「防塁」 (石塁) は 元寇 (元 の 襲来) に そなえて、 鎌倉幕府 が 北九州 の 海岸 (今 の 福岡県 の 博多湾 ぞい) に きずいた 石 の かべ です。
| 防塁 に ついて | 内容 |
|---|---|
| 何 の ため | 元軍 が 上陸 する の を 防ぐ |
| いつ | 文永の役 の あと、 2 回目 に そなえて |
| 役わり | 弘安の役 で 元軍 を ふせぐ の に 役立った |
石 の かべ が ある こと で、 元軍 は なかなか 上陸 でき ず、 日本 の 武士 が 戦い やすく なり ました。
たとえば、 一度目 の 元 の 襲来 で は、 元軍 は 海岸 に そのまま 上陸 して 戦い ました。 そこ で 幕府 は 海岸 ぞい に 石 の かべ を きずき、 二度目 に は 元軍 が 上陸 できる 場所 を さがして 手間どる こと に なり ました。
ポイント 「元寇 に そなえた 石 の かべ」 と いう 役わり を、 弘安の役 と セット で おさえ ましょう。