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世界史探究

古代こだいオリエント・ギリシャ・ローマ

最終確認日:

この章しょうで学まなぶこと

人類じんるいが文明ぶんめいを作つくり始はじめたのは 約やく 5000 年ねん前ぜん、 西にしアジアの メソポタミアめそぽたみあ と北きたアフリカの エジプト でした。 この一帯いったいはまとめて オリエントおりえんと と呼よばれ、 後ごのギリシャ・ローマ・イスラムの文明ぶんめいの母体ぼたいとなりました。

この章しょうでは、 古代こだい地中海ちちゅうかい世界せかいの文明ぶんめいを通とおして、 「都市としと国家こっかの始はじまり」 「法ほうと宗教しゅうきょうの誕たん生じょう」 「市民しみんとは何なにか」 を学まなびます。

  • メソポタミアめそぽたみあ と エジプト の都市とし文明ぶんめい
  • ヘブライ・フェニキア・アッシリア・アケメネス朝あけめねすちょう の興亡こうぼう
  • ギリシャ のポリスぽりすと民主みんしゅ政せい、 アレクサンドロスの東征とうせい
  • ローマろーま の共和きょうわ政せいから帝政ていせい、 キリスト教きりすときょうの成立せいりつ

大事だいじ: 古代こだいオリエント・地中海ちちゅうかいは 西洋中心史観せいようちゅうしんしかんが強つよく投影とうえいされやすい領域りょういき です。 「ギリシャが民主みんしゅ主義しゅぎの起源きげん」 と言いわれますが、 実際じっさいにはペルシャやエジプトから多おおくの知識ちしきを受うけ継ついでいました。 一方いっぽう的てきな進歩しんぽ史観しかんで見みないことが大切たいせつです。

1. メソポタミア文明ぶんめい

ギザの大ピラミッド群
ギザのピラミッド (エジプト、 紀元前きげんぜん 26 世紀せいき) — クフ・カフラー・メンカウラーの 3 王おうの墓はか。 古代こだいエジプトの象徴しょうちょう。
古代ギリシャの神殿
パルテノン神殿ぱるてのんしんでん (アテネ、 BC 5 世紀せいき) — ペリクレスぺりくれす時代じだいのギリシャ神殿しんでん。 ドリス式しき列れつ柱ばしらの黄金おうごん比ひ。
古代ローマの円形闘技場
コロッセオ (古代こだいローマ、 80 年ねん完成かんせい) — 5 万まん人にん収容しゅうようの円形えんけい闘技とうぎ場じょう。 帝政ていせい期きローマの象徴しょうちょう。

川かわと都市とし

メソポタミアめそぽたみあ (ギリシャ語ごで 「川かわの間ま」) とは、 ティグリス川ティグリスがわとユーフラテス川ユーフラテスがわに挟はさまれた地域ちいき (現在げんざいのイラク周辺しゅうへん) を指さします。 紀元前きげんぜん 3500 年ねんごろ、 この一帯いったいで シュメール人しゅめーるじん が都市とし国家こっかを作つくりました。 ウル・ウルク・ラガシュ等とうが有名ゆうめいです。

要素ようそ説せつ明めい
灌漑農業かんがいのうぎょう川かわの水みずを引ひいて麦むぎを育そだてる
ジッグラトじっぐらと高たかい段だんを持もつ神殿しんでん
楔形文字くさびがたもじ (くさびがた)粘ねん土ど板いたに刻きざんだ文字もじ
60進法60しんほう時計とけい (60 分ぶん・60 秒びょう)・角度かくどの元もと

統一とういつと法典ほうてん

紀元前きげんぜん 18 世紀せいき、 バビロン第1王朝バビロンだい1おうちょう の王おう ハンムラビ がメソポタミアを統一とういつしました。 彼かれが制定せいていした ハンムラビ法典はんむらびほうてん は、 「目めには目めを、 歯はには歯はを」 の同どう害がい復ふく讐しゅう法で知しられます。

ポイント: 「目めには目めを」 は残ざん酷こくに聞きこえますが、 実じつは 復讐ふくしゅうを 「同等どうとうまで」 に限定げんていした 法ほうで、 当時とうじとしては進歩しんぽ的てきでした。 ただし身分みぶん (自由じゆう民みん・奴隷どれい) により罰ばっが異ことなる等ひとし、 身分制みぶんせいが前提ぜんていであった点てんは注意ちゅういが必要ひつようです。

その後ごのメソポタミア

紀元前きげんぜん 16 世紀せいきにカッシート人カッシートじん、 紀元前きげんぜん 9 世紀せいきにアッシリアが一帯いったいを支配しはいし、 紀元前きげんぜん 612 年ねんに新バビロニアしんバビロニアが興おこりました。

2. エジプト文明ぶんめい

ナイルの賜たまもの

エジプト は ナイル川ないるがわ 流域りゅういきに発達はったつしました。 ギリシャの歴史れきし家かヘロドトスへろどとすは 「エジプトはナイルの賜物たまもの」 と述のべ、 川かわの定期ていき的てきな氾はん濫らんが肥ひ沃よくな土どを運はこび、 農業のうぎょうを支ささえたことを表現ひょうげんしました。

紀元前きげんぜん 3000 年ねんごろ、 上エジプトうえエジプトと下エジプトしもエジプトが統一とういつされ、 ファラオふぁらお と呼よばれる王おうが治おさめました。

時期じき主おもな出来事できごと
古こ王国おうこく (前まえ 27 〜 前まえ 22 世紀せいき)ピラミッドぴらみっど建けん設せつ (クフ王くふおう等)
中ちゅう王国おうこく (前まえ 21 〜 前まえ 18 世紀せいき)テーベを中心ちゅうしんに復興ふっこう
新しん王国おうこく (前まえ 16 〜 前まえ 11 世紀せいき)ヒッタイトと対立たいりつ、 ラムセス 2 世よ

文化ぶんかと宗教しゅうきょう

  • 象形文字しょうけいもじ (ヒエログリフひえろぐりふ) — パピルスや神殿しんでん壁かべに刻きざまれた
  • 死者の書ししゃのしょ — 来世らいせ信仰しんこうと結むすびつく
  • 太陽暦たいようれき — 1 年ねんを 365 日ひに区切くぎる (現代げんだいの暦こよみの元もと)
  • ミイラ — 来世らいせで復活ふっかつするための遺体いたい保ほ存ぞん

大事だいじ: ピラミッドぴらみっどは 「奴隷どれいの強制きょうせい労働ろうどうで作つくられた」 と長ながらく信しんじられてきましたが、 現在げんざいの研究けんきゅうでは 農のう閑期きの農民のうみんが賃金ちんぎんや食料しょくりょうを受うけ取とって働はたらいた公共こうきょう事業じぎょう であったことが分わかってきました。 古ふるい通説つうせつが史料しりょうと考古学こうこがくで修正しゅうせいされた良よい例れいです。

3. オリエントの諸しょ民族みんぞく

海うみの民みんと内陸ないりくの民みん

紀元前きげんぜん 1200 年ねんごろ、 「海の民うみのみん」 と呼よばれる集団しゅうだんが東ひがし地中海ちちゅうかいを襲おそい、 既存きそんの諸しょ帝国ていこくを揺ゆるがしました。 その後ご、 いくつかの民族みんぞくが台頭たいとうします。

民族みんぞく主おもな業ぎょう績せき
フェニキア人ふぇにきあじん地中海ちちゅうかい交易こうえき、 アルファベットあるふぁべっとの元もとを作つくる
ヘブライ人へぶらいじん (イスラエル人イスラエルじん)ユダヤ教ゆだやきょうを確立かくりつ、 旧約聖書きゅうやくせいしょ
アラム人アラムじん内陸ないりく交易こうえき、 アラム語アラムごが国際こくさい商業しょうぎょう語ごに

ヘブライ人じんとユダヤ教

ヘブライ人へぶらいじんはエジプトから脱出だっしゅつし (出エジプトしゅつエジプト)、 パレスチナにヘブライ王国ヘブライおうこくを建たてました。 ダビデ王ダビデおう・ソロモン王ソロモンおうの時代じだいに繁はん栄えいしましたが、 後のちに分ぶん裂れつし、 新バビロニアしんバビロニアによりバビロン捕囚ばびろんほしゅうされました。 この苦く難なんの中なかで 一神教いっしんきょう であるユダヤ教ゆだやきょうが確立かくりつされます。

ユダヤ教ゆだやきょうの経典きょうてん (旧約聖書きゅうやくせいしょ) は、 後ごの キリスト教きりすときょう・イスラム教いすらむきょう の共通きょうつうの源流げんりゅうとなりました。

オリエントの統一とういつ

  • アッシリア (前まえ 7 世紀せいき) — オリエント全域ぜんいきを初はじめて統一とういつ、 重じゅう税ぜいと武力ぶりょくで反発はんぱつを招まねく
  • アケメネス朝あけめねすちょうペルシア (前まえ 6 〜 前まえ 4 世紀せいき) — キュロス2世キュロス2せい・ダレイオス1世ダレイオス1せいが寛かん容ような統治とうちで大だい帝国ていこくを築きずく

アケメネス朝あけめねすちょうは サトラップ制さとらっぷせい (州知事制しゅうちじせい) と 王の道おうのみち を整備せいびし、 多た民族みんぞくをまとめました。

ポイント: アケメネス朝あけめねすちょうはしばしば 「多様たよう性せいを尊重そんちょうした古代こだい帝国ていこく」 と評価ひょうかされます。 各地かくちの宗教しゅうきょうや慣習かんしゅうを認みとめ、 バビロン捕囚ばびろんほしゅうのヘブライ人じんを解放かいほうしたこともその例れいです。

4. ギリシャポリスの世界せかい

ポリスの誕生たんじょう

ギリシャ では紀元前きげんぜん 8 世紀せいきごろ、 ポリスぽりす と呼よばれる都市とし国家こっかが各地かくちに生うまれました。 アテネあてね・スパルタすぱるた・コリントス等とうが代表だいひょう例れいです。

ポリスは 「アクロポリス (城じょうのある高台たかだい)」 と 「アゴラ (広場ひろば)」 を中心ちゅうしんとし、 周囲しゅういの田園でんえんと一体いったいで 1 つの国家こっかを形作かたちづくりました。 ギリシャ人じんは自みずからを ヘレネス、 異い民族みんぞくを バルバロイ (蛮族ばんぞく) と呼よびました。

アテネとスパルタ

ポリス性格せいかく特とく徴ちょう
アテネあてね商業しょうぎょう・民主みんしゅ政せいペリクレスぺりくれす、 直接民主政ちょくせつみんしゅせい、 学問がくもん・芸術げいじゅつが栄さかえる
スパルタすぱるた農業のうぎょう・軍国ぐんこく主義しゅぎ厳きびしい軍事ぐんじ訓練くんれん、 ヘイロタイ (隷属れいぞく農民のうみん) を支配しはい

アテネの民主みんしゅ政せい

アテネあてねでは、 紀元前きげんぜん 6 世紀せいきの クレイステネス 改革かいかくから民主みんしゅ政せいが発達はったつし、 紀元前きげんぜん 5 世紀せいきの ペリクレスぺりくれす 時代じだいに完成かんせいしました。 民会みんかいで全ぜん市民しみんが直接ちょくせつ政治せいじに参加さんかする 直接民主政ちょくせつみんしゅせい でした。

大事だいじ: この民主みんしゅ政せいには 重要じゅうような限界げんかい がありました。 政治せいじに参加さんかできるのは 成人せいじん男性だんせい市民しみんのみ で、 女性じょせい・奴隷どれい・在留ざいりゅう外国がいこく人じん (メトイコイ) は除外じょがい されていました。 アテネの人口じんこう約やく 25 万まん人にんのうち、 政治せいじ参加さんかできたのはわずか数すう万まん人にんです。 「ギリシャ = 民主みんしゅ主義しゅぎの起源きげん」 と単純たんじゅん化かせず、 この限界げんかいも押おさえましょう。

ペルシア戦争せんそうとペロポネソス戦争せんそう

  • ペルシア戦争ペルシアせんそう (前まえ 500 〜 前まえ 449 年ねん) — アケメネス朝あけめねすちょうとギリシャポリス連合れんごうが戦たたかい、 サラミスの海戦サラミスのかいせん・マラトンの戦いマラトンのたたかいでギリシャが勝利しょうり
  • ペロポネソス戦争ペロポネソスせんそう (前まえ 431 〜 前まえ 404 年ねん) — アテネあてね中心ちゅうしんのデロス同盟デロスどうめいとスパルタすぱるた中心ちゅうしんのペロポネソス同盟ペロポネソスどうめいが衝しょう突とつ、 スパルタが勝かつもギリシャ全体ぜんたいが衰すい退たい

文化ぶんかの黄金おうごん期き

  • 哲学てつがく — ソクラテスそくらてす・プラトンぷらとん・アリストテレスありすとてれす (西洋せいよう哲学てつがくの源流げんりゅう)
  • 歴史れきし学がく — ヘロドトスへろどとす (歴史れきしの父ちち)、 トゥキディデス
  • 悲劇ひげき — アイスキュロス・ソフォクレス・エウリピデス
  • 建築けんちく — パルテノン神殿ぱるてのんしんでん、 ドーリア式ドーリアしき・イオニア式イオニアしき・コリント式コリントしき

5. アレクサンドロスとヘレニズム

大王おおきみの東征とうせい

紀元前きげんぜん 4 世紀せいき、 ギリシャ北方ほっぽうの マケドニア が力ちからをつけ、 国王こくおう アレクサンドロス (アレクサンドロス3世アレクサンドロス3せい、 アレクサンドロス大王あれくさんどろすだいおう) はギリシャを統一とういつ後ご、 ペルシアに遠征えんせいしました。

紀元前きげんぜん 334 〜 前まえ 324 年ねん、 わずか 10 年ねんで エジプト・アケメネス朝あけめねすちょうペルシア・北西ほくせいインド まで征服せいふく。 各地かくちに 70 以上いじょうの アレクサンドリア という都市としを建設けんせつしました。

ヘレニズム文化ぶんか

アレクサンドロスの死後しご、 帝国ていこくは 3 つの王国おうこく (セレウコス朝セレウコスちょう・プトレマイオス朝プトレマイオスちょう・アンティゴノス朝アンティゴノスちょう) に分裂ぶんれつしましたが、 この一帯いったいで ギリシャ文化ぶんかとオリエント文化ぶんかが融ゆう合ごうしたヘレニズムへれにずむ文化ぶんか が栄さかえました。

分野ぶんや業ぎょう績せき
数学すうがくエウクレイデス (ユークリッド) の 「原論げんろん」
物理ぶつりアルキメデスの浮ふ力りょく原理げんり
哲学てつがくストア派すとあは・エピクロス派えぴくろすは
美術びじゅつ「ミロのヴィーナス」 「ラオコーン」

ポイント: ヘレニズムへれにずむ文化ぶんかは後ごに インドのガンダーラ美術がんだーらびじゅつ (仏像ぶつぞうの始はじまり) や ローマろーま文化ぶんか に大おおきな影響えいきょうを与あたえました。 ギリシャ文化ぶんかが一方いっぽう的てきに広ひろがったのではなく、 各地かくちの文化ぶんかと相互そうごに影響えいきょうし合あった点てんが大切たいせつです。

6. ローマ — 共和きょうわ政せいから帝政ていせいへ

ローマの起源きげん

ローマろーま は紀元前きげんぜん 8 世紀せいきごろ、 イタリア半島はんとう中部ちゅうぶのテヴェレ川テヴェレがわ沿ぞいに建設けんせつされたとされます。 当初とうしょは王政おうせいでしたが、 紀元前きげんぜん 6 世紀せいきに王おうを追放ついほうして 共和政きょうわせい に移行いこうしました。

共和きょうわ政せいのしくみ

機関きかん役割やくわり
コンスル (執政官しっせいかん)任期にんき 1 年ねん、 2 名な、 行政ぎょうせい・軍事ぐんじの最高さいこう職しょく
元老院げんろういん (セナトゥス)貴族きぞく (パトリキ) で構成こうせい、 助言じょげん機関きかんだが実権じっけん大だい
民会みんかい平民へいみん (プレブス) を含ふくむ立法りっぽう機関きかん

紀元前きげんぜん 5 〜 前まえ 3 世紀せいき、 平民へいみんと貴族きぞくの闘争とうそう (身分闘争みぶんとうそう) を経へて、 十二表法じゅうにひょうほう (前まえ 450 年ねんごろ) や ホルテンシウス法ホルテンシウスほう (前まえ 287 年ねん) により平民へいみんの権利けんりが拡大かくだいしました。

地中海ちちゅうかい制覇せいは

ローマは ポエニ戦争ぽえにせんそう (前まえ 264 〜 前まえ 146 年ねん、 全ぜん 3 回かい) で北きたアフリカの カルタゴかるたご を破やぶり、 西にし地中海ちちゅうかいの覇は権けんを握にぎりました。 第だい 2 回かいではカルタゴの名将めいしょう ハンニバルはんにばる がローマを苦くるしめました。

その後ご、 マケドニア・ギリシャ・セレウコス朝セレウコスちょう・プトレマイオス朝プトレマイオスちょう等を次々つぎつぎに征服せいふくし、 紀元前きげんぜん 1 世紀せいきには地中海ちちゅうかい全域ぜんいきを支配しはいしました。

共和きょうわ政せいの危機ききと帝政ていせいへ

征服せいふくで富とみが流入りゅうにゅうし、 平民へいみんと貴族きぞくの経済けいざい格差かくさが拡大かくだい。 グラックス兄弟グラックスきょうだいの改革かいかく (前まえ 2 世紀せいき末まつ) も失敗しっぱいし、 内乱の1世紀ないらんの1せいきに突入とつにゅうしました。

カエサルかえさるが独裁どくさいを始はじめますが、 紀元前きげんぜん 44 年ねんに暗殺あんさつ。 その養子ようし オクタウィアヌス が紀元前きげんぜん 27 年ねんに元老院げんろういんから アウグストゥスあうぐすとぅす (尊厳者そんげんしゃ) の称号しょうごうを受うけ、 事実じじつ上じょうの皇帝こうていとなりました。 ここから ローマ帝国ろーまていこく (帝政ていせい) が始はじまります。

パクス・ロマーナ

紀元前きげんぜん 27 〜 紀元きげん後ご 180 年ねんごろまでの約やく 200 年間ねんかん、 ローマ帝国ろーまていこくは 「パクス・ロマーナ (ローマの平和ろーまのへいわ)」 と呼よばれる安定あんてい期きを迎むかえました。 トラヤヌス帝トラヤヌスみかどの時代じだい (98 〜 117 年ねん) に帝国ていこくは最大さいだい版図はんとに達たっし、 ブリテン島とうからメソポタミアまで広ひろがりました。

業ぎょう績せき内容ないよう
ローマ法ローマほう十二表法じゅうにひょうほうから発展はってん、 後ごのヨーロッパ法ほうの基礎きそ
ローマ街道ローマかいどう「すべての道みちはローマに通つうず」
コロッセウム円形えんけい闘技とうぎ場じょう
水道橋すいどうばし都市としへの給水きゅうすい
ラテン語らてんご西欧せいおう共通きょうつう語ご、 後ごのロマンス諸語しょごの元もと

大事だいじ: パクス・ロマーナは 支配しはいされた側がわから見みると 「平和へいわ」 とは限かぎらない ことに注意ちゅういが必要ひつようです。 ガリア (現げんフランス) やブリタンニア (現げんイギリス) の部族ぶぞくは征服せいふくされ、 多おおくの人々ひとびとが奴隷どれいとされました。 「平和へいわ」 は必かならず 「誰だれにとっての平和へいわか」 を問とう必要ひつようがあります。

7. キリスト教きょうの成立せいりつと拡大かくだい

イエスと初期しょき教会きょうかい

ローマの属ぞく州しゅうとなったパレスチナで、 1 世紀せいき初頭しょとうに イエスいえす (ナザレのイエス) が活動かつどうしました。 彼かれは 隣人愛りんじんあい や 神しんの国くにの到来とうらい を説とき、 既存きそんのユダヤ教ゆだやきょう指導しどう部ぶと対立たいりつ。 紀元きげん 30 年ねんごろ、 ローマろーま総督そうとくピラトにより 十字架じゅうじか で処刑しょけいされました。

弟子でしたちは 「イエスは復活ふっかつした」 と信しんじ、 「神かみの子こキリスト (救世主きゅうせいしゅ)」 として教おしえを広ひろめました。 これが キリスト教きりすときょう の始はじまりです。

迫害はくがいと公認こうにん

初期しょきのキリスト教徒きょうとはローマ皇帝こうてい礼拝れいはいを拒こばんだため、 迫害はくがい (はくがい) を受うけました。 ネロ帝ネロみかど・ディオクレティアヌス帝ディオクレティアヌスみかどの大だい迫害はくがいが知しられます。

しかし 4 世紀せいき、 状況じょうきょうは一変いっぺんします。

年ねん出来事できごと
313 年ねんコンスタンティヌス帝こんすたんてぃぬすていが ミラノ勅令みらのちょくれい でキリスト教きりすときょうを公認こうにん
325 年ねんニケーア公会議にけーあこうかいぎ で三位一体さんみいったい説せつが正統せいとうとされる
392 年ねんテオドシウス帝ておどしうすていがキリスト教きりすときょうを 国教こっきょう とし、 他た宗教しゅうきょうを禁止きんし

ローマ帝国ろーまていこくの分裂ぶんれつと衰退すいたい

395 年ねん、 テオドシウス帝ておどしうすていの死後しご、 帝国ていこくは 西ローマ帝国にしろーまていこく と 東ローマ帝国ひがしろーまていこく に分裂ぶんれつしました。 西にしローマは 476 年ねんにゲルマン人げるまんじんにより滅ほろび、 東ひがしローマ (ビザンツ帝国びざんつていこく) は 1453 年ねんまで存続そんぞくします。

ポイント: ローマ帝国ろーまていこく衰退すいたいの原因げんいんは 諸説しょせつ あります。 「キリスト教きょうの普及ふきゅうで軍事ぐんじ力りょくが落おちた」 「ゲルマン人じんの大だい移動いどう」 「気候きこう変動へんどうと疫やく病びょう」 「経済けいざいと通貨つうかの混乱こんらん」 等ひとし、 学者がくしゃにより重視じゅうしする要因よういんが異ことなります。 1 つの答えこたえに飛とびつかず、 複数ふくすうの要因よういんが絡からみ合あったと理解りかいしましょう。

8. 安全あんぜん・倫理りんり配慮はいりょとまとめ

古代こだい遺跡いせきを訪たずねるマナー

ピラミッドぴらみっど・パルテノン神殿ぱるてのんしんでん・コロッセウム等とう、 古代こだい遺跡いせきは世界中せかいじゅうから観光かんこう客きゃくを集あつめます。 訪おとずれる際さいは次つぎのマナーを守まもりましょう。

  • 遺跡いせきに触ふれない・登のぼらない・落書らくがきしない — 多おおくの遺跡いせきは数すう千せん年ねんの風化ふうかに耐たえてきた貴重きちょうな遺産いさんです
  • 石せきや砂すなを持もち帰かえらない — 多おおくの国くにで法律ほうりつ違反いはん、 持もち帰かえる観光かんこう客きゃくが増ふえると遺跡いせきが失うしなわれます
  • 写真しゃしん撮影さつえいのルールを守まもる — フラッシュ禁止きんし・三脚さんきゃく禁止きんし等とうの場所ばしょがあります
  • 現地げんちの宗教しゅうきょう施設しせつでは服装ふくそうと行動こうどうに配慮はいりょ — 神殿しんでん・モスク・教会きょうかいでは露ろ出しゅつを控ひかえ、 静しずかに

古代こだい史しを学まなぶ上うえでの注意ちゅうい

  • 古代こだい文明ぶんめいを 「優ゆう劣れつ」 で比くらべない — メソポタミア・エジプト・インダス・黄河こうがの 4 文明ぶんめいはそれぞれ独自どくじの達成たっせいを持もち、 「どれが進すすんでいたか」 は意味いみのない問いといです
  • 「ギリシャ・ローマ = 西洋せいよう文明ぶんめいの起源きげん」 を絶対ぜったい化かしない — 実際じっさいにはメソポタミア・エジプト・ペルシアから多おおくを受うけ継つぎました
  • 奴隷どれい制せいや性せい差別さべつを 「当時とうじとしては仕方しかたない」 で終おわらせない — 現代げんだいの価値かち観かんで過去かこを一方いっぽう的てきに裁さばかないことは大切たいせつですが、 同時どうじに 「当時とうじでも苦くるしんでいた人ひとがいた」 という視点してんも忘わすれないこと
  • 複数ふくすうの解釈かいしゃくに開ひらかれている — ローマ帝国ろーまていこくの衰退すいたい原因げんいん、 キリスト教きりすときょう拡大かくだいの要因よういん等とう、 学者がくしゃにより説せつが大おおきく異ことなる論点ろんてんが多数たすうあります

この章しょうのポイント

  • オリエント — メソポタミア・エジプトで都市とし・法ほう・文字もじが生うまれた
  • 諸しょ民族みんぞく — フェニキア・ヘブライ・ペルシアがそれぞれの役割やくわりを果はたした
  • ギリシャ — ポリスと民主みんしゅ政せい (ただし限界げんかいあり)、 哲学てつがく・芸術げいじゅつの黄金おうごん期き
  • ヘレニズム — ギリシャとオリエントの融合ゆうごう文化ぶんか
  • ローマ — 共和きょうわ政せいから帝政ていせいへ、 法ほうと街道かいどうで地中海ちちゅうかいを統治とうち
  • キリスト教きりすときょう — 迫害はくがいから国教こっきょうへ、 後ごの西洋せいよう史しを規定きてい

次つぎの章しょう (Ch3) へ

次じ章しょうでは、 視点してんをアジアに移うつし、 古代こだいインド・中国ちゅうごく・東南とうなんアジア の文明ぶんめいを学まなびます。 インダス文明いんだすぶんめいから仏教ぶっきょう・ヒンドゥー教ひんどぅーきょうの成立せいりつ、 殷いん・周しゅう・秦しん・漢かんの中国ちゅうごく統一とういつ王朝おうちょう、 シルクロードしるくろーどと海域かいいきアジアの交易こうえきまで、 オリエント・地中海ちちゅうかいとは異ことなる独自どくじの文明ぶんめい圏けんをたどります。

まとめ — 古代こだいオリエント・ギリシャ・ローマを 3 行くだりで

  • オリエントおりえんとのメソポタミアめそぽたみあでハンムラビ法典はんむらびほうてん、 エジプトえじぷとでピラミッドぴらみっどが生うまれ、 フェニキア・ヘブライ・ペルシアが文字もじや宗教しゅうきょうで役割やくわりを果はたす
  • ギリシャではポリスぽりすのアテネあてねで民主みんしゅ政せいが発達はったつ、 ペルシア戦争ペルシアせんそうを経へてヘレニズムへれにずむ文化ぶんかが東西とうざいを融合ゆうごうさせた
  • ローマろーまは共和きょうわ政せいから帝政ていせいに移行いこうしローマの平和ろーまのへいわを築きずき、 キリスト教きりすときょうが後ごに国教こっきょう化かされ西洋せいよう史しの基軸きじくとなる
この教材きょうざいは役やくに立たちましたか?
学がく習しゅうロードマップ(10件けん)
  1. 1世界せかい史しへの扉とびら (時代じだい区分くぶん・史料しりょう・諸しょ地域ちいき)
  2. 2古代こだいオリエント・ギリシャ・ローマ
  3. 3古代こだいインド・中国ちゅうごく・東南とうなんアジア
  4. 4中世ちゅうせいヨーロッパとイスラム世界せかい
  5. 5中世ちゅうせい東ひがしアジア (隋ずい唐とう宋そう元明もとあき清きよし・モンゴル)
  6. 6近世きんせいヨーロッパ (ルネサンス・宗教しゅうきょう改革かいかく・大だい航海こうかい・絶対ぜったい王政おうせい)
  7. 7産業革命さんぎょうかくめいと市民しみん革命かくめい (英えい・米べい・仏ふつとナポレオン)
  8. 8帝国ていこく主義しゅぎと第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせん (列強れっきょうの拡大かくだいと大戦たいせん・ロシア革命かくめい)
  9. 9第だい二に次じ世界せかい大戦たいせんと冷戦れいせん (恐慌きょうこうから脱だつ植民しょくみん地ち化かまで)
  10. 10現代げんだい世界せかい (1990 年代ねんだい以降いこうのグローバル化かと地球ちきゅう的てき課題かだい)