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世界史探究

中世ちゅうせいヨーロッパとイスラム世界せかい

最終確認日:

このしょうまなぶこと

5 世紀せいき西にしローマ帝国ろーまていこくほろびたのち、 ヨーロッパは 中世ちゅうせいばれる時代じだいはいりました。 おなじころ、 西にしアジアでは 7 世紀せいきイスラム教いすらむきょうおこり、 急速きゅうそくひろがりました。 このしょうでは 中世ちゅうせいヨーロッパとイスラム世界せかい並行へいこうした発展はってんと、 両者りょうしゃ衝突しょうとつ交流こうりゅうまなびます。

  • ゲルマン人げるまんじん だい移動いどうフランク王国ふらんくおうこく
  • 封建制ほうけんせいローマ教会ローマきょうかい関係かんけい
  • ビザンツ帝国びざんつていこく東方とうほう正教せいきょう
  • イスラム教いすらむきょう成立せいりつウマイヤ朝うまいやちょうアッバース朝あっばーすちょう
  • 十字軍じゅうじぐん — 4 つの立場たちばから
  • ルネサンスるねさんす 前夜ぜんや文化ぶんか交流こうりゅう

大事だいじ: 中世ちゅうせいヨーロッパは 暗黒あんこく時代じだいふるばれましたが、 これはルネサンス人々ひとびと自分じぶんたちをきわだたせるためのかたであり、 現在げんざい研究けんきゅうでは 多様たよう文化ぶんか経済けいざい活動かつどう知的ちてき探究たんきゅうおこなわれた時代じだい としてさい評価ひょうかされています。 また、 この時代じだいイスラム世界せかい経済けいざい中心ちゅうしん であったことはさえるべき事実じじつです。

1. ゲルマンじんだい移動いどう

アヤソフィアの大聖堂
アヤソフィア (イスタンブール、 537 ねん創建そうけん) — ひがしローマ帝国ろーまていこくユスティニアヌス帝ユスティニアヌスみかど建立こんりゅうしたキリストきょうだい聖堂せいどう。 1453 ねんオスマン帝国ていこく征服せいふくはモスクに。

だい移動いどうはじまり

紀元きげん 4 世紀せいき中央ちゅうおうアジアの フン族フンぞく西進せいしんし、 されるかたちゲルマン人げるまんじん しょ部族ぶぞくローマ帝国ろーまていこく領内りょうない移動いどうはじめました。 これが ゲルマン人大移動げるまんじんだいいどう です。

おもなゲルマンしょ部族ぶぞくてた国家こっか:

部族ぶぞく場所ばしょおも国家こっか
西ゴート族にしゴートぞくイベリア半島はんとう西にしゴート王国おうこく
東ゴート族ひがしゴートぞくイタリアひがしゴート王国おうこく
フランク族フランクぞくガリア (げんフランス)フランク王国ふらんくおうこく
ヴァンダル族ヴァンダルぞくきたアフリカヴァンダル王国おうこく
アングロ・サクソン族アングロ・サクソンぞくブリテンとうなな王国おうこく (ヘプターキー)

476 ねん、 ゲルマンじん傭兵ようへい隊長たいちょうオドアケルおどあける西にしローマ帝国ろーまていこく最後さいご皇帝こうていはいし、 西にしローマは滅亡めつぼうしました。

だい移動いどう諸説しょせつ

「ゲルマンじんだい移動いどう」 という出来事できごと自体じたい近年きんねんでは 見方みかたおおきくわってきました

  • ふる見方みかた — 「野蛮やばんなゲルマンじん文明ぶんめいこくローマを破壊はかいした」
  • あたらしい見方みかた — 「ゲルマンじんすでにローマとなが接触せっしょくがあり、 おおくはローマぐんやとわれていた。 「破壊はかい」 ではなく、 ローマの制度せいどぎつつあたらしい王国おうこくつくった」 という見方みかたつよまっている

ポイント:文明ぶんめい vs 野蛮やばん」 という対立たいりつ図式ずしき後世こうせいつくられた物語ものがたり であることがおおく、 現実げんじつはもっと複雑ふくざつ相互そうご作用さよう であったことをさえましょう。

2. フランク王国おうこくとカロリングあさ

メロヴィングあさ

ガリアにはいったフランク族フランクぞくは 481 ねんクローヴィスくろーゔぃす統一とういつし、 メロヴィング朝メロヴィングちょう フランク王国ふらんくおうこくてました。 クローヴィスは 496 ねんカトリック改宗かいしゅうし、 ローマ教会きょうかいむすびつきました。 この改宗かいしゅうのフランク王国おうこく教会きょうかいつよむすびつきのみなもととなります。

カロリングあさ成立せいりつ

メロヴィングあさおとろえ、 8 世紀せいききゅう宰 (おう補佐ほさやく) であった カール・マルテル が 732 ねんトゥール・ポワティエ間の戦いトゥール・ポワティエかんのたたかい進出しんしゅつしてきたイスラムぐんげき退たいしました。 その ピピン (小ピピンしょうピピン) が 751 ねんおうとなり、 カロリング朝カロリングちょうはじまりました。

カール大帝たいてい

ピピンの カール大帝かーるだいてい (シャルルマーニュ、 くらい 768 〜 814) は、 西にしヨーロッパのだい部分ぶぶん統一とういつしました。

ぎょうせき内容ないよう
領土りょうど拡大かくだいフランク・ガリア・イタリアきた中部ちゅうぶ・ザクセン
カール戴冠カールたいかん800 ねん教皇きょうこうレオ3世れおさんせいより 「ローマ皇帝こうてい戴冠たいかん
カロリング・ルネサンス古典こてん写本しゃほん復興ふっこう学校がっこう設立せつりつ
行政ぎょうせい改革かいかく巡察使じゅんさつし派遣はけん通貨つうか度量衡どりょうこう統一とういつ

カール戴冠カールたいかん西にしヨーロッパ世界せかい」 の誕生たんじょうしめ出来事できごと評価ひょうかされます。 ここで ゲルマン (フランク) + ローマ (古典こてん) + キリストきょう (教会きょうかい) の 3 要素ようそむすびつきました。

帝国ていこく分裂ぶんれつ

カール大帝たいてい死後しごヴェルダン条約ヴェルダンじょうやく (843 ねん) と メルセン条約メルセンじょうやく (870 ねん) で帝国ていこくは 3 ぶんされ、 フランス・ドイツ・イタリア原型げんけいとなりました。

3. 封建ほうけんせい中世ちゅうせい社会しゃかい

封建ほうけんせいのしくみ

中世ちゅうせいヨーロッパでは、 おう諸侯しょこう土地とち (封土ほうど) とえに軍事ぐんじ奉仕ほうしける 関係かんけいひろむすばれました。 これを 封建制ほうけんせい (フューダリズム) とびます。

階層かいそう役割やくわり
国王こくおう名目めいもくじょう最高さいこうしゅくん
諸侯しょこう (公・伯・侯爵こう・はく・こうしゃく)国王こくおう家臣かしんだい領主りょうしゅ
騎士きし (ナイト)諸侯しょこう家臣かしん軍事ぐんじ専門せんもん
聖職者せいしょくしゃ教会きょうかい修道院しゅうどういんにな
農民のうみん (農奴のうど)領主りょうしゅ土地とちたがやす、 移動いどう自由じゆうなし

大事だいじ: 封建ほうけんせい主従しゅうじゅう関係かんけい双務そうむ契約けいやく で、 主君しゅくん義務ぎむたさなければ家臣かしん服従ふくじゅう拒否きょひできました (「抵抗権ていこうけん」 の源流げんりゅうとされることも)。 また、 1 ひと家臣かしん複数ふくすう主君しゅくんつかえる (多重契約たじゅうけいやく) こともあり、 日本にほん封建ほうけんせい (一所懸命いっしょけんめい単一たんいつ主従しゅうじゅう関係かんけい) とは性格せいかくことなりました。

荘園しょうえんさんせい

中世ちゅうせいヨーロッパの農村のうそん荘園しょうえん (マナー) とばれる単位たんい運営うんえいされ、 領主りょうしゅ直営ちょくえい農民のうみん保有ほゆうかれていました。 11 世紀せいきごろから、 耕地こうち春耕しゅんこうあき耕地こうち休耕きゅうこうける 三圃制さんぽせい (さんぽせい) がひろがり、 農業のうぎょう生産せいさん大幅おおはばえました。

教会きょうかい役割やくわり

ローマ教皇きょうこう頂点ちょうてんとする ローマ・カトリック教会ローマ・カトリックきょうかい は、 中世ちゅうせいヨーロッパで政治せいじ経済けいざい文化ぶんかのあらゆるめん支配しはいしました。

  • 十分の一税じゅうぶんのいちぜい農民のうみんから収入しゅうにゅうの 1 / 10 を徴収ちょうしゅう
  • 修道院しゅうどういん — ベネディクトゥス修道しゅうどうかいが 「いのれ、 はたらけ」 のかいりつ文化ぶんか学問がくもんまも
  • 教皇きょうこう皇帝こうてい対立たいりつ聖職叙任権闘争せいしょくじょにんけんとうそう (11 〜 12 世紀せいき)、 カノッサの屈辱かのっさのくつじょく (1077 ねん)

ポイント: カノッサの屈辱かのっさのくつじょく神聖しんせいローマ皇帝こうていハインリヒ4世ハインリヒ4せいゆきなか教皇きょうこうグレゴリウス7世グレゴリウス7せいゆるしをうた出来事できごとは、 教皇きょうこうけん皇帝こうていけん上回うわまわった象徴しょうちょうとされます。 1122 ねんヴォルムス協約ヴォルムスきょうやく一応いちおうけっちゃくましたが、 まで対立たいりつつづきました。

4. ビザンツ帝国ていこく

ひがしローマの継承けいしょう

西ローマ帝国にしろーまていこくが 476 ねんほろんだのちも、 東ローマ帝国ひがしろーまていこく (ビザンツ帝国びざんつていこく) は 1453 ねんまでやく 1000 ねん つづきました。 首都しゅとコンスタンティノープルこんすたんてぃのーぷる (げんイスタンブール)。

時期じきおも出来事できごと
6 世紀せいきユスティニアヌス大帝ユスティニアヌスたいてい地中海ちちゅうかいさい統一とういつこころみ、 ローマ法大全ローマほうたいぜん編纂へんさんハギア・ソフィア 聖堂せいどう建設けんせつ
7 〜 9 世紀せいきイスラムの拡大かくだい領土りょうど縮小しゅくしょう聖像禁止令せいぞうきんしれい (イコノクラスム) で西方せいほう教会きょうかい対立たいりつ
1054 ねん東西とうざい教会きょうかい分裂ぶんれつ — ローマ・カトリックと東方正教会とうほうせいきょうかい
1453 ねんオスマン帝国おすまんていこくほろぼされる

東方とうほう正教会せいきょうかい

ビザンツ帝国ていこく国教こっきょうとなった 東方正教会とうほうせいきょうかい (ギリシャ正教ギリシャせいきょう) は、 ロシア・ブルガリア・セルビアとうスラヴしょ民族みんぞくひろまりました。 9 世紀せいきキュリロス・メトディオス 兄弟きょうだいがスラヴ福音ふくいんき、 キリル文字キリルもじもとつくったことは重要じゅうようです。

大事だいじ: ヨーロッパを 「西欧せいおう中心ちゅうしん」 でると、 ビザンツ帝国ていこくやスラヴ・ロシアけん軽視けいしされがちです。 しかしこの一帯いったい古代こだいローマの直接的ちょくせつてき後継者こうけいしゃ で、 中世ちゅうせいつう高度こうど文化ぶんか経済けいざい維持いじしました。 現代げんだいのロシア・ウクライナ・バルカン諸国しょこく文化ぶんか理解りかいするにはかせない視点してんです。

5. イスラム教いすらむきょう成立せいりつ拡大かくだい

ムハンマドと啓示けいじ

7 世紀せいき初頭しょとう、 アラビア半島はんとう西部せいぶ商業しょうぎょう都市としメッカめっか商人しょうにん ムハンマドむはんまど (570 ごろ 〜 632) が、 アッラーあっらー からのけいけたとき、 イスラム教いすらむきょうひらきました。

イスラム教いすらむきょう中心ちゅうしん教義きょうぎ:

  • 一神教いっしんきょうかみ唯一ゆいいつアッラーあっらーのみ (キリスト教きりすときょう・ユダヤきょうおなかみ)
  • 六信ろくしんかみ天使てんしけいてん預言よげんしゃ来世らいせ天命てんめいの 6 つをしんじる
  • 五行ごぎょう信仰告白しんこうこくはく礼拝れいはい喜捨きしゃ断食だんじき巡礼じゅんれい
  • クルアーンくるあーん (コーラン) — かみ言葉ことばあつめた聖典せいてん

ヒジュラと共同きょうどうたい

622 ねんメッカめっかでの迫害はくがいのがれ、 ムハンマドと信徒しんとメディナ移住いじゅうしました。 これを ヒジュラひじゅら (聖遷せいせん) とび、 イスラムれき元年がんねん としています。 ここで信仰しんこう共同きょうどうたい ウンマ成立せいりつし、 政治せいじ宗教しゅうきょう一体いったいした国家こっか原型げんけいとなりました。

ムハンマドは 632 ねん死去しきょしましたが、 そのおしえは 正統せいとうカリフ時代じだい (632 〜 661) に急速きゅうそくひろがり、 シリア・エジプト・サーサーン朝サーサーンちょうペルシアを征服せいふくしました。

ウマイヤあさとアッバースあさ

王朝おうちょう期間きかんとくちょう
ウマイヤ朝うまいやちょう661 〜 750ダマスクスアラブ民族みんぞく中心ちゅうしん領土りょうど西にしはイベリア半島はんとうまで拡大かくだい
アッバース朝あっばーすちょう750 〜 1258バグダード民族みんぞくをこえたイスラム共同体イスラムきょうどうたい文化ぶんか最盛さいせい

アッバース朝あっばーすちょうのバグダードは 9 〜 10 世紀せいき世界せかい最大さいだいきゅう都市とし であり、 「知恵の館ちえのかん」 (ちえのやかた) (バイト・アル・ヒクマ) で ギリシャ・ペルシャ・インドの学問がくもん がアラビア翻訳ほんやくされました。 これがにヨーロッパのルネサンスるねさんすにつながります。

イスラムの黄金おうごん時代じだい

分野ぶんやぎょうせき
数学すうがくフワーリズミー代数学だいすうがく (al-jabr) を確立かくりつ、 「アルゴリズム」 の語源ごげん
医学いがくイブン・スィーナーいぶん・すぃーなー (アヴィセンナ) の 「医学典範いがくてんぱん
哲学てつがくイブン・ルシュド (アヴェロエス) がアリストテレスを注釈ちゅうしゃく
地理ちりイブン・バットゥータ世界せかいたびし 「だい旅行りょこう
歴史れきしイブン・ハルドゥーン が 「歴史序説れきしじょせつ」 で文明ぶんめいろん展開てんかい

ポイント: 現代げんだい数字すうじアラビア数字アラビアすうじ (1, 2, 3 ...) は 元々もともとインドで発明はつめいされ、 イスラム世界せかい経由けいゆしてヨーロッパにつたわった ものです。 「アラビア数字すうじ」 とばれるのはヨーロッパからかたで、 インド・イスラム双方そうほう貢献こうけんることが大切たいせつです。

6. 十字軍じゅうじぐん — 4 つの立場たちばから

背景はいけい経過けいか

1071 ねんセルジューク朝セルジュークちょうトルコがビザンツ帝国ていこくやぶり、 エルサレムをふく聖地せいち支配しはいしました。 ビザンツ皇帝こうてい西方せいほう援助えんじょもとめ、 1095 ねん教皇きょうこう ウルバヌス2世ウルバヌス2せいクレルモン宗教会議クレルモンしゅうきょうかいぎ十字軍じゅうじぐん提唱ていしょうしました。

かいねんおも結果けっか
だい 1 かい1096 〜 1099エルサレム占領せんりょうエルサレム王国エルサレムおうこく建国けんこく
だい 2 かい1147 〜 1149失敗しっぱい
だい 3 かい1189 〜 1192サラディンにエルサレムを奪還だっかんされたのち、 リチャード 1 ・フィリップ 2 とうたたかうも奪還だっかんできず
だい 4 かい1202 〜 1204ヴェネツィアにそそのかされ おなキリスト教きりすときょうコンスタンティノープルこんすたんてぃのーぷる略奪りゃくだつ
だい 7 かい13 世紀せいきまつまでいずれも失敗しっぱい

4 つの立場たちばから

十字軍じゅうじぐんはヨーロッパ西にしアジアだい事件じけんですが、 だれからるかで評価ひょうかおおきくことなります

立場たちば評価ひょうか
西にしヨーロッパがわ聖地せいち奪還だっかん義戦ぎせん」 「教皇きょうこうけんたかまり」
イスラムがわ「フランクじん (ヨーロッパじん) の侵略しんりゃく略奪りゃくだつ」、 サラディンは救国きゅうこく英雄えいゆう
ビザンツがわ援軍えんぐんたのんだら自分じぶんたちの略奪りゃくだつされた」 (だい 4 かい)
ユダヤ教徒きょうとがわ途上とじょうでラインラントのユダヤじん共同きょうどうたい多数たすう虐殺ぎゃくさつされた災難さいなん

大事だいじ: 教科書きょうかしょで 「十字軍じゅうじぐん失敗しっぱいしたが、 東西とうざい文化ぶんか交流こうりゅううながした」 とめんばかり強調きょうちょうされることがあります。 しかし すうまんにん規模きぼ虐殺ぎゃくさつ略奪りゃくだつ人身じんしん売買ばいばい各地かくちき、 その記憶きおくいまでも一部いちぶ地域ちいきはん西洋せいよう感情かんじょう源泉げんせんとなっています。 多角たかくてき視点してんちましょう。

7. ルネサンス前夜ぜんや文化ぶんか出会であ

12 世紀せいきルネサンス

12 世紀せいき、 ヨーロッパで 古典こてん古代こだい復興ふっこうばれる知的ちてき活動かつどうこりました。 これを 12世紀ルネサンス12せいきルネサンスびます。 その中心ちゅうしんトレド (スペイン)、 シチリア島シチリアとう、 イタリアしょ都市としで、 ここで イスラム世界せかいからアラビアやくされていたギリシャ古典こてん がラテンさい翻訳ほんやくされました。

翻訳ほんやくされたおも著作ちょさくもと著者ちょしゃ
「アルマゲスト」プトレマイオス
アリストテレス全集ぜんしゅうアリストテレスありすとてれす
医学いがく典範てんぱんイブン・スィーナーいぶん・すぃーなー
ユークリッド 「原論げんろんエウクレイデス

大学だいがく誕生たんじょう

12 〜 13 世紀せいき、 ヨーロッパ各地かくち大学だいがくまれました。

大学だいがくくにとくちょう
ボローニャ大学ボローニャだいがくイタリア法学ほうがく
パリ大学パリだいがくフランス神学しんがく
オックスフォード大学おっくすふぉーどだいがくイギリス神学しんがく哲学てつがく
サレルノ大学サレルノだいがくイタリア医学いがく

ここでまなばれた スコラ学スコラがく は、 アリストテレス哲学てつがくとキリストきょう神学しんがく統合とうごう目指めざし、 トマス・アクィナスとます・あくぃなす が 「神学しんがく大全たいぜん」 で集大成しゅうたいせいしました。

商業しょうぎょう復活ふっかつ都市とし自治じち

11 世紀せいき以降いこう商業しょうぎょう復活ふっかつし、 北イタリアきたいたりあヴェネツィア・ジェノヴァ・フィレンツェきたドイツの ハンザ同盟ハンザどうめい しょ都市としちからをつけました。 「都市とし空気くうき自由じゆうにする」 とわれ、 都市としに 1 ねんと 1 めば農奴のうどから自由じゆうみんになれる慣習かんしゅうまれました。

ポイント: この経済けいざい文化ぶんか蓄積ちくせきが、 14 世紀せいき以降いこうルネサンスるねさんす準備じゅんびしました。 「ルネサンスはヨーロッパ独自どくじ偉業いぎょう」 とされがちですが、 実際じっさいには イスラム・ビザンツ・ユダヤ・東西とうざい交易こうえき蓄積ちくせきうえったことをさえましょう。

8. 安全あんぜん倫理りんり配慮はいりょとまとめ

宗教しゅうきょう中立ちゅうりつ記述きじゅつ

  • キリスト教きりすときょうイスラム教いすらむきょうユダヤ教ゆだやきょうおな一神教いっしんきょうけい兄弟きょうだい宗教しゅうきょう で、 おなかみしんじ、 共通きょうつう預言よげんしゃ (アブラハム・モーセとう) をみとめています
  • 十字軍じゅうじぐん = 正義せいぎたたかい」 「イスラム教いすらむきょう = 過激かげきとうステレオタイプは厳禁げんきん です
  • かく宗教しゅうきょう内部ないぶには 多様たよう流派りゅうは があり、 一言ひとこと評価ひょうかできません (シーア派シーアはスンナ派すんなは・スーフィー、 カトリック・正教せいきょうコプト教コプトきょう等)
  • 現代げんだい中東ちゅうとう紛争ふんそう・テロ・移民いみん問題もんだいまなぶときは、 歴史れきしてき経緯けいい複数ふくすう当事者とうじしゃ立場たちばさえること

十字軍じゅうじぐん視点してん訓練くんれん課題かだい

十字軍じゅうじぐん視点してん歴史れきし訓練くんれん最適さいてきなテーマです。 教科書きょうかしょだけでなく、 イスラムがわ史料しりょう (イブン・アル・アスィールの年代ねんだいとう) や ユダヤがわ記録きろく にもけ、 「おな出来事できごとがどうことなってえがかれるか」 を考えかんがえてみましょう。

解釈かいしゃく諸説しょせつあることをみとめる

  • 中世ちゅうせい = 暗黒あんこく時代じだいせつ — ルネサンス自己じこ主張しゅちょうで、 現在げんざいでは否定ひていてき
  • 封建ほうけんせい」 の定義ていぎ学者がくしゃによりおおきくことなり、 そもそも 「フューダリズムという単一たんいつ制度せいどはなかった」 と主張しゅちょうする研究けんきゅうしゃもいます
  • 十字軍じゅうじぐん動機どうき信仰しんこうせつ経済けいざいせつ人口じんこうせつ教皇きょうこうけん拡大かくだいせつとう

このしょうのポイント

  • ゲルマンだい移動いどう — 「破壊はかい」 ではなく 「移行いこう」 とあたらしい視点してん
  • フランク王国おうこく — ゲルマン + ローマ + キリストきょう統合とうごう
  • 封建ほうけんせい双務そうむ契約けいやく荘園しょうえんさんせい
  • ビザンツ — 1000 ねんつづいたひがしローマの後継こうけい東方とうほう正教せいきょうとキリル文字もじ
  • イスラム — 7 世紀せいき成立せいりつからアッバースあさ黄金おうごん時代じだい
  • 十字軍じゅうじぐん — 4 つの立場たちばから多角たかくてき
  • ルネサンス前夜ぜんや — イスラム経由けいゆ古典こてん復興ふっこう大学だいがく都市とし自立じりつ

つぎしょう (Ch5) へ

しょうでは 中世ちゅうせいひがしアジアまなびます。 ずいとうそうもとめいきよしつづ中国ちゅうごく王朝おうちょう、 ユーラシアを統合とうごうした モンゴル帝国もんごるていこく朝鮮半島ちょうせんはんとう日本にほん・ベトナムとの交流こうりゅうまで、 ひがしアジアならではの さつふう体制たいせい科挙かきょ とう仕組しくみをとおして、 ヨーロッパ・イスラムとはことなる 「もう 1 つの中世ちゅうせい」 をていきます。

まとめ — 中世ちゅうせいヨーロッパとイスラム世界せかいを 3 くだり

  • ゲルマンだい移動いどうフランク王国ふらんくおうこく成立せいりつ封建制ほうけんせい荘園しょうえん社会しゃかいささえ、 ローマ教会ローマきょうかい王権おうけんカノッサの屈辱かのっさのくつじょくなどできそ
  • ビザンツ帝国びざんつていこく東方とうほう正教せいきょうとキリル文字もじとともに 1000 ねんつづき、 7 世紀せいきムハンマドむはんまどイスラム教いすらむきょうウマイヤ朝うまいやちょうアッバース朝あっばーすちょう黄金おうごんむかえる
  • 十字軍じゅうじぐん信仰しんこう経済けいざい人口じんこう教皇きょうこうけんとう諸説しょせつあり視点してんまなぶべき課題かだい、 イスラム経由けいゆ古典こてん復興ふっこうがルネサンス前夜ぜんや用意よういする
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がくしゅうロードマップ(10けん
  1. 1世界せかいへのとびら (時代じだい区分くぶん史料しりょうしょ地域ちいき)
  2. 2古代こだいオリエント・ギリシャ・ローマ
  3. 3古代こだいインド・中国ちゅうごく東南とうなんアジア
  4. 4中世ちゅうせいヨーロッパとイスラム世界せかい
  5. 5中世ちゅうせいひがしアジア (ずいとうそう元明もとあききよし・モンゴル)
  6. 6近世きんせいヨーロッパ (ルネサンス・宗教しゅうきょう改革かいかくだい航海こうかい絶対ぜったい王政おうせい)
  7. 7産業革命さんぎょうかくめい市民しみん革命かくめい (えいべいふつとナポレオン)
  8. 8帝国ていこく主義しゅぎだいいち世界せかい大戦たいせん (列強れっきょう拡大かくだい大戦たいせん・ロシア革命かくめい)
  9. 9だい世界せかい大戦たいせん冷戦れいせん (恐慌きょうこうからだつ植民しょくみんまで)
  10. 10現代げんだい世界せかい (1990 年代ねんだい以降いこうのグローバル地球ちきゅうてき課題かだい)