぜったい王政おうせい)
  7. 7産業革命さんぎょうかくめい市民しみん革命かくめい (えいべいふつとナポレオン)
  8. 8帝国ていこく主義しゅぎだいいち世界せかい大戦たいせん (列強れっきょう拡大かくだい大戦たいせん・ロシア革命かくめい)
  9. 9だい世界せかい大戦たいせん冷戦れいせん (恐慌きょうこうからだつ植民しょくみんまで)
  10. 10現代げんだい世界せかい (1990 年代ねんだい以降いこうのグローバル地球ちきゅうてき課題かだい)