尊王攘夷とは、天皇を政治の中心にすえる「尊王」と、外国を武力で追い払う「攘夷」が結びついた幕末の政治思想です。開国への不満を背景に広まりました。
| 言葉 | 意味 |
|---|---|
| 尊王 | 天皇を尊び政治の中心にすえる |
| 攘夷 | 外国人を武力で追い払う |
水戸学や国学を背景に、開国後の物価高騰や不平等条約への不満と結びついて広がり、長州藩の志士たちが主導しました。しかし1863年の外国船砲撃や翌年の下関砲撃事件で外国の軍事力の差を思い知らされ、攘夷の不可能を悟った人々は、やがて幕府を倒す倒幕路線へと転換していきました。
たとえば長州藩は実際に外国船を砲撃しましたが、翌年には四国の艦隊から下関を砲撃され、軍事力の差を思い知らされました。攘夷を実行してみたことが、かえって倒幕へ向かう転換点になったのです。
試験では 「尊王+攘夷の結合」から「攘夷の挫折→倒幕へ転換」という思想の変化の流れが問われる。